この日のことは今でも鮮明に

3年が経った。あっという間だったけど、3年も経ったのだ。

3年前のFacebookの投稿。
ほんとはこの10ヶ月後ぐらいに、出産の報告とともにシェアしようと思って書いたものでした。

検査薬を使って陽性。病院でもちゃんと確認してもらって、ちっちゃな心臓が一生懸命動いているのをこの目に映した瞬間を、わたしはずっと忘れない。

結婚して4年が過ぎて、5年目に突入しました。
いろいろ大変だった時期もあったんだけど、今でも夫のことは大好きだし、好いていてくれてるだろうって自負もある。夫の家族にも良くしてもらっていて、とても幸せです。

ただ、世間の目は不思議で。

結婚して4年経つって言うと、こどもはいるの?こどもはまだなの?って。なんの悪気もなく聞いてくる。

ほんとに悪気はないんだよね、わかってる。でも、一時期とてもつらかったしかなしかったし情けなかった。初期の流産はよくあることで、わたしに責任はないんだって思い込もうとしたけどだめで、自分を責めることでしか保てなかったよ。

3年経って、吹っ切れたのかって言われるとそうじゃない。そんな簡単なものじゃない。

わたしのなかに確実に、もうひとつの命はあったのだから。

忘れるつもりもないし、吹っ切れるつもりもない。でも、いつまでも嘆いていてもコトは変わらないし、いつまでも羨んでいても前に進めない。このことは、わたしのたった二十数年の人生で起きたひとつの事実として、大事に大事にしていくだけ。

比べ始めたらきりはなくて。
もっと大変な思いをされている人もいるんだと思う。(何をもって大変か、はなんとも定義できないけれど)
だから、比べるんじゃなくて、わたしの身に起きたことはわたしが大事にしていけばいい。

それでもこうやってnoteに書くのは、だれかに、どこかに、なんか響いたらいいな、伝わったらいいな、って。心のどこかで思ってるからかもしれないね。ずるいかな。笑

わたしは流産を二度経験しています。3年前の半年後ぐらいに、またちっちゃな心臓を愛しく見つめて、今度こそはって思ってたけど、やっぱりその子をこの手で抱くことは叶わなかった。

それから少しの間、仕事も忙しかったりで出産のことをしばらく考えないようにしていたけれど、今はまた、近いうちに我が子に出会えるようにと、少しずつ努力をはじめました。(妊娠、出産はほんとに奇跡のようなことで、努力、をしなければならないのです)

わたしももう30歳へのカウントダウンが始まっていて、それに伴う(20代のうちに母になりたい!みたいな)焦りは不思議とないんだけど、周囲の妊娠や出産も増えてくる年齢になっているのは事実で、その報告を受けるたびに涙が溢れます。
やっぱり、こんなポンコツな身体な自分をどこかで悔しいな情けないなって思ってるんだ。そのあとすぐに、そうやって思ってしまった自分を責めるんだ。そしてちゃんと、おめでとうって心から思えるんだ。

ちょっとせわしないけど、大丈夫。

まとまりのない、ただのわたしの思うままに書いたnoteだけど、最後まで読んでくれたひとがいたのなら、ありがとうございます。きっと最後まで読んでくれるようなひとは、もうすでにわたしのことを暖かく見守ってくれてると思うのですが笑、引き続きそんな感じで適度な距離感でそこにいてくれたらうれしいです。

(定期的にこの話はしてるので、同じような内容のnoteもあったかもしれないけど、今の気持ちってことでこのまま公開。)

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