今日から俺は

無職です。

遡ること6月15日(土)
朝っぱらからスーツ姿の男性たちとバックヤードですれ違う。何やらものものしい雰囲気を醸し出す連中の正体は本部の人間だとすぐにわかる。なにしろ私の勤める店は、毎日がコピーアンドペーストでできているんじゃないかというくらい同じ流れ、同じ作業、同じメンバーで構成されているからだ。男性といえばたった2人の管理職と夜しか現れないバイトくらいのものである。関係者然としてウロウロしているとすれば本部からやってきた人間に違いないのだ。

「何かざわざわしてますね」

同僚が尋ねると、朝の準備のためひと足早く出勤していた別の同僚がぽつりと言った。

「ここ閉めるんだって……8月で」

何をー!!!!???

頭をスリッパで叩かれたような軽快なショック。そして遅れてギエーッと心臓が悲鳴を上げた。が、私はあまり顔に出ないタイプなので、「あ〜」と間延びした声を出しただけだった。しかし頭の中では閉店の2文字をしっかりと噛み締めている。
そしてふと、何で開店前にそんなことを聞かされなければならないのだろう。と思った。世の中にはメールという便利なものもあるんだから、前日の夜くらいにワンクッション置いてくれないか、とか。6月15日に聞かされて8月20日で終わりって、早くね?とか。
そんなことが頭の中をぐるぐるしているうちに開店時間になり、私はポーカーフェイスを保ったまま、買ってもいないブロッコリーを7つも登録するというバカポカをやらかした。

それからの日々はまさしく坂道を転げ落ちるように閉店に向けて加速することとなる。
不謹慎だが閉店とはこのように進むのかと、見るものすべてが新鮮で楽しかった。そう、けしてつらくはなかった。カードを持ってるか持ってないかとか、持ってるけど家に置いてきただとか嫁が持ってるだとか、クソほどどうでもいい客のオプションを聞かなくてよくなり、電子マネー払いですかと念を押して頷いたくせにいそいそと現金を取り出す奇行に遭遇しなくてよくなり、ただひたすら打つだけでよくなった。邪魔くさいビンゴやクーポンもない。よくなった。とってもよくなった。

何て快適。少なくとも閉店までの2ヶ月は気持ちも楽に過ごさせて頂いた。

そのうちどこからともなく閉店の噂が漏れだし、次店舗の名前までピタリと言い当てる千里眼を備えた客が出はじめる。

誰だ言いふらしてんの。

私はネットではいろいろと言いたいことを言うがこう見えて超優良店員。言い当ててくる客に対しても毅然と嘘を貫く。

「ええ〜!?そうなんですかあ!?知らなかったです〜!!私たち何も知らされてなくて……」

八の字眉毛でも作ってシラを切り通す。最初は良かったがそのうち客が自信を持ち始め(だって漏らしてる奴いるから)、ニヤリと笑って「ま、あんたらだって知ってても言えんわな」とわかってる感じ出してくるようになった。なら聞くな。ワンチャン引き出そうとすな。

少しずつ……と言いたいところだが商品部が本部からなだれ込んできたある日を境に突然棚から物が消え、急に閉店っぽくなり、がらんどうのなか閉店セールを一応行い、夕方五時。ついに蛍の光が流れた。夕方五時に蛍の光を聴く。同じ業種でもこれを体験することはなかなかないだろう。

最終日はたくさんのお客様が私を通り、挨拶して行ってくれた。無愛想で一言も話さなかった人まで、実は好いていてくれたことがわかってしまうのは惜しいことだが、今際の際でなければ出せない気持ちもあるだろう。
すでに職を決めて途中退職した人も来ていた。関係者じゃないから店から出た方がいいんじゃないですか?とは言えなかった。早めに上がった人も残って最後を見届けた。

そして、

ガシャーン!!

ガシャーン!!

スタンバイしていた業者の爺さんが乗り込んできて、有無を言わさず解体作業を始めた。ネジを床にぶちまけ、外れた柱を叩きつけ、力任せにトンカチを振り上げる!ガツンガツン!!

「っだぁ!もう、ああ、もう!」

汗を振り飛ばし、爺さんは誰にともなく唾を吐く。

いや、いやいやいや。

なに怒ってるんだ??爺さんアンタはいいよそうやって解体の仕事があるのだから。ここにいるほとんどの人間は明日から無職ぞ??
完全に狂気を抱えている爺さんを遠巻きにし、私たちは簡単な挨拶を済ませてその日は帰宅した。明日の片付けのためにも英気を養っておかなければならない。まだ離れ離れじゃない。
いつも奥様(同僚)を迎えに来る旦那様の提案で、裏口でチーフと私と同僚の三人で写真を撮った。夏の夕方五時半すぎはまだ明るく、ほんのりオレンジづいた空にガシャーン!という音が遠くかすかに響いた気が……した……(空耳だけど爺さんは確実に中で暴れてる)

明けて翌日。

ガシャーン!!ガシャーン!!バリーン!!

「はぁっ、ああ、くそ!ああ!」

え嘘爺さん今日もおる!!今日も怒ってる!!なんなんこいつ誰が呼んだん!?てか他の搬入作業してる人達はグループがわかるのに何故爺さんはいつも単独なのや!?

キレる爺さんを離れた場所から眺めていると、本部の女性社員が爺さんに手招きした。そして、一言二言かわすと、爺さんが持っていた養生テープをへこへこと女性に手渡した。そんな場面が二回ほどあったが、爺さんは人が変わったようにヘラヘラして大人しかった。

哀れな爺さん。目上の者に手招きひとつで呼び寄せられ、道具も簡単に明け渡し、へこへこしているなど……。だからキレていたのだろうか。

その後も爺さんは電話しながら吠えていた。というわけで、閉店イベントはずっと慌ただしく、騒がしく、感傷に浸る暇もなかったがその方が私には合っているように思う。本当はものすごくものすごく寂しくて嫌だけど、その気持ちをわざわざ人に見せるのも嫌だ。いつものユニークで面白いさとみっちさんを崩さずにさらっと終わりたい。爺さん最後にことのほか騒いでくれてありがとう。私が自我を保てたのは爺さんのお陰だ。エンジェルだ。23日の全体慰労会にも来て欲しいくらいだ。爺さんは部外者だから会費は6000円だ。

私さん、お疲れ様でした。



この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?