QUEEN AT THE LIVE AID
年末年始に行けなかった映画「ボヘミアンラプソディ」。先日ようやく観に行く事が出来た。めちゃくちゃ良かった。映画の内容は割愛。自分の思い出話に自慢を交えながら語りたいと思います。
クイーンに出会ったのは「RADIO GA GA」。1984年、私が高校1年生の16才の時。中学生からどっぷりハマった洋楽が大好きな生活は、テレビ神奈川の「ミュージックトマト」「SONYミュージックTV」、雑誌「FM STATION」を隔週で購入してのFMエアチェック。そんな中、突如現れたクイーン。中学生の私には彼らの過去に素晴らしい名曲が沢山あることにまだ、気づいていなかった。
その年のクリスマス。イギリスのアーティストたちがアフリカの飢饉を救うために集まったチャリティレコード、BAND AIDの「Do they know it's Christmas?」、同じ時期に発売されたワム!の「Last Christmas」のレコードがどれだけ私を楽しませてくれた事だっただろう。
そして翌年1985年。アメリカに短期留学した友達のお土産は、BAND AIDに賛同し俺らもやろうぜ!とアメリカのアーティストが集まったUSA for Africa「We are the world」のシングルレコード。私にとってこの上ないプレゼントとなった。その年、フレディのソロナンバーとしてリリースされた「I was born to love you」。爽やかなサウンドで彼女のいない私をウキウキさせてくれた。
その年の夏、BAND AIDとUSA for Africaがジョイントして「LIVE AID」を開催するとの情報が入った。 高校2年生の事だった。さて。どう録画しよう。15時間の連続放送。当時容易に入手出来た120分テープだと3倍録画で6時間、3本だな。いや、待てよ、160分テープを見つけたよ。160×3÷60=8時間。よし!これなら2本で16時間の録画が出来る。当日は興奮して録画のスタートボタンを押したのをとても良く覚えている。始まった放送は洋楽ファンにとって、とても満足のいくものではなかった。演奏中なのにCM、募金の呼びかけ、現地の放送を流さず日本のアーティストのスタジオライブを挟み、とてもイライラした事を覚えている。チャリティとは言え放送したフジテレビも商売だったのだ。CMがないと放送が成り立たない。日本人アーティストのファンも取り込みたかったのだろう。録画は成功し、その夜遅くに放送が出来なかった部分の「LIVE AID FINAL」と言う番組も録画出来た。大興奮の二日間だった。この放送がクイーンの多くの有名な曲を私に教えてくれるきっかけとなったのだ。
時は流れ1990年11月、22才の時にイギリスロンドンに住む親戚の家に厄介になりながら1年間の遊学をする夢が叶った。ビザを取るために語学学校へ入学した。親戚の家は正確に言うとロンドンではなくてロンドン市近郊の街ウェンブリー。23区から外れる武蔵野市とか調布市と思って頂けると分かりやすいかも知れない。ロンドンではなくて東京23区ではないのだ。ここウェンブリーにあるウェンブリースタジアムはかつて行われたLIVE AIDのイギリス側の開催場所なのだ。2000年に2度目となったロンドンオリンピックが行われた素晴らしい場所としてではなく、私にとってはLIVE AIDの聖地。こんな街に住める事に感謝だった。
ここウェンブリーからロンドン中心地の語学学校に通う。そして後に親戚にアルバイト先として紹介してもらった日本食レストラン「WAKABA」はロンドン中心地からは少し離れていて隣駅にはビートルズが渡る横断歩道が有名な「アビーロード」がある。日本人観光客も滅多に来ない、接待として使われる事の多かったこのレストランにはビートルズを始め、多くの有名著名人が来たことがあると聞かされた。事実私の働いた半年の間にもデュラン・デュラン、ワム!の今は亡きジョージ・マイケル、ユーリズミックスのアニー・レノックス、ブライアン・アダムス、布袋寅泰、小比類巻かおる、坂本龍一コシノミチコを始めとした姉妹が来店した。サインや写真はお店から固く止められていたので調理場の扉からそっと眺めたものだ。私はキッチンで働いていたのでウェイターさんたちがとても羨ましかった。そんなお店にある日フレディを除く3人が来店したのだ。なぜ3人だったか。その意味はそう、そう言うことだったのだ。そして私が11ヶ月の遊学を終え日本に帰国したのが1991年10月、フレディの死 はその後の11月24日の事だった。
そんな思い出と映画の興奮に酔いしれながらお酒を飲みたいと思い、ドンピシャの店を見つけた。バックバー(酒棚)の前には5席のカウンター席、一番奥が空いていた。イギリスで覚えた大好きなスコッチを堪能した。
店主やご常連さんとの楽しい時間を過し、帰宅してすぐにしまってあるビデオテープを少し再生してみた。今は亡き逸見政孝さんが司会のLIVE AID。大丈夫だ。テープは伸びていない。今度ゆっくり観よう。以前入手したLIVE AID全篇のDVDもある。そうだ、こちらも時間がなくてあまり観ていなかった。今度こちらもゆっくり観よう。そんな過去を振り返るには素敵な1日であった。
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