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西国三十三所第32番 観音正寺 人魚の伝説が眠るお寺

一度目はバスツアーで行った。
お土産屋さんの前で大型バスからタクシーに乗り換え、観音正寺の駐車場へ。
駐車場から徒歩十分程で到着。ラクラク参拝であった。
爽やかな風を受けながら、見事な眺望を楽しんだ。

令和元年十一月に満願を果たし、現在二巡目をしている。
ところが新型感染症の流行により雲行きが怪しくなってきた。バスツアーが中止になり、緊急事態宣言が出、今は再開しているようだが何だか気軽に団体旅行に参加しにくい世の中になった。
前向きに捉えよう。これは自力で向かうチャンスではないか。幸い最寄りの能登川駅までJR快速一本で行ける。感染者数が少し落ち着いた頃を見計らい、疫病終息を祈願し粛々と一人で向かう。

バスツアー参加時に同行してた先達様が、表参道からは行かないほうがいいと強く言っていた。
表参道は千二百段以上の石段である。距離はどのルートよりも短いが、実際の段数よりも険しく危険らしい。かつて観音寺城というお城があり、山上に城跡がある。攻め入られないようにするための不揃いの段差のせいで、歩きにくいようである。

観光案内の通り裏参道からのルートを選択した。能登川駅から八日市行きのバスで観音寺口へ。まずは、結神社(ゆいじんじゃ)で無事の旅路を祈願した。結神社境内左側から裏参道に入る道がある。
獣が降りてこないようにするための柵がしてあった。いきなり大丈夫かいな案件である。不安を抱えながらも行くしかないと腹を括り、柵を開けて入った。

ここからは山道を、枕木の階段を頼りに登ってゆく。
時折感じる獣の気配と糞のにおい、傘でつついてもたゆむだけで切れる気配のない弾力ある強靭な蜘蛛の糸に、本体はどんな大物だろうかとビビり散らしながらひたすら歩く。進むか戻るかしかない。己の内なる恐怖心との戦いであった。
案内板が少なく方向音痴の私は遭難も覚悟したが、ほぼ一本道であった。永遠とも思えたが、時計では徒歩四十五分ほどで見覚えのある駐車場の近くに合流した。

駐車場からはなだらかな砂利道を、三十三枚の格言のような札を順番に読みながら、本堂まで歩く。
駐車場から出てきた参拝者が、「お寺までしんどいですか?」と尋ねてこられた。私が山道のほうから出てきたのを見ていなかったのか、そんな主観的なことを聞くの? 小一時間かけて山を登った私と駐車場から出たばかりのご年配の方では体感が違いすぎるけど? と思わなくもなかったが、ここは先達、参拝慣れた風を装って、「札を読みながらゆっくり歩いていくと良い運動になりますよ」と笑顔でアドバイスした。
お礼を言っていただいたので、大切なのは気持ちのやりとりなのだと思う。

木陰と日向の道を交互に行く。
見えてくるのは境内から眼下に広がる穏やかな安土の町並み。眺めが大変によい。頑張って登った甲斐があるというものだ。バスツアーで来た昨年五月と自力で登った六月、どちらも素晴らしい風景だが、少し色味の違うものに見えるのも趣がある。気候のためか、己の心の向きなのか。同じ風景は一生に一度も存在しえないと知る。

山門はないが、力強い仁王様と「ようおまいり」の木札が迎えてくれる。
太子堂や茅葺き屋根の北向地蔵尊のかわいらしい祠を手前から順番に拝み、本堂へと進む。
道なりに紫陽花が咲き誇っていた。

こちらの観音正寺、一番の特徴といえば、本堂の脇に聳える石積みである。巨大な曼荼羅。壮観である。ちょっと他ではお目にかかれない。
本堂や御本尊などは平成五年の火災で焼失し、平成十六年に再建を果たした。石積みはそのときに出てきたものと聞いた。

火災までは人魚のミイラも伝えられていたようである。
聖徳太子がこの地を訪れた際、人魚と出会う。前世が漁師で殺生を生業としていたため人魚に生まれ変わってしまい、成仏させてほしいと懇願する。太子は願いを聞き入れ、繖山(きぬがさざん)の山上にて千手観音を刻み、寺を開いたという。
先日、増田こうすけのギャグ漫画「ギャグマンガ日和」のシリーズに、聖徳太子とや小野妹子とともにフィッシュ竹中という人魚が出てくるのは、この伝承に基づいているのではないかという考察があった。漫画はシュールで突拍子もない内容だが、意味を考えていくとなかなか感慨深い、ような気がする。知らんけど(大阪人の語尾)。

本堂再建のちは、白檀の香りのする大きくて包容力のある容貌の観音様が迎えてくださる。禁輸品である白檀の原木を、交渉を重ねてインド政府から特別な許可を得て輸入し、現代の仏師松本明慶が彫り上げた。二十三トンの白檀の原木は、像高三.五六メートル、総高六.三メートルの巨大な千手観音坐像となった。
息を整え、ご本尊の観音様を横の座敷からゆっくり眺めた。風が通って涼しく、心は暖かくなる空間であった。

行きは慣れない山道と苦手な虫に怯え精神的に疲れ果て、帰りは車道から下山した。こちらも一本道である。多少遠回りでも整備された道のほうが歩きやすいと身をもって知った。

最寄りのバス停は、きぬがさ街道を越えてまっすぐ進んだところにある「石馬寺(いしばじ)」か、きぬがさ街道で右に曲がり、「ぷらさ三方(さんぽう)よし前」に行く。石馬寺のバス停からさらに歩くと石馬寺というお寺があるので、脚に余力があればお参りするとよい。こちらも聖徳太子伝来のお寺である。
石馬寺のほうが少しだけ近いが、ぷらさ三方よし前のほうが小さいながらもお土産屋さんがある。トイレ休憩もできる。バスツアーでタクシーに乗り換えたのは確かこのお土産屋さんの駐車場だったと思い出した。

JR能登川駅に戻り、近江八幡駅で下車、長命寺行きのバスに乗る。

ん? 長命寺?
石段が八百八段ある、あの長命寺?
往復約二時間の登山の後に?
アホなの?

ご期待に添えるか定かではないが、次回、長命寺へ続く、かもしれない。

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第三十二番札所 繖山 観音正寺

読み:きぬがさざん かんのんしょうじ

住所:滋賀県 近江八幡市(おうみはちまんし) 安土町(あづちちょう) 石寺2

公共交通機関でのアクセス:
①JR琵琶湖線 安土(あづち)駅より
桑実寺を経て 徒歩90分
※険しい1200段の石段のある表参道
②JR琵琶湖線 能登川(のとがわ)駅より
近江鉄道バス 八日市行き
能登川駅→観音寺口(所要時間11分・350円)
結神社境内を経て 徒歩50分
※裏参道
※近江鉄道バスはICカード利用不可。(※1)
③林道繖山線 安土林道
※表参道・車道。林道は通行止めの場合あり。
④林道観音寺線 五個荘(ごかしょう)林道
※裏参道・車道。林道は通行止めの場合あり

入山料:500円
参拝時間:8:00〜17:00

宗派:天台宗
本尊:千手観音

主な行事:8月18日 千日会

創建:605年(推古天皇13年)(伝承)
開基:聖徳太子(伝承)

札所:
西国三十三所第32番
近江西国三十三観音霊場第19番
江州三十三観音第26番
びわ湖百八霊場第70番
神仏霊場巡拝の道第139番

御詠歌:
あなとうと 導きたまえ 観音寺
 遠き国より 運ぶ歩みを


※上記は2020年7月時点の情報です。

追記:
※1 近江鉄道バスでは2021年3月27日よりICOCAなどのプリペイド系ICカードが使えるようになった。ポストペイのPiTaPaは非対応である。

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