Kindle unlimtedのおすすめ:『栃木県に侵入した害虫の図鑑』

 この本は文字通り、栃木県に侵入した害虫の図鑑である。こういうのをトートロジーという。小泉進次郎が得意とする文章の構成だ。
 ここでの害虫というは、一般家庭に現れるあいつのような害虫ではなく、農作物に被害を与えるという意味での害虫だ。そのような害虫のうち、「侵入した害虫」という語は、元からそこにいる害虫とは区別される害虫の存在を示唆している。つまり

 侵入害虫とは、本来、自然条件では地域内にいるはずのない昆虫が農作物を加害し、経済的被害をもたらしているものと定義します。

栃木県に侵入した害虫の図鑑,合田健二,22世紀アート,2018,位置No.5 

というのが侵入害虫として、自然条件で地域内にいて然るべき害虫とはまた別のカテゴリーに分類されている害虫の事だ。こうした侵入害虫の多くが外来種であるというのは我々の想像に難くないだろう。
 本書はそんな侵入害虫、栃木県に侵入してきた害虫を記録した物だ。もちろん、ここで扱われているものが栃木に現れた侵入害虫の全てではないだろうが、36種の害虫(虫ではない菌類やウィルス、蜘蛛の仲間などを含む)が紹介されている。この36種の他にも、コラム等で紹介がなされる物を含めれば、それ以上の数が紹介される。コラムでは虫に限らない動植物が、特に帰化植物や、文章に登場した物が紹介される。

 更に言うと、侵入害虫も二種類に分けられる。栃木県にとっての侵入害虫と、日本にとっての侵入害虫だ。つまり、日本にとっては侵入害虫であっても栃木県では確認されていない侵入害虫、というのもまた存在する。大雑把な例だが、九州では確認できるが、栃木県では確認できない本来は熱帯に生息しているであろう侵入害虫のような物だ。本書でも触れられているが、世界規模での気候変動の影響により、こうした例は増えるであろう。
 本書はこうした害虫の、というよりかは虫の生態に焦点が合わされており、写真などと共に紹介されている。こうした一面の紹介のされ方は、「害虫」の解説というよりかは(もちろん害虫である事には違いはないが)昆虫、あるいは生物の生態の解説に近い。被害の状況は時折写真を交えて説明されるし、どのような対処をしたか、あるいは有効かなどといった記録も載っている。これらを通して現れるのは、害虫を含んで存在する自然そのものだ。以前にも紹介した記憶があるが、自然と農業、ひいては農業と商売の関係に興味があのならば、『タネはどうなる?!: 種子法廃止と種苗法適用で Kindle版』や『マクドナルド化する世界経済 闇の支配者と「食糧・水資源戦争」のカラクリ』をお勧めしたい。このどちらも、kindle unlimited登録作品だ。


タイトルや焦点が当たっているのは確かに害虫かも知れないが、そうした害虫を含む「自然のシステム」がいわば裏テーマにある。害虫というカテゴリー自体がそもそも人間の設けた基準であって、虫や菌類は我々が呼吸するのと同じような意識で(我々と同様の意識がある訳ではないだろうが)している行為が、たまたま我々の農作物に加害するだけだ。とはいえ、それだから困るのだが。
 もちろん虫や自然だけではなく、人も登場する。仕事での田畑の見回りを熱心にする人ほど、安くてうまい料理店の情報が蓄積されるだとか、他の部署のやらかしの尻拭いをさせられるだとか、虫マニアのネットワークの存在などがそうだ。特に印象に残ったのは以下のくだり。

 「お父さんはどんな仕事をしているの」と子供や妻に聞かれたとき、あちこちい田んぼに入って虫を取ってきて、何匹いるか数えているの」と答えると「ふーん」と言ったきり次の質問が無かった事を覚えている。おそらくは、県庁に入ったものの、与えられた仕事はまっとうなものではなく、これ以上つっこむと家族関係が悪くなるかもしれないという配慮があったのかもしれない。
栃木県に侵入した害虫の図鑑,合田健二,22世紀アート,2018,位置No.60

 なるほど。虫を相手にする仕事というのは、我々が想像しにくく、あまり目立たない役割なのだろう。しかし、そうした知名度とは対照的に、我々の食という重要な存在を管理する、重要な役回りであるという事がよくわかる一冊だ。

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