『大地の子』を、今読む

 修士論文に関係のない本ほど読んでいて楽しいですね。就活も流れが止まってしまったし、本を読んで少し研究を進めるくらいしかやることがありません。困った。

というわけで、『大地の子』の第1巻を読み終えました。
(この記事を書き上げた今は、実は第3巻の中ほどまできました)

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                     (画像はAmazonより引用)

読んだことがありますか?

 日本人の両親から生まれ、旧満州でのソ連による虐殺から、命からがら逃げ出し、中国人の夫婦の養子となった残留孤児である陸一心の半生を描いた、事実に基づくフィクションだそうです。

 一心は日本人の子であるがゆえに幼いころから飢えやいじめに苦しんできました。しかし慎ましくも温かい養父母との生活で、だんだん中国人としての自覚が芽生え、社会にもなじんでいきます。しかしある日、その生活が一変してしまいます。スパイの容疑をかけられ、突然5年半にわたる囚人生活が始まってしまうのです。その中であまりにも理不尽な追加の懲役を言い渡されたり、濡れ衣を着せられて囚人として最も下等な糞尿汲みの仕事に従事させられたりします。尊厳のその字もないような生活の中で出会った看護師・江月梅の計らいにより冤罪を雪ぐ契機を得ます――だいたい第1巻はこんな感じでした。

 今の日本ではおおよそ想像ができないような惨い描写が続くので、メンタルに元気のない状態で読むのはやめたほうがよさそう。とにかく人が、「天寿を全う」なんてのとは程遠い最期を迎えまくります。著者の山崎豊子さんも、数ある彼女の小説の中で「これだけは命を懸けて書いてまいりました」と語っているほど、腐乱した死体の手触り、臭いまでもが伝わってくるかのような文が編まれています。だから、今元気のない方は読まないでください、本当に…。

 まだ1巻しか読んでいないですが(この記事を書き始めた当時は、です笑)、人の尊厳っていうのは一体なんなんだろうか…と考えさせられます。一心に着せられた罪は、どれもこれも理不尽極まりない言いがかりとしか思えないものばかりです。一心が罪を否定したときでさえも、一心の言い分をびっくりするくらい曲解(ネットの世界にもそうそういないような解釈なんです、本当に)し、結局彼をねじ伏せてしまう場面が何度も出てきました。今の私の生活の中には起こりえないことばかりです。言ったことを言葉通り受け取ってもらう、お互いの意志疎通が滞りなくできる(これはお互いの言葉を理解できることと同義ではありません、一心と当局の監視官はお互いの中国語の意味が理解できていても、その言葉に乗せられた意志を正しく理解できていないのですから)こと、目の前の人と対話や議論、喧嘩さえもが成立することって、人の尊厳のひとつなのかも、と考えさせられました。

 今は、一人一人が程度の差こそあれ、混乱と不安の真っただ中にいると思います。各国の政府が、地方自治体が、教育機関が、民間企業が、それぞれ当面のあいだの処置を施しながら、同時に「ポストコロナ」について考えています。トップが最初に打ち出す方針が100点満点であることはおそらくないし、またすべての人を完全に幸せにできる方策も存在しないなかで、インターネット上の声やさまざまな現場の声がトップに届き、少しずつ方向性が修正されていくのを目の当たりにしている方も多いのではないでしょうか。直接的でないにせよ、各集団のトップと集団に属するメンバーとの間で議論的なものが成立していると私は感じています。

 だから、『大地の子』の中で起こる出来事の数々が、あまりにも現実離れしているように感じてしまうのです。いまは第3巻の中盤に差し掛かっていて、陸一心と実の父とが、知らぬ間に製鉄所建設のプロジェクトに一緒に携わり、それぞれが会社や国家のメンツをかけて青い火花を散らしているところです。互いに実の親子同士である、ということを知らずに。
 この場面は「文革後」という設定なので、第1巻のような理解の範疇を超えるような描写はだいぶ少なくなりましたが、それでも中国という「近くて遠い」存在を理解する端緒になっていると感じます。

(高校生の時に勉強の仕方がわからなくて世界史から逃げた悔しさや知識不足を、ゆっくり克服したい…という気持ちもあっての選書です…)

 第1巻から第4巻まで、それぞれ十数章からなり、1章あたり30分~1時間くらいで読めるので、また忙しない日常が戻ってからでも、あるいは今からでも読みやすい本だと思います!
心がある程度は元気な方(←第1巻はとくに)
・WW2以降の日中関係などについて考えるきっかけがほしい方
ふたつのアイデンティティの間で悩み、揺れ動いている方(←たぶん。現代とは悩みの文脈が違いすぎるかも)
日中間のビジネスに携わっている方(←たぶん??)
におすすめしたい小説だと思います。

 ドラマバージョンもあるみたいなので、小説を読み終わってから観てみようと思います。今夜は3巻をガーっと読み通したいな!

では。

P.S. 『大地の子』、10年以上前に他界した祖母が好んで読んでいた本だそうで、「実家に全巻あるのに」と母から連絡を受けました(笑)御多分に漏れず、わたしもバイトのシフトをごっそり失った学生の一人なので、慎ましやかに生活しようと思い、BOOK・OFFで440円で入手してしまいましたが。昭和13年生まれの祖母がこれをどんな気持ちで読んでいたんだろうか、とか、思いを馳せつつ、です。小学5年の春に祖母が急逝してしまったので、殆ど戦争体験などについて話すことは叶いませんでしたが、今偶然にも祖母の愛読書に出会ったということを伝えられたらいいのにな~、としみじみしてしまいました…。

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