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何に根ざして生きるのか?「自分らしく」を新しくする─「生き方開発lab」のコンセプト

「あなたは何に根ざして生きていますか?」
この問いは、「生き方開発lab」にとって大切なものです。あなたの生き方の「土台」となるものは、何ですか?

常識や社会通念に根ざした生き方

常識や社会通念と言われるものがあります。明文化はされていないけれど、多くの人がその範囲で生きようとし、また他の人にもその範囲で生きることを求めます。

もし、地面に「常識」という名前のついた地層があるとしたら、オフィスビルや商業施設、住宅は、そこに根ざして建設されていると言えるのではないでしょうか。もちろん、そこでの営み(働く、学ぶ、食べる、住む等々)も同様です。
多少の「はみ出し」があったとしても、まさにそれが「はみ出し」に見えるという点において、すごく常識的なはみ出し方だと言えます。

私は常識などではなく、自分の価値観に根ざしてい生きている──という人もいるでしょう。僕も、そう答えたいところです。
でも、個人の価値観は、歴史や周囲と切り離されてスタンドアロンで存在することは出来ません。個人の価値観もまた、多くの場合、常識や社会通念の層に根ざしているとは言えないでしょうか。

舗装されたアスファルトの上に立ち並ぶビル群や住宅地は、常識や社会通念に根ざした生き方の象徴のように見えてきます。

東京

舗装された地面がひび割れると表れるものとは

でも、大きな災害を経験したり、人生がひっくりかえるような出来事を経験すると、「常識」の層に根ざしているだけでは、不安定に感じられる場合もあります。

これは比喩ですが、地震がやってきてアスファルトの地面が大きくひび割れると、裂け目から土や水やなんだかわからないものが露出してきます。われわれが「地面」だと感じていたもののさらにその下に、「本当の地面」があることを思い知らされます。

常識という舗装された地面を突き破ると見えてくるものとは?(イラスト:中川馨)

そこに何を見つけ何を感じるのかは、人それぞれでしょう。土の匂いや感触に触れて、喜びや安心感を感じるかもしれません。這い出してきた蟲を見つけて、気味悪さや恐怖を感じるかもしれません。でも、何が出てこようとも、それらははじめからそこにあったのです。

何に根ざして生きるのかを選択する

先ほど、大きな出来事があると、人生や心身が不安定になると書きました。安心だったエリアに、風穴があいてしまうのです。

そうした不安定さから逃れたくて、開いた風穴を閉じようとする人たちもいます。感じている違和感や疑念をスルーし、もとの「常識」の層に根ざす生き方に戻ろうとします。それがうまくいくかどうかは分かりませんが、ひとつの尊重されるべき選択です。

もうひとつの選択が、「生き方開発lab」です。それは、常識や社会通念の層から、もっともっと深掘りして、自分にとって真実だと実感できるところまで掘り下げて、そこに根ざして生きる実践を意味しています。

当labでは、常識を安易に否定せずに掘り下げて、それをつくり出した歴史や背景を調べます。例えば、家族や仕事やキャリアといった、生活を構成する「常識的な要素」を掘り下げることによって、見落とされていた別の可能性を見出します。

labで出会うのはまだ知らない自分と世界

新しいウイルスによって引き起こされたパンデミックが続いています。見えない津波のように、国境も貧富の差も何もかもを簡単に越境して、あっという間に世界全体に広がりました。私たちは新しい世界を生きています。

この世界史的な事象に直面しながら、多くの目に見え、また見えない変化が起こっています。それと関係してもしなくても、

  • 心身の不安定さ(つまり変化の兆し)

  • まったく新しい可能性へのわくわく・そわそわ感

  • 人生の転機にいるライブ感やドラマ感

  • 「安定の人生」から「冒険の人生」にシフトしていく感覚

  • もっと自分らしく他者や社会とつながりたいという意欲

等々を感じている人も多いはず。

NPO法人れんげ舎では、この大きな変化に過剰に狼狽えたり、逆に平気なふりをしたりせず、「生き方開発lab」という場を創出しました。従来の常識的な生き方を選択する人たちを尊重しながら、当事者・実践者として、古い常識を吟味にかけながら「新しい生き方」を開発していきます。

そこで活動する自分がイメージされたら、ぜひ私たちのlabにいらしてくださいね。

「生き方開発lab」の活動について興味のある方は、無料メルマガ『冒険と灯台』の購読をおすすめします。


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