◆読書日記.《『国境のエミーリャ』1~2巻》
※本稿は某SNSに2020年8月23日に投稿したものを加筆修正のうえで掲載しています。
監修協力/津久田重吾・漫画/池田邦彦『国境のエミーリャ』1~2巻読みました!
『ゲッサン』で連載中の架空歴史活劇! もしWWⅡで日本が戦後ドイツのようにそれぞれソ連とアメリカによって東西真っ二つに分割統治されていたら?という歴史のIFによる架空の日本を舞台に「脱出請負人」の少女の活躍を描いた作品です!
<あらすじ>
舞台は1962年。WWⅡ後にソ連に占領され、その後独立を果たした共産国「日本人民共和国」の東トウキョウ。
独立国とは言え、行政機関の要職の多くはロシア人で占められ、公用語もロシア語が使われているソ連の事実上の衛星国。
ベルリンの壁のように東京のど真ん中には東西を分ける「トウキョウの壁」が聳える!
旧・上野駅は「十月革命駅」と改名され、駅前の西郷像は撤去されてレーニン像が立っている。
十月革命駅構内にある人民食堂の給仕係の日本人女性・杉浦エミーリャ・19歳は「裏の顔」を持っていた。
「脱出請負人」として、アメリカに統治された西側国「日本国」への亡命を希望する人間を脱東させていた。……というお話。
<感想>
これはなかなか巧妙な設定でちょっと意表をつかれた。ありそうでなかった設定ではなかろうか。
日本がかつての西ドイツ/東ドイツのように分割統治されていたら?そして上野周辺の住民は共産国の人間として生きていかねばならなかったときは?という架空の日本を舞台にし、あの「冷戦構造」がわれわれ日本人に身近な環境に置き換えられて可視化される。
ここに描かれているのは他国の従属国になり、ソ連の共産主義文化と日本文化が融合している架空の日本。
外食産業は発展しておらず、安いがすぐに配給が切れる「人民食堂」はいつも混雑している。かつての日本食を提供する「国営食堂」や高級レストランは庶民の手には出ず、党の要職が主な客層となっている。
資本主義国の文化は否定され、野球のようなアメリカをイメージさせるスポーツも禁止。後楽園球場は廃墟と化している。
壁のすぐ向うには西側諸国の「日本国」があるこの緊張感。
架空ではあるものの日本を舞台にしているので、冷戦時の東西対立の構図が上野や浅草で展開されている事の異様さが身に迫るようだ。
西がいいのか?東がいいのか?
人々は否応なく政治に関心を示さずにはいられない。
「西側だったら人から称賛される人生だったかもしれないのに」「西側には家族がいるのに」……と、冷戦時のドイツの東西に渡って展開されていた人々のドラマがそのまま日本で展開される。これは日本を舞台にした冷戦アレゴリだ。
本作は1話完結の形式で展開する。
脱出請負人のエミーリャは依頼人から相談を受け、依頼人を「日本国」の側に脱出させる手引きをする。
「トウキョウの壁」で分断されている国境近辺は、カラシニコフで武装した兵士が常に巡回し、壁を越えようとした者は容赦なく射殺される。
また、「日本人民共和国」国内には「民警(ミリツィア)」が脱出支援組織の摘発のために目を光らせている。
エミーリャは、そんな軍や警察の眼を盗んで意表を突くようなルートで依頼人を脱東させる。
この物語の面白さの一つは、この「意表を突いた脱出トリック」のアイデアの面白さという所にもある。
本作の見どころはこのように、東西冷戦を日本を舞台に寓意化したそのテーマ性、60年代日本文化と共産主義文化との融合という珍しい時代考証の面白さ、そして東京近辺の地理や文化を上手く利用した意表を突く脱出トリックのアイデアの面白さ、等がある。
架空の日本を舞台にした「知的アクション」として、今後も期待できる作品である。
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