或る軌道エレベーターの一生

「どんな変なものを食べましたか?」
医者の質問は想像していたよりも直接的だった。普通は「何か変なものを」と聞くのではなかろうか。
「果物を」
「どこで買った?」
「露店の。万星博覧会の」
万星博覧会の「ば」の辺りで医者が「ああ」と溜息を吐き、天を仰ぐ。
私の頭にはケーブルが生えていた。

『宇宙の星から、こんにちは』
全銀河37万ヶ星から集まった産品を展示する万星博覧会が今年は大阪の万博公園で開かれている。パビリオンには「事象の地平線から拾ってきた石」から「カー・ブラックホールの子供」、「時空検閲官の笛」などよくわからないものが並んでいる。私はそこで果物を食べた。

言語も通じないが適当に値切って買ったので、どこの星のどんなものかは知らない。ただ、甘くてめっぽう美味かった。翌日から、炭素が食べたくなった。墨汁を飲み、鉛筆を齧る。ダイヤは流石に買えないので、ホームセンターで備長炭を買った。もちろん食べるために。あ、箸は要りません。

「異食症、だと思います」
医者の歯切れは悪かった。まあここ数日、炭しか食っていない。炭素だ。呼吸も二酸化炭素を吸っているらしい。温暖化防止に貢献だ。少し前なら環境保護団体が大喜びだったに違いない。とっくに問題は解決しているが。私は頭を掻いた。妙に痒い。

翌日鏡を見ると、頭の真ん中に偉く立派な寝癖がある。寝かしつけようと水で濡らすも、ダメ。ワックスを塗っても、ダメ。何だろうと思って触ってみて、確信した。
「これは、炭素だ」

レントゲンにCTにMRIにあとなんか宇宙ガジェットの検査機器を2つほど。全部終わることには昼のけつねうろんがすっかり消化されて腹が減ったので売店で買った鉛筆を食べでいる。
「炭素ですね」
「炭素ですか」
医者は苦汁切った顔をしている。頭から炭素が生えてくるのはきっとあまりないのだろう。

「治りますか?」
「分かりません」
そんなやりとりをしている間に、炭素はどんどん伸び始めた。
「わ!」
医者が驚く。私はお腹が空く。
「なんか、炭素ください」
「炭素!」
とにかく病院の駐車場に行って車のガソリンを飲む。先生、いい車乗ってやがるな?

炭素はニョロニョロと伸びた。伐り倒そうという意見も出たが、それ以外は至って健康。まあ国内にいて何かあったら困るからと、南の無人島へ送られることになった。仕事? 当然リモートワークだ。馬鹿馬鹿しい。南の島で墨をかじりながら私は仕事をしていた。

そして、軌道エレベーターが生えた。


私の寝癖を使って、人類は星の世界へ旅立っていく。月面基地の開発も順調だ。火星への高級基地開発にも、予算が降りた。

日本は信じられない好景気だ。アメリカも中国もEUもイギリスもインドも、私に金を払わないと軌道エレベーターは使えない。そのお金の何割かは、国が持っていくのだ。畜生。

私はぼんやり座ってゲームをする。仕事をする必要はなくなったので、毎日civilization4ばかりを遊んでいる。動くと軌道エレベーターに不具合が出るので、外へもいけない。金を持っているのでモテはしたが、じゃあそのあと発展するかというと発展するはずもなかった。

どんなに愛を叫んだ女も(当然目的は金であるが)、国際宇宙組織の監視の下で、一義に及ぼうという度胸のある奴はなかなかいない。まあそんなわけで私は人類の礎として軌道エレベーターをやっていた。

しかし、うるさい。
どの人種がうるさいとかそういう話ではなく、エレベーターの音がうるさい。焼香するときに発生するありとあらゆる振動が、軌道エレベーターを通じて私の脳髄と脊椎に伝わってくるのだから、堪らない。いよいよ、私は病んできた。

しかし、うるさい。
どの人種がうるさいとかそういう話ではなく、エレベーターの音がうるさい。昇降するときに発生するありとあらゆる振動が、軌道エレベーターを通じて私の脳髄と脊椎に伝わってくるのだから、堪らない。いよいよ、私は病んできた。


『本日未明、稼働エレベーターが自殺しました』
「熊さん、ニュースみたかい? エレベーターの自殺だってよ」
「へぇ、死因は?」
「飛び降り。軌道エレベーターから」
「……そりゃまた、どうやって」
「ポールダンスみたいに自分の体に登って飛んだんだと」

 どっとはらい



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