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魚類になった男Ⅰ -立志編-

島本和彦『アオイホノオ』巻頭より

かつて"京介"という名の一人の男がいた。
彼は人類全員の幸せを願い、ただそれだけのために己が身を捧げる心優しい人間であったが、いつの頃からか人類滅亡を願うようになり、最終的には人類を捨て魚類となったという。

人類史上例を見ない驚異的な進化(退化)を遂げたこの人物に興味を抱いた筆者は、彼にゆかりのある人々や土地を訪ね取材を行った。

このnoteは、彼がどう生き、いかにして魚類となったかの物語である。
環境が原因か、はたまた彼自身の問題か、このnoteの記述をもとに読者諸兄とともに考えていきたい。

筆者が取材を続ける中で気付いたこととしては、彼はその半生で多くの絶望を重ねてきていることである。
このnoteでは、時系列に沿う形で彼の絶望にフォーカスし記述していくこととする。
連載第一回となる今回は彼の生誕から中学生時代までを記述したい。


生誕 - 親族・地域社会に対しての絶望と家族を支える決意

命の始まりと終わり

とある片田舎の病院にて、家族みんなから祝福され誕生したその赤子は"京介"と名付けられた。
"京ちゃん"と呼ばれすくすくと大きくなっていく中でこの家族には明るい未来が待っているかのように思われたが、神の悪戯か悪魔の罠か、京ちゃんが保育園に通うようになった頃、最初の大きな事件が起きた。

父親が亡くなったのだ。

ちょっとした病気の治療のために入院していた京介父だったが、"簡単な手術"が必要と医者から言われ手術を受け、その後一度も目を覚ますこともなく突然亡くなってしまったそうだ。
医療ミス説などもあったようだが、結局のところなぜこんなにあっけなく亡くなったのかは分からず仕舞いだったとのことである。
いずれにしても、死んだ人は生き返らない。

父親が亡くなったイメージ

一家心中、そして決意

そしてこの後、京介母は親族・地域社会から孤立する形になり精神を病んでしまう。
父方の親族とは京介父の生前から問題があり、数千万円の借金を京介家が肩代わりさせられるなど関係性が最悪だったためこれを機に縁を切る形となった。
当時の(今もだが)田舎は男尊女卑が社会常識となっており、シングルマザーとして子育てをすることになった京介母を応援するどころか孤立させる空気が醸成されていった。
あろうことか母方の親族(特に同居していた京介祖母)もこの流れに積極的に加担し、味方がいなくなった京介母は京ちゃんととも一家心中を図るところまで追い込まれ最終的に精神科に入院することとなった。

おかしくなってしまった母を見た京ちゃんは、

  • 親族と言えど味方など誰もいないこと

  • "空気"というものの恐ろしさ

  • 弱いものいじめを無自覚に行う人の多さ

を学び、自分が家族を支える必要があると決意したそうだ。
一家の大黒柱(6歳)の誕生である。

大黒柱(6歳)のイメージ

小学生時代 - 世界に対しての絶望と世界を変える決意

不調のはじまり

一家の大黒柱として君臨した京介少年だったが、この頃から自身も精神に問題が生じるようになった。
具体的には、寝ているときに突然大声で泣き叫ぶということがほぼ毎日のように起こるようになったという。
当然意識は無いので本人は全くそのことを覚えていない。

幼少期にはしばしばこの症状が現れることもあるそうだが、発症の原因は強いストレスである。
京介少年は心療内科に通うようになり色々と治療を重ねて改善されたが、本来であれば親や家族からの無償の愛を受ける時期に大黒柱とならざるを得なかったのだから問題が起きて当然のように思われる。

叫ぶイメージ

もっといい世界に

一家心中未遂事件後に精神科に入院していた京介母はしばらくして退院したが、薬は手放せず発作も頻繁に起こるため、京介少年は小学校に通いながら母の体調を常に気遣う日々だった。
そんな母の様子や、小学校で習う社会の授業、そして日々テレビや新聞で見るニュースが段々とわかるようになっていく過程で、この世界には何かしらの形で苦しんでいる人々・虐げられている人々がたくさんいることを京介少年は学んだ。

当時、世界のどこかで戦争が始まったというニュースを聞き、たくさんの人の命が亡くなること、もしかしたら日本も巻き込まれるかもしれないと思い、どうしようもなく怖く悲しく、一晩中泣いていたこともあったという。

「みんなで楽しく暮せば世界は平和だしみんな幸せになれるのになんで傷つけ合うのだろう」と疑問を抱き、戦争を繰り返し未だにみんなが幸せになることのできていないこの世界に対して漠然とした絶望を抱いた京介少年であった。
そして「自分が人生においてなにか成し遂げるべきことがあるとしたら、この世界をもっといい世界に変えることだ」と決意した。

戦争のイメージ

中学生時代 - 将来に対しての絶望と世界を変える準備

準備期間

中学生となった京介くんは一生懸命に勉強したという。
世界を変えるための準備だ。
特に政治に強い興味を抱いた。

成績は常に学年1位で最終的には生徒会長も務めあげた。
その一方で友達と一緒に河原の橋の下に行き、なぜか定期的にそこに供給されるピンク色の本を漁り、まだ見ぬ人体の神秘に想いを馳せるなど健全な中学生活を送っていたという。

中学生のイメージ

次の試練

順風満帆と思われた京介くんであったが、彼を待ち受けていた次の試練は同居していた祖母の介護だった。
ある日家に帰ると祖母がポットと会話していたという。
これが話に聞いていた"ボケる"というやつかと京介くんは思ったそうだ。
段々と深夜徘徊することも多くなったり、風呂や布団で大きい方を漏らしてしまったり、面倒を見なくてはならないことが多くなった。
よくあるパターンだが「わたしの金を盗みやがったな!」などとありもしない言いがかりをつけられたり、認知症患者とはそもそも会話が成立しない。
普段世話をしているのはこちらなのにずっと人格否定を繰り返される毎日に疲れ果ててしまいそうになったという。
京介母と2人で介護に当たっていたため相談相手がいたので疲れ果てることはなかったが、もしこれが一人だったらと考えると、世間で度々発生する介護疲れに起因する事件も正直一定の理解を示すことができるなと京介くんは思ったそうだ。
最終的には老人ホームに入ることができ、自宅介護は終了した。

祖母のイメージ

確定した未来

祖母の介護を終えた京介くんはふと気付いた。
「母の介護が必要になったとき自分一人で何年も介護しなくてはならないのでは?」
京介くんには兄弟がおらず、親族ともどんどん疎遠になっている。
そしておそらく今よりも少子高齢化が進んだ将来において老人ホームに入ることも難しいであろう。
そうなった場合、その時に介護という終わりの見えない絶望と何年も、もしかしたら何十年も向き合うことになってしまうのではないだろうか。

結婚すれば奥さんと一緒に介護ができる?
それは絶対に嫌だ。自身の絶望のために他の人を巻き込みたくない。
そう思い、自分は結婚出来ないなとこの時から京介くんは考えるようになったという。

そうして京介くんは中学時代を終え、地元の進学校へと入学することとなる。

言葉にできない

終わりに

生誕から中学生時代までの京介氏を見ていると、人類のため・親しい人のために奔走する心優しい人間に思える。
人類滅亡のみを目指す魚類となってからの彼を知る身として、彼の幼少期の出来事を分析することはとても重要なことに思えた。

連載第二回では彼の高校時代・浪人時代・大学時代について記述する予定だ。
高校生になり、世界を変えるための活動を始めた彼に何が待ち受けているのか。
高校を終え、浪人生となった彼が日々何を考え暮らしていたのか。
そして大学生となった彼が芸術と出会い、恋を経験しどう変わっていったか。

最後の行まで読んでくれた君だけに、この言葉を贈りたい。
stay 魚類 tuned.


第二回へ続く

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