コーヒーショップギャラン

あー、おなかいっぱい。
そう言いながら彼女はお腹をさするけど、とてもいっぱいになったとは思えない、それはそれはペラペラなおなか。

テーブルには山賊焼という名前の揚げ鶏と、添え物のカットレタスがちょこん。
わたし葉っぱ食べるから、お肉食べていいよ、と、ペラペラおなかをさすりながら言うから、ありがとう、と言う。
僕ももう食欲はないけど、とても貧相な、懸賞金もかかっていないような弱々しい山賊を、胃に流し込んだ。
サラリーマン、山賊を呆気なく討伐。

わたし、最近レモンサワー覚えたの、と鼻息を荒くして注文した彼女のジョッキは、まだ3分の1くらいが薄黄色い。
もう1杯頼もうか、それとも別の店に行こうか、いや、近くの公園を少し散歩しようか、でも明日も仕事って言ってるし帰してあげないと、そうだよね、きっと僕といてもあんまり楽しくないし帰りたいよね、などと、レモンサワーがちびちび嵩を減らすのに目をやりながら頭をぐるぐるさせる。

お酒飲んだら、コーヒー飲みたくなるね。
そう聞こえたから、わかる、めっちゃわかる、と、彼女のおなかよりペラペラな言葉を返す。下戸だから、全然分からない。だいたい、今も烏龍茶を飲んでいる。烏龍茶の後にコーヒーって、それはもうただのおかわりだ。

いいからいいから、ほら、久しぶりに会ったんだし、などと適当な理由をつけて、かっこつけてカードを切って店を出る。

カフェなんてもう閉まっている時間なのに、ビカビカと「COFFEE」なんて光る看板を見つける。

まだやってるかな?
なんて聞くから、ビカビカしてるからきっとやってるよ、とズカズカと階段を上ってみる。2階にある店は、意外と人で溢れていて、それはそれで拍子抜けした。

アイスコーヒーを頼んだけど、冷房がキンキンで、寒かった。ふたりとも、寒いな、と思っているはずなのに、寒いね、とは言わなかった。
今度は頭をぐるぐるさせずに、さっと席を立った。寒かったし。

くすんだシルバーの地下鉄と、何色か分からないけど寒色系の地下か地上か分からない電車と、橙色のJRを乗り継いで帰った。
途中、何かの事故があったみたいで電車が止まったけど、座っていたから大して気にならなかった。

別に、死ぬ前の走馬灯に出てくるような日ではない。ないんだけど、知らない喫茶店に行ったり、いつも乗らない電車に乗ったり、そういうのって、なんだか大切に覚えていたい。

だから多分、これからも、毎日がカサカサになったら、いつもと違う電車に乗ってみたり、知らない喫茶店に行ってみたり、してみようと思った。

夜にコーヒー飲んだら眠れなくなるかな、と思ったけど、なんだかこの日は安心して、帰ったらすぐ眠りについた。

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