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◆読書日記.《ジム・ロジャーズ『日本への警告 米中朝鮮半島の激変から人とお金の動きを見抜く』》

※本稿は某SNSに2020年6月5日に投稿したものを加筆修正のうえで掲載しています。


 ジム・ロジャーズ『日本への警告 米中朝鮮半島の激変から人とお金の動きを見抜く』読了。

ジム・ロジャース『日本への警告 米中朝鮮半島の激変から人とお金の動きを見抜く』

 本書は世界的な投資家であるジム・ロジャーズの現在の日本に対する見方と、彼の考え方についてまとめた一冊。

 ジム・ロジャーズと言えば米国でジョージ・ソロスと一緒にクォンタム・ファンドを設立し、10年間で4200%の驚異的なリターンをたたき出した投資家としても有名な存在だ。

 帯や売り文句に「私が日本に住む10歳の子供であれば、一刻も早く日本を飛び出すことを考えるだろう」とか、「私は日本株を全て手放した」など日本に対して非常に厳しく過激な主張をしているようにも見えるのだが、本書でその主張の中身を確認した所、至極まっとう過ぎてもはや「平凡」とさえ思えてしまうものだった。

 ぼくの本書に対する興味は「日本の行く末」などよりも、この世界的な投資家の思考傾向だったり、投資家としての「先読み」の考え方のクセなどにあった。

 ロジャーズの思考の元となっているのはどうもイェール大、オックスフォード大で学んだ歴史学が下地にあるようで、本書では何度も「歴史は繰り返す」と述べている。

 この歴史学的な教養の上にウォール街での金融の経験が乗っかっている。

 そして、この人は若いころから世界一周旅行をして世界中の国々の様子や雰囲気を探り、時にはバイクで中国やロシアなどを回って地元の人間や町中の様子を見回っていて、どうもこれがこの人の思想に大きな影響を与えているらしいと分かった。

◆◆◆

 この人は実に地道な考え方を持っている。
 特に投資など巨額が絡む物事について、人は「何かコツがあるのでは?」とか「ある種の成功法則があるのでは?」と考えがちになるが、ロジャーズはそういう簡単な答えを否定する。

「ビジネススクールで教授をしていた頃、学生は決まって簡単な答えを欲しがった。学生たちは私に『答えは26ページにある』と言ってほしかったようだが、現実そのような簡単なものではない」と、本書の中で明確にそのような、最近流行りの"コスパの良い考え方/コスパの良い攻略法"を否定しいる。この人は、徹底的なリサーチを厭わないのである。

 周囲の人が持っている常識的な見方に簡単に従わない、情報は疑う、情熱を傾けられる仕事を選ぶべき、自分の能力を過信するな――等々、こういった「成功者の成功法則」みたいな本には必ず載っていそうな考え方というのをジム・ロジャーズも持っていて、何一つ意表をつかれるような奇抜な方法や考え方は持っていない。

 こういった法則は、どの「成功者の成功法則」みたいな本にも載っていて、そう言った本は多くのビジネスマンに読まれているはずなのに、日本の社会はそういったイノベーティブなビジネスマンはあまり多くは現れていないように思われる。
 恐らく、そういう成功者の法則というのは「そうは言ってもねえ」と思う人間が多いのだろう。

 彼ら成功者と、平凡なビジネスマンとの違いというのは、そういう人と違う事にチャレンジするための「勇気」と「自信」が持てないために、しり込みするかしないか、の差というのがあるのだろと思うのだ。

 本書の後半部は、以上のようにジム・ロジャーズが今までの人生でどのような考え方を持って投資活動を行ってきたのか、その成功法則と投資術を語る事で読者へ「個人としての成功を掴む方法」へのヒントを与える内容となっているが、前半部は日本の現状認識と、日本の「国として成功を掴む方法」を提言する内容となっている。

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 本書の書き方はある程度マイルドになっているが、ジム・ロジャーズという人は以前からアベノミクスに痛烈な批判をしてきた人だ。

 具体的にどういう批判をしているのか、という所もぼくの興味ある部分だったのだが、この点に関してはまっとうすぎて過激な発言などほとんどなく、あまりに当然の指摘ばかりだった。

「日本の今後を考えたときには暗澹たる気持ちにならざるを得ない」と言う世界的投資家によるアベノミクスへの指摘はまず「第一の矢である金融緩和は、日本の株価を押し上げるとともに、通貨の価値を円安に誘導した。このことによる日本企業が息を吹き返したように語られているが、こうした通貨切り下げ策が中長期的に一国の経済を成長させたことは一度としてない」と、やはり彼お得意の金融史と歴史学的な知見でもって否定している。

 第一の矢によって「アベノミクスの恩恵を受けたのは一部のトレーダーや大企業だけだ」とも指摘する。
 この指摘は、安倍晋三がそういった一部の投資家や大企業と言った自民党支持層のみに向けてのみ経済政策を打ち出して、他をほぼ無視しているという国内的な見方とも一致する。

 また「アベノミクスの第二の矢、つまり財政出動もひどいものだった。これは私には『日本を破壊します』という宣言にしか聞こえなかった。先進国で最悪レベルの財政赤字を抱え、国の借金が増え続ける中で、さらに無駄な公共事業に公費を費やそうというのは正気の沙汰とは思えない」とまで痛烈に批判している。

 だが、こんな指摘は国内で現政権の政治姿勢を見ていれば当然すぎて、あくびが出るほど平凡な意見にすぎないのではないだろうか。

「安倍首相は素晴らしい人物には違いないと思うが、してきたことは、ほぼすべてが間違いだ。安倍首相が借金に目をつぶっているのは、最終的に借金を返さなくてはならない局面になったときには、自分がこの世にはいないからなのだろう。自分や、自らの体勢を維持することが彼の行動原理であり、そのツケを払うのは日本の若者だ」

 これが即ちジム・ロジャーズの「私が日本に住む10歳の子供であれば、一刻も早く日本を飛び出すことを考えるだろう」という主張の真意なのだ。

 安倍晋三は既に海外の投資家にさえ「自らの体制を維持することが彼の行動原理」だと見抜かれているのである。

「30年後、日本では今より多くの犯罪が起きているだろう。現代の日本人が将来世代に回してきたツケを払う段階になれば、国民全体が不満を覚え社会不安が募るものだ」

「50年後には、日本政府に対する反乱が国内で起きている可能性さえある。社会不安は、犯罪や暴動、革命と言った形で明らかになる。「日本人は違う」「暴動など起きない」と言いたいかもしれないが、これは歴史上、どこの国でも起きてきた社会現象なのだ」と、ロジャーズは日本の将来を予測する。

 ジム・ロジャーズの考え方に政治性や過激思想などはほとんど感じられない。
 国家機関との癒着があるわけでもなく、現在彼はアメリカを離れてシンガポールに移住しているほどだ。
 何より、思想に偏りがあれば冷静な市場観察などできはしないだろう。彼の考え方は飛躍がないだけに「地味」でさえあるほどだ。

 日本の抱える問題はあらゆる分野に発生しているが、ジム・ロジャーズとしては日本の問題を差し当って「国の借金が膨れ上がっている長期債務の状況で、超少子高齢化による人口減少が加速している」という点に注目しているようである。

「日本経済を破壊するアベノミクスが続き、人口減少の問題を解決しない限り、この判断を変える事はないだろう」というのがロジャーズがまとめる「日本が抱えている課題」である。

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 こういった日本に対する厳しい見方を踏まえて、日本は今後どのようにすればこれらの課題を克服できるかについての提言を行っている。

 日本政府は女性の社会進出を応援しているとは言っているものの、社会全体が未だに女性の子育てを応援する雰囲気の醸成や託児所の整備、男性の育児参加を推進する体制になっていない。
 ロジャースも「日本では優れた制度を用意するだけでは、人々の行動を変える事は難しいという事だ」と指摘している。
「この状況を放置していれば、日本の女性は育児とキャリアの二者択一を迫られ続けることになる」というロジャーズの意見は当を得ていると考える。

 こういう状況で少子化問題が今後いつか解決するだろうなどと考えるのは、あまりに甘いとしか言いようがない。そこでロジャーズが提案するのが「移民の受け入れ」だ。

 今世紀中には日本の人口は今の半分――6000万人程度になると予想されている。
 その上で超高齢化社会となれば、老人の介護によって社会は多大な人的リソースの負荷がかかる。全く人出が足りないというわけだ。
 だからこそ移民を受け入れる事が重要で、そのためには日本人の外国人に対する差別意識をなくさねばならない。

 しかし――これは現状、どうであろうか。

 政府自ら国家間の対立を深めるような発言を行い、入国管理局が長期拘束している外国人に非人道的な扱いを行い、ネット上でレイシストらが発言力を強め、特定技能外国人の受け入れはまるで奴隷労働のような低賃金労働を行わせているという、この国内状況を踏まえて、どうなのか。

 ロジャーズは「日本に明るい兆しがない訳ではない」として説明している「特定技能外国人の受け入れ」においてさえ、単なる低賃金労働者としてしか外国人を扱わない企業が出てきているのである。

 本書ではその他、日本人は海外や外国人に対してもっとオープンになるべきで、そうしなければ衰退は免れないと指摘している。

 が、恐らく現政権が続く限り、この外国人に対する差別意識が悪化する事はあれど、改善する事などは望むべくもないだろう。

 また、その他ロジャーズは「マニュアル化をやめろ」や「日本人の品質主義を手放すべきではない」「農業の可能性に目を向けろ」と、これまた至極まっとうな提言を挙げている。

 だが、これらの提言が重たく感じてしまうのは、現政権がこれら「日本の課題克服プラン」に、ことごとく逆行する政策に邁進しているという所であろう。

 様々な人が指摘している通り、日本の衰退を止めるにはまず何よりも第一にやらなければならないのは、このまま無能をトップに置かず、今すぐ退陣させる事なのだろう。

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 こういった痛烈な批判や指摘が多いので、本書の前半部分は非常に重々しい読感なのだが、後半はこういう考えを持ったジム・ロジャーズが自分なりの成功法則を解説する。

 本書の前半で悲観的になった読者は是非、後半の著者の様々な「成功へのヒント」を読んでおいた方がよいだろう。

 第四章の「家族とお金を守るために私が学んだ九つの成功法則」には「情熱を無視するな」という力強いメッセージが書かれている。

「成功するためにまず大事にすべきことを聞かれれば、私は『自分の一番好きなことをすること』と答えている」というメッセージから始まる一文に勇気づけられる人も多いだろう。

「お金持ちになるために最も大切な資質は情熱だ。これさえあれば、何歳になっても必ず突破口は見つかる。どんなことであっても情熱を失わずに続ければ、やがて多くの利益を得る事ができるだろう」

 これはぼくも全く同感だ。

 続く「お金のことは気にするな」の項目では「人びとが情熱を持てない仕事を続ける大きな原因は『好きな事ばかりしていては、お金にならない』という思い込みにある。しかし、あなたが好きな仕事を選び、きちんと仕事ができるのであれば、やがてお金は手元に入って来る事を私が保証する」と主張する。

「あなたが適切な場所にいるならば、お金は必ずあなたを見つけるだろう」――こういった言葉は成功者の経験知でしかなく、科学的に証明された知見ではないかもしれない。だが、少なくとも硬直した状況を打開するきっかけとなるだけの動因となるのではなかろうか。

「もし、あなたがお金を稼いでいるのに、幸福を感じられていないのであれば、何かを間違えている」とロジャーズは言う。

 論理的な言説ではなくとも、こういった年長の成功者の言葉には、人を動かす力がある。
 ぼく的には本書は情報的な面は真っ当すぎて聊か退屈であったものの、この人の力強い言葉にある種の勇気をもらえるという点で、一読の価値ある内容だと思えた。


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