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そのままの姿を、ただ受け入れる。大切な人からは決して離れない。映画「ぐるりのこと。」

数少ない我が家にあるDVDの中で、絶対にずっと手放さないと決めている映画があります。

「ぐるりのこと。」

予告
https://eiga.com/movie/53383/video/

女にも仕事にもだらしないダメ夫、カナオ(リリーフランキー)と、小さい出版社で働くしっかり者、翔子(木村多江)の10年を描く作品です。最初は、軽いタッチで始まります。リリーフランキーらしい脱力系ヘラヘラ夫、カナオの「そりゃだってお前、帰ってバナナ食って文句言ってる女に、どんな絶倫でも勃起しないよ・・・」とか、(完全に正しい台詞じゃないと思います)、翔子が「離婚しよっか。」と軽く言うと、ヘラヘラっと笑ったカナオが「決断力、あるなあ〜」と言うところとか。リリーフランキーが言いそうな台詞と、表情、動きに笑ってしまいます。

でも、カナオが法廷画家として働くことになり、その中で目にする平成の猟奇的な事件の裁判シーン、それを見つめる淡々としたカナオの表情、そして夫婦に起こる悲しい出来事と、どんどん鬱状態になっていく翔子の姿・・・。どんどん不穏な空気が流れてきます。

本当に良い俳優さんばかり揃っていて、「ものすごい悲惨なシーン」とかはないのに、どれだけ「日常」と「悲惨な出来事」が表裏一体か、「笑顔の人間」の裏にある「闇」。カナオはそれを表情を大きく曇らせたりすることなく、観続けます。猟奇的な事件の現場を映すこともなく、夫婦に起こった悲しい出来事も映すことはない。観る側に「想像させる」にとどまる。でも、確実に、「それ」は起こっていて、翔子と一緒に、そして時代と共に、どんどん感情が落ち込んでいきます。

翔子がついに爆発するシーンでも、こちらはなんとか涙を耐えているのに、翔子の母親が「翔子をよろしくお願いします。」とカナオに頭をさげるシーン。翔子と一緒に、大号泣してしまう。毎回そうです。それまで、なんとか耐えているのに、やっぱり毎回泣いてしまう。「すごい映像作品」って、こういうことを言うんだろうなって思います。そして、今まで嫌味な母親だった倍賞美津子の、日差しに照らされた美しい表情・・・。美しい・・・。愛って、人の悲しみや苦しみって、わかりにくいんですよね。誰もが真っ直ぐ表現するわけじゃない。

カナオは、「女にも仕事にもだらしない人間なのだけど、芯がしっかりしていて、ブレないし、逃げない。ユーモアで、人を傷つけずに支えて、誰のことも決して罰したりせず、そのままの姿をただ受け入れる」人間だってことが、周りを(それも本当に近しい人たちだけを)少しずつ、救っていく。それは、どんな時代にも大切なことで、「恋人」「友達」「家族」「同僚」。この半径1メートル以内にいる人の中で「大切にしたいと思える人」を大切にして、逃げない。そして、「嫌なことを言うやつ」がいたとしても、他人は変えられないから、「そういう人なんだな」って、ただそれをそのまま受け入れる。

これこそが、リリーフランキーという人間そのものから発せられる人間愛だなあ、と。リリーフランキーという人を、小説や、エッセイや、ラジオで感じ取ってきたファンとしては、「カナオがリリーフランキーそのものすぎる」

監督は、リリーフランキーの小説を読んで、「カナオがいる」とオファーしたそうなので、あてがきではないようです。俳優として活動していなかったリリーフランキーを起用した橋口監督はすごいと思います。

リリーフランキーを「地面師たち」や「凶悪」で知った人は、ぜひ観てほしい。「ぐるりのこと。」すっごくいいですよ。


8:49-9:33


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