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ALSと出会って5年。私がやった事とこれからやる事。

少し長くなるけど、聞いてもらいたくて書く事にした。
【 ALSという病気と出会って5年 】
 

日本に9500人いるALS患者のうち7割の人が呼吸器を装着せず消極的に自死に至る事を「尊厳を守る死」と呼んだりする。「尊厳」というのはマズローの欲求5段階説でいうと上から2段目だ。

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日本はたとえ寝たきりになっても在宅介護ができ、障害者年金などで生きる事の最低限は保障される。だが、不登校時代の私が生きる気力を失いかけたように、医療と安全、衣食住が保証されただけでは人は必ずしも生きる事を選択しないのだ。
OriHimeはALS患者にだけ使われているわけではない。(むしろ、福祉より育児中の方のテレワークツールとしての導入事例の方が多い。)だが、分身ロボットの研究をする上で、ALSをはじめ難病患者とその関係者らには大きな影響を受けてきた。

今月、「サイボーグ時代 」という名の本を書かせていただいたが、孤独の解消を目的とする私がなぜ「サイボーグ時代」を掲げ研究をしているのか、この機会に書かせていただきたい。
 
私が初めてALSと出会ったのは2013年の春の事だ。
5年と書いたが、もうそろそろ6年になる。
福島ボランティア関連で知り合った友人の清水氏が、OriHimeを使わせたい人がいると紹介してくれ、はじめてALSという病気を知った。
突然発症し、意識はそのまま身体が急速に動かなくなっていき、診断されて3年~5年には呼吸困難になって呼吸器を装着しないと死に至る不治の病、それがALS(筋萎縮性側索硬化症)だ。後に2014年のアイスバケツチャレンジや宇宙兄弟や様々なドラマ等で有名になるが、それまで他の多くと同じく知る人ぞ知る知名度のない難病のひとつだったのだ。

(2013年春)
ALSという難病と診断されて4年目のヨーコさんは自宅のベッドで寝たきり状態ではあったが、まだ話はできた。彼女は友人にも自分の姿を見せる事を拒み、車椅子はほぼ使わず、元気だった頃の自分を知る知人とは電話ごしにしか話さない状態だった。(その後、OriHimeの為にメディア取材を受けるようになってくれた。)
まず初日は娘とOriHimeでコンビニに買い物に行き、桜を見に行った。しかしこのときはiPadでの操作で、ヨーコさんは話はできたものの、自分でOriHimeの首を操作する事はできなかった。
それから有志の開発メンバー(現オリィ研究所CTO椎葉、親友で現メルティンMMI CEO粕谷、オリィ研究所インターン第1号の河西)を募り、このメンバーと半年間、毎月ヨーコさんの家で集まってわいわいと開発を進めた。

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明るくきっぱりとしていて気持ちのよい性格のヨーコさん(少なくとも私が知る限り)の周りには沢山の愉快な友人がいて、3人の子どもがいて、身体は動かなくとも豊かな生活にも見えた。ヨーコさんとは友人のような関係になっていたものだから当然私は死んでもらいたくは無かった。しかし徐々に進行していくALSの患者、そして介護の事情や気持ちも解らないその家族に、
「大丈夫です。生きていれば良い事もありますよ!呼吸器をつけて生きてください!」
と、何もしらない第三者がどうして無責任には言えようか。

 
はじめからヨーコさんは呼吸器を付けて延命する気はなかった。
春に花見をしたときには自分で動かせなかったOriHimeを、夏には目の筋電で動かせるようになり、友人のBBQに参加し楽しんでもらった。

日々OriHimeの操作の研究は進んだが、彼女の病気はそれ以上の速度で進行した。
秋、呼吸が困難になり会えなくなり、それを最後に、その半年後に再開した時は教会だった。
 
眠るヨーコさんを囲む友人達や家族に
「オリィさん、ありがとうございました」
と言われたが私は何も返す事ができず、ただ目を閉じたヨーコさんの顔を見続ける事しかできなかった。
  
ヨーコさんがいなくなった後、研究は中断し、有志の研究メンバーも解散した。
ただ、彼女はひとつの繋がりを残してくれた。それがALS患者会との出会いだ。そこでの研究が岡部さん、川口さん、ICT救助隊、伊藤先生、そして藤澤さん達との出会いに繋がった。
ここからは長いので年表的に書く。

2013年秋、岡部さん、藤澤さん達と出会う。
2013年冬、岡部さんの家で初めての視線入力OriHime実験に成功。はじめて、岡部さんが「頷く」動きを取り戻すところから研究は再会した。
(この時代の視線入力センサは数十万円し、まだまだ個人で買えるレベルではなかった。)

2013年冬、「みんなの夢AWARD」にエントリー
そのエントリーをネットで見つけた頚損患者の番田雄太が連絡してくる

2014年春、「みんなの夢AWARD」で、視線入力で歩く二足歩行OriHimeを開発し(インターン島、稲垣らと)、岡部さんが眼だけで操作して日本武道館で8000人の観客に手を振り、優勝を果たす

2014年夏、元メリルリンチ証券会長であり、ALS患者歴10年の藤澤さん宅にて有志の開発メンバーで研究会を立ち上げる。毎月藤澤さんの家を訪問するように。

2014年夏、アイスバケツチャレンジが日本で流行。一気にALSという病気の名前が有名になり始める。我々も藤澤さんが眼で操るOriHimeでアイスバケツをかぶる装置を半日で開発し、成功させた事がニュースになった


2014年秋、古新監督と番田が出会い、映画「あまのがわ」プロジェクトがスタート
2015年夏、番田雄太がオリィ研究所に入社。OriHimeで秘書兼広報に就任。
2015年秋、藤澤さん宅で視線入力システム「OriHime eye」のプロトタイプが完成。特許を申請。
2015年冬、藤澤さんがオリィ研究所にエンジェル出資し、特別顧問に就任
2016年春、「OriHime eye」を初披露。Facebook上の患者会を中心にバズる
2016年春、番田と藤澤さんと「分身ロボットカフェ構想」について語る
2016年夏、視線入力PC「OriHime eye」を製品化。オリィ研究所から発売。PC込みで45万円(税別)

2017年春、「OriHime eye」が免税対象福祉機器になる。
2017年夏、「OriHime eye」が購入補助制度(意志伝達装置)の対象となる。キーボードを打てず、発話ができない患者さんを対象に9割補助で購入できるようになり(患者さんは4.5万円)、利用者が拡大。
また、windows操作を可能に。


2017年、藤澤さん、番田雄太が永眠。
 
  
2013年、ヨーコさんと一緒にメディアの取材を受けたとき、彼女は
「私がオリィ君たちと一緒にやってるのは自分の為にOriHimeを使いたいからじゃない。この研究が誰かの役にたてるなら、私がALSになった価値になる。だから、一緒にやってる。」
「もしこの病気が治ったら、同じような人にマッサージしてあげたい。気持ちがわかるから」
と応えた。

2016年、藤澤さんは
「世界で一番使いやすい意思伝達装置を目指そう」
と20代の若者研究者に出資し、顧問になって励ましてくれた。また、
「ALSで80歳で、若者のベンチャー企業に入れるのが楽しい」
と言ってくださった。

番田雄太は2014年~2017年まで私とOriHimeで常に同行し、様々な講演会やメディアにも出演。
「心が自由なら、どこへでも行き、なんでもできる」
と、訴え続けた。

はじめ、私が2010年にOriHimeを作ったときは「会いたい人に会えて、行きたいところへ行く」ツールに過ぎなかった。
私と同じように不登校や病気で学校に行けない子どもらが学校に通えるようにしたかった。

だが、それだけでは「孤独の解消」には不十分なのだと、ヨーコさん、藤澤さん、番田は教えてくれた。
”生きれる”だけ、”移動できる”だけ、”話せる”だけでは不十分なのだ。
重要な事は「存在・役割」をもつことだ。
 
ここで役割というのは仕事をしなくてはならないとか、働かぬもの食うべからずと言いたいわけではない。
「自分が誰かに必要とされている」と思える事だ。
「存在の伝達・役割の創出」が、現在の私の孤独解消アルゴリズムだ。

だれもが老後、身体が動かしにくくなる。
親しい人に頼りっぱなしで頭を下げてお願いし、社会や周囲に生かしてもらいながら何もしてやれない沈黙と忍耐の毎日を過ごす未来を生き続けたいか。
・・・少なくとも入院から不登校3年半の地獄で生きる事が辛かった私は絶対にNOだ。

日本は長寿の国で、難病でも命を保障してくれる。
他の国ではALSの呼吸器装着率は1割未満だ。その点、日本ではALS当事者の高野元氏の言葉を引用すると「障害年金でベーシックインカムを確保し、医療制度で食事も無料なので(経管栄養は医薬品扱いになる)、自分が生きるだけなら住居費・光熱費・通信費以外お金いらない」
しかし、何かしたいのに何もできない生活が世界に胸を張れる長寿かと言われれば疑問で、実際世界では日本の長寿をよく思わず、尊厳ある死を推奨する国もあるのが現状だ。
 
私がALSをはじめ多くの患者さんと会い続け、目指しているものは強者が弱者を虐げる世界でも、一方的に養う世界でもない。誰もが、自分が必要とする人達に必要とされていると自覚できる、”適材適所社会”だ。

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マズローのピラミッドで言えば、いま国が補償できているのは下2段だ。生命維持装置器を装着し、医療を受けられ、手当を受けれる。そして最低限のコミュニケーションを可能とする意思伝達装置がここ近年でようやく認められた。

私は「OriHime」をただのリモート通話装置にするつもりはないし、「OriHime eye」を意思伝達装置にしておくつもりはない。
身体が動かなくなっても、教育を受けられ、家族や友人と同じ時間を過ごせて思い出を残せて、想いをカタチにできて、誰かの役に立てて、「自分らしく」ある生を作りたい。
自分だから事できる事があると、未来を明るく描けるツールを目指したい
私がつくりたいのは
「意志伝達ツール」ではなく、「意志実現ツール」だ。

OriHime eyeを導入した人が、だれかに「ありがとう」を言えるだけではなく、「ありがとう」と言われる存在になり、仲間達と店で働き、家族や友人らにプレゼントを贈り、自分の身体を自分で介護できる選択肢を作りたい。

 
・・・それが実現したとき、ヨーコさんが呼吸器を付けたかは解らない。藤澤さんや番田が全面肯定してくれるかはわからない。異論もあっただろう。だが、忍耐しか何もない生よりも、生き方の選択肢が増える事を私は肯定する。
それがこの5年の研究の中で私が彼らから受け取り、
今オリィ研究所を運営する理由であり、織田さんのwheelogに関わる理由であり、武藤氏のWITHALSに関わる理由であり、デジタルハリウッドやインターンで学生を育て、手を動かし命を燃やす価値だと思っている。


2017年秋、自己貪食空胞性ミオパチー患者の村田さんが番田の後輩として私の第二秘書に就任
2017年秋、ALS榊さんが眼だけで見事な絵を描き、Twitterを中心にバズる


2018年春、心臓病の13歳TKと出会い最年少インターンに。

2018年春、広島の高校のALSで学校に来れなくなった教頭先生がOriHimeで卒業式に出席。お祝いの言葉を贈る

2018年夏、ALS高野さんがOriHimeで松岡修造さんとテニスに挑戦
2018年夏、人サイズの新型、OriHime-Dを発表
2018年夏、岡部さんの家でOriHime-Dで珈琲を手渡しする実験に成功

2018年秋、OriHimeとOriHime eyeを1年半使いづけるALS榊さんがメッセージを発信
(高速に入力できるようになったOriHime eyeとOriHime、それを使う榊さんの暮らしを見てほしい)

2018年秋、分身ロボットカフェ「DAWN ver.β」実験を盛大に開催。
全国の10名の外出困難者がカフェで店員として接客できる事を実証
ALSの岡部さん、高野さんなど、眼の動きだけで人は仲間達と楽しく働ける事を実証。
継続的なカフェができる可能性を提示した

2019年のこれから

テクノロジーが発達した世界での人生戦略をまとめた
 書籍「サイボーグ時代」上梓(1/22)
https://www.amazon.co.jp/dp/4866630620/ref=cm_sw_r_tw_dp_U_x_bBrGCbCHTKVC6

番田が遺した人と人の出会いと冒険のものがたりが全国上映
 映画「あまのがわ」上映(2/9~)
https://amanogawa-movie.com/

話せなくなるALS患者の”自分の声”を救うサービスを届ける
WITHALS武藤氏との合同プロジェクト開始(5/16~)
https://camp-fire.jp/projects/view/153781


2019年、仲間を増やし、分身ロボットカフェver.β2の実施
2020年、分身ロボットカフェ常設を目指す

 
私が一番言われて辛い事がある。
「半年前に知っていれば・・・」という言葉だ。
17歳の時に「孤独の解消」をテーマとし13年研究を続けてきた。研究開発や製品化の中にももちろん困難はあったが、当事者に知ってもらう事がここまで難しいとは思わなかった。
OriHimeやOriHime eyeを使う患者には、これがあるから呼吸器を付けたと言ってくれた人もいる。もちろんそれでも決心が変わらず亡くなっている患者さんもいるが、「もうあと半年前に知っていれば・・・」と言われる事が何度ある事か。どんな技術や研究やサービスも、知られないのは存在していない事と同じなのだ。
ヨーコさん、藤澤さん、番田、不登校時代の私自身を含め、多くの関わった人が生きて残した価値を、いま戦っている人、次世代に届くようにしたい。
それが私の本心だ。

ALSや難病、様々な事情で生きる希望を見いだせない方が居たら教えてあげてほしい。OriHimeもある。仲間達もいる。OriHime eyeに限らず、Cyin、miyasukuという素晴らしい意思伝達装置もある。呼吸器も医療技術も治療薬もどんどん改良される
人との出会い×技術の力で、未来は必ず明るく変えていける
それが私のいうサイボーグ時代だ

・・・少々長くなってしまったが、ALSという病気を知るヨーコさんと出会ってそろそろ6年になり、「サイボーグ時代」と映画「あまのがわ」が出る前に書いておきたかった事を書かせていただいた。
新書籍「サイボーグ時代」も、入稿ぎりぎりまで加筆を続けていたが書き終わってから時間が立ち、その後にも色々なデータが得られた。
残りはまたどこかで書こうと思う

 
出会いによって人は作られる。
どんなにテクノロジーが発達しても、人生に絶望したとき、それを回復させてくれるのは人なのだ。
「孤独を解消」する日まで、私の研究人生は続く

私と出会った多くの者達へ
今年も皆で生き抜こう
 

吉藤オリィ

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元不登校のロボット研究者.分身ロボット「OriHime」,「NIN_NIN」,視線入力PC「OriHime eye」,車椅子向けアプリ「wheelog」視線入力車椅子, 分身ロボットカフェ など開発. 新書籍「サイボーグ時代」発売中.

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コメント4件

素晴らしい取り組みですね。今後の発展にも期待します。ユーザーの意思実現にスポーツも含まれるのならば、私もスポーツロボットの開発を通じて協力したいです。
ありがとうございます。この記事自体がヨーコさんから読んだ人への心の贈り物ですね。
私は難病指定ではありませんが、持病が日々少しずつ進行して生活にも影響が出ている者です。
役割を持つこと、存在する意義を感じること。今の自分は『いつそれを喪失するか』に怯えながら生きています。
まだ自分で色々行えていますが、ゆっくり精神の死に向かっていっているように思えて絶望する時もあります。
でもオリィさん達のような方々や技術が私達のような患者に寄り添ってくれることはとても嬉しく感じます。
大変な困難や苦労もあると思いますが、どうぞこれからもご自分の体も労りつつ頑張ってください!
私の母親もALS患者です。ものすごく気持ちがわかります。でも、私は幸せです!とってもとっても幸せです!一緒に頑張りましょう!!
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