離れて寝ていい?
理性が勝てなそうだと、彼は悟ったのだろう。
彼と出会ったのはよく分からないTwitterのようなアプリだった。
人間と喋るか!と、意気揚々と入れたアプリで、私はよく日々思ったことをつらつらと書いていた。ビールを持った自撮りで「人生はすごい!」みたいな事とか、飼ってるフェレットの前で四つん這いになって遊んでからフェレットだと思い込まれてゲージに持ってこうとされる話とか、大学で突然手掴みで食べ物触ってみたらドン引きされて友達全員失ったとか、そういうくだらない事ばっか呟いていた。
「投稿が好きです。本を出して欲しいです。」と色々な人に言われ満更でもない気持ちになった。しかし、こんな内容の無いものを書籍化される訳ないだろと笑った。
個々のチャットも出来たが、私は個々で話すことはあまりしなかった。
そのアプリでは、だいたい出会って1日目でLINEやインスタグラムなどの媒体に移動するのが一般的だったようだ。しかし、私は一度も移動せずずっと一人でつぶやいていた。インターネットと、リアルがつながるというのが許せなかった。
フォロー0の状態で、フォロワーが400人くらいになった頃、「ぼく」という名前の人間がトークをしてきた。
自分の事故を起こしたエピソードを、軽く投げかけてきた。何故かその文章が面白くて、返信をしてみた。
そのぼくとは、そこから仲良くなり1ヶ月ほど毎日のように深夜まで話した。LINEも交換した。次の日がどれだけ早くても、彼は私からの電話がくるまで起きていた。
彼は妙に落ち着いていたのと、人生経験から年上を感じさせていたが、同い年だった事が判明した。私の人生とは真逆の人生を歩んでいるようだったが、なんだか似ているなと感じた。人との接し方や、人の特別になるのが嫌いなところ。自分への評価がやけに低いところ、音楽の趣味が似ていた。特別変わっている訳では無いが、言葉に表せられない何かが似ていた。気が合う、と言う言葉に疑問を持っているが、もし気が合うという人間がこの世にいるなら、彼なんだと思う。
ある日彼は
「嫌だったら、断ってもいいのだけれど」
と、私に話を切り出した。
私は、その時点で「いいよ」という返事を頭で用意していた。1度会ってみたかった。こんなに、話のテンポが会う人間、私のような脳内の人間が存在しているという事を実感したかった。
当日、彼は3時間かけて浅草へやってきた。
「よっ」というと、「おー!」と返ってきた。
これが私のソウルフレンドだ。これは私の造語である。思ったよりも身長は高く、緊張した。男女関わらず友達と遊ぶことは多いが、友達という関係性ではない人間とデートをするのは久々だった。
そもそも、インターネットで知り合った人間と会うのは人生で初めてだった。出会い系アプリで知り合った人たちを見て、そんなに人を信用するなんて馬鹿だなとまで思っていたが、こんな気持ちなのかと思うと全然馬鹿ではないのかもしれないと感じた。
カフェに行こうとすると、全てのカフェが閉店していた。私たちは夜遅くに待ち合わせてしまったようだ。イタリアンのお店を見つけ、入ろうと提案した。歩いている時に彼はあまり喋らなかった。
席について、「改めて、はじめまして」とお辞儀をし合う。彼は「ごめん、可愛すぎてまだびっくりしてる」と笑った。可愛いなと思った反面、女の子に対しての手慣れ感を感じて複雑な気持ちになった。
お酒を頼むと、彼もお酒を頼んだ。私は、お酒が好きだが、彼はあまり得意ではないようだった。二口飲んで顔が真っ赤になっていたが、電話で彼はお酒が好きだといっていた。嘘つき、と笑った。
お手洗いから帰ってくると、自分の顔の赤さを自覚したのか「俺、めっちゃ赤いね」と顔を隠した。
正直、付き合う付き合わないはあまり考えていなかった。100%友達と思っているわけではなかったし、友達よりもこの感情は上だ。しかし、付き合って別れる未来も考えられなかった。ただ、“ソウルメイト”だし、大事にしたいなと感じていた。
向こうはどう思っているが分からないが、彼も彼女にしたいとは強く思っていなかったのでは無いかなと思う。ただ、会ってみたかったという好奇心で私たちは出会った気がする。
食事を終えた後、私たちは川沿いを散歩した。
出会ってすぐに向かった駅ビルの屋上の喫煙所で見かけた川沿いだった。「あそこあとで歩こう」となんとなく言っただけだったが、いい川沿いだった。何を持っていい川沿いかは言い表せないが、川沿いを歩くのは好きだ。
歩いている間、アスレチックがある公園を見つけた。私ははしゃいだ。滑り台で転んだ。彼は心配しながら私を持ち上げた。
鉄棒にぶら下がっていると、彼が脇の下を支えてきた。「こちょこちょをされる!」と危険を察知した私はすぐに鉄棒から離れた。その後も、SASUKEごっことはしゃぐ私に、彼はついてきた。好きだと思った。
全く時計を見なかったが、終電を逃したことに気付いた時には雨が降り出した。私も帰れないし、このままホテルに行くことになりそうだなと考えていると
「絶対やな事はしないって約束するからさ…」
と、切り出してきた。私の頭の中では「不可抗力だし、仕方ないね」と言う準備が出来ていた。
この状態で、私の経験上、ホテルでただ眠るなんて考えられなかった。ネットで出会ってご飯を食べて、ホテルに行くのは確定演出であれがあると誰しも期待するだろう。
しかし、私は彼と関係性がはっきりしていない中で致すのは嫌だった。
それは、その行為が嫌なわけではなく、彼とはそれだけの関係になりたくなかったからである。しかし、ここでキスやハグをされたら、彼にとってそれまでの関係でしかなかったんだと割り切ろうと考えていた。
ホテルに着き、ソファーに座ると、彼が私に寄りかかる。
『どうでもいい人だったら、抱きしめるのも、キスも、もう既にしているよ。』
『でも君は違う。こんなに気が合うって思った人はいないし、友達にもいない。今それをしたら、私は関係を切りたくなる。その後、それだけの関係のくせに何食わぬ顔で一緒に過ごすのが気持ち悪い。』
そう伝えると、彼はなんとも言えない顔で頷いた。
隣で会話をしている時、彼の机の上に置いてある指輪を触りながら、『こういうのいっぱいつけるの、憧れるんだけど買ったりしたことないなあ』と呟くと、どれか一つあげると笑った。
彼が眠る時、離れて寝てもいいか聞いてきた。当たり前のように横で寝ていたが、そうか、普通は離れて眠るのか。
そう思ったが、私は彼の目を見ながら「どうして?」と聞いた。
彼が理性に負けそうなのは分かっていたし、私のことを気遣ってそう言ったのも知っている。なんとなく、意地悪したくなった。
彼は何も言わずに私の頭を撫でた。
『おやすみなさい』と言い、彼の腕の中で眠った。
次の日は、お互いに夕方までだらけていた。何かするわけでもなく、部屋の中でぼーっと2人で過ごした。お互いの関係については、一度もお互い話さなかった。
そのまま、チェックアウトをすると18時を回っていた。いい時間だったが、水族館に行きたいと言うと、彼は水族館へ連れて行ってくれた。
水族館へ行くと、当時錦糸町に住んでいた姉から連絡が来た。
ちょうど私達がいる水族館の近くにいるので、ご飯を食べることになった。
一緒にいた彼に「一緒に、ご飯食べようか」と言うと困惑していた。「Haちゃんが行きたいならぜひ行きたいけど、俺も行っていいの?」と言われたが「別に大丈夫だよ」と笑った。その後も、ずっと「俺、殴られない??」と心配していた。
地図を見ながら歩いていたのに、全く逆の方向に歩いていることに気づいた。15分かけて歩いた道を引き返した時に、私が「ほんとうにごめんね」と言うと、「なんで?面白いよ」と笑っていた。
姉と合流すると、私達二人にお酒を煽った。彼がお酒弱いのを知っていたので、彼の分も飲んだりしたが、彼は案の定ベロベロになった。2,3杯しか飲んでなかったが、一人で歩けないほどになっていた。
お店を出た後、少し二人の時間をもらった。
お酒が弱い人間を見るのは慣れているので、彼が飲みたがっているインスタント味噌汁をコンビニで作り、外で座り込んでいる彼に渡す。
「俺、本当は遊んでくれる女の子を探してたんだ。
けど、出会ってからスマホばっかみてて、返信が気になって仕方なかった。他の女の子と遊ぶ気も一切起きなかったし、クソみたいな人生歩んでたから、連絡先とか全部初期化したんだよね。」
と、言い出した。
『私の友達はみんなそれぞれ価値観が違うけれど、一緒に楽しむことが出来るのは一定数いるし、それはどこに行ってもいる。けど君はいないと思う。』
『私も他の人間とそういう関係ではないけど、適当に温もりとか上部の優しさをくれればいいやって思ってた。』
「俺、運命ってあるんだなって、これは運命だよね」
その瞬間、私の口から思いもよらぬ言葉が出た。いや、出してはいけない言葉だったと思っていた、お互いに。
『じゃあ、付き合おっか』
彼は一度こちらを見たあと、下を向いて黙ってしまった。私は怖くて彼の顔を見れなかった。
やっぱり違った。同じ熱量ではなかった。私の好きと彼の好きは似たようで違うものだった。
そもそも、出会った時にお互い恋人はいらないと話し合っていた仲だった。そういうつもりじゃないのなら、冗談と受け取って笑ってほしいと願った。そして、それに私はあやかりたかった。
「3回目のデート…」
下を俯く彼がぼそっと呟いた。
「3回目のデートで告白しようって。先に言われちゃった。」
『えっ!?じゃあ黙ってたら告白してくれてた?』
「そうだね…」
その日、彼はカプセルホテルに泊まることになり、私は姉とビジネスホテルに泊まる事になった。
最終日、改めて告白をされた。
彼は「話があります」と言ったあと15分ほど俯いていた。何を言い出すのか分かっていたし、答えは決まっていたし、彼もそれを知っているはずなのだが、その沈黙が愛おしくて、彼が言い出すのを静かに待った。
ホテルで言った『君とはそういう関係になりたくない』は、彼からしたら「あなたを男として見てないから近付かないでくれ」という意味合いかと思って怖く、
私の告白まがいな発言で無言になったのは、冗談だったらどうしようと困っていたらしい。
私達は恋愛初心者だった。
当時つけていたリングを指から外し、「これじゃ、サイズ合わないから」と自分が着けていたネックレスを外し、リングをつけた状態でわたしにくれた。
「こういうの欲しいって、言ってたから」
と言われ、笑った。私は指につけるアクセサリーを持っていないからという意味合いだったが、それはそれでいいなと思った。
彼氏を作る気はなかったが、この人が彼氏というのは妙にしっくりきた。
彼氏も同じ気持ちだったらいいなと思う。まぁ、同じ気持ちな気がする。
1年経っても、この人は「私のことが本当に好きなんだろうな」と思わせる天才なのだ。
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