沖田総司オタクのbpm『池田屋チェックイン』感想

司馬遼太郎の『燃えよ剣』に狂わされた人間の数は枚挙にいとまがない。わたしもそのうちの一人であり、高校時代の3年間、沖田総司に捧げて生きてきた。だがおなじ『燃えよ剣』をきっかけに新撰組にハマった友人が史実を求めて歴史学に興味を持ったのとは異なり、わたしは新撰組の創作物、に興味を持ったのであった。
池田屋で起こった真実よりも、池田屋事件が後世にどのように人口に膾炙されたのかに興味があったし、沖田総司が本当はヒラメ顔で美形とは言い難かったという事実より、沖田総司がどのように創作物語の中で扱われているのか、その変遷が気になって仕方なかった。
そんなわけで『池田屋チェックイン』をDVDで鑑賞しながら最も注目していたのは、星の数ほどある池田屋事件を題材にした物語の中で、どのような独自性を示してくれるのか、というところであった。
近藤勇、沖田総司、藤堂平助、宮部鼎蔵、吉田稔麿といった池田屋事件お馴染みの登場人物だけでなく、まさかの坂本龍馬や姉の乙女の登場、そして最後まで永倉と言い張る土方歳三などのif要素が加わり、各自の思惑がことごとくすれ違ったり変に噛み合ったりしながら大団円に向かっていくシチュエーションコメディ。手を叩きながら笑って観た。桂小五郎率いる劇団による芝居だったという仕掛けにオリジナリティがあった。坂本龍馬だけが本物の坂本龍馬だというオチも、余韻があって素敵だった。平和とは、誰もが安らかに眠れるということ。そして旅籠屋は客に良い眠りを届ける場所。そんなテーマと舞台設定のリンクも良かったし、だから良い眠りを坂本龍馬にも、という池田屋の主人の粋なこと!彼が一番、かっこよかった!
if要素と鉄板ネタのコラボレーションもこの舞台の見所の一つで、新撰組・幕末ネタを知っていれば、藤堂の額の鉢金が割れるのは自分が床に叩きつけたからだったんかい!とか、額の傷は沖田に斬られたのか…とか、クワガタの名前カシタロウ、はヤバイとか盛り上がれるところもたくさんあって楽しかった(伊藤先生に出会い新撰組を離れてしまった藤堂の末路を知ってるので悲しい)。
特典映像では、新撰組・幕末モノならではのお約束とオリジナリティを観てほしいとのことだったのだが、個人的にはお約束、をわりと守ってくれたバランス感覚に感謝している。大抵、新撰組ものって従来の新撰組像に引き摺られて新鮮みのないキャラ造形になるか、逆に囚われすぎないように頑張ってしまって、幕末ファンを落胆させるかなので…池田屋に踏み入るシーンなんて親の顔より見たと言っても過言ではないのだけれど(過言 かといって、司馬遼太郎の『燃えよ剣』でオタクになった人間にとって、沖田総司が美少年でないと悲しいのも確かである。ワガママ…
新撰組のキャラ造形でいえば、『池田屋チェックイン』でベースになったのは、やはり基本は司馬遼太郎ではないかと思う。これはもう、料理でいえばダシみたいなもん。そこにさらに、個人的には『ピースメーカー』みを強く感じた。坂本龍馬がピースしたから、というわけではなくて…坂本龍馬と沖田総司がなんだか仲良かったり、土方が沖田に対して過保護だったり、という空気感がね…あと永倉がちっさくて原田がワイルドな感じとか…いやそれにしても、沖田総司が顔も身長も態度も純粋無邪気な少年で近藤土方に愛されてて、でも真実、掴みどころのない大人、というのは本当に…最高だった…限りなく好きなタイプの沖田像。しばりょ沖田とピスメ沖田に銀魂沖田を混ぜた感じ。わざと人に嫌われようと、距離を取られようと子どものように駄々を捏ねワガママをいい、しかし近藤と土方はますますそんな沖田を離しはせずに構ってしまう。あの沖田は本当は労咳なのだろう。病気をうつしたくないし、いつか早死にしてしまう自分から離れて欲しくて…でも自分からは離れられないほどに近藤や土方を愛してるから…
政治的な信念のためでなく近藤や土方を信じると決めたから自分はただそれについていく、という在り方は、もうあらゆる物語の中の「沖田総司」のサビでは。ありがとう、沖田のオタクのための約束事を盛りだくさんに入れてくれて…わたしの「好きな沖田総司」ランキング上位に入賞しました。おあとがよろしいようで。

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