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ヴィンツェンツォが出来上がるまでの一考察~18

粗末なフードバンクのカラカラと鳴るガラスの引き戸のこちら側と、あちら側から、それぞれ狭い道路の反対側にある路地の入口が見えていた。

アニタはトラックが到着するまでの間、こちら側とあちら側を往復しながら、そこにいる黒いスーツを着た男たちを観察した。同じ黒スーツでも身なりの良さを感じさせるし、さりげなく立っている様子も落ち着いて、チンピラのようには見えない。それでも、黒いスーツの男たちが不気味なのは変わらなかった。

携帯を取り出して、ドメニコ兄にショートメッセージを送った。

「兄さん、今日はフードバンクに来てほしいのだけど、来れるかしら?」

古びたトラックがたくさんのCo2を排気しながらフードバンクの前に横付けされる。ヴィンチェンツォがバックパックから腕をはずしながら止まりきらないトラックにとりついて、荷下ろしの準備をはじめる。ああなんて軽い足取りなんだろう、なんて身軽なんだろう、そう思ってちょっと目が離せなくなる。視線に気づいたヴィンチェンツォがチャオと言いながらかわいらしいリスのような微笑みをこちらに向けて軽く手を振った。まだ動いているトラックの荷台によじ登るなんて、危なくないかしら?

アニタは軽快なヴィンチェンツォの身のこなしに目を見張りながら、それでも路地の近くにいる男たちに目を配った。

あの人たちは、誰なのかしら・・・?

 

フードバンクの入り口で朝の陽ざしを浴びながら、アニタが手を振った。白いセーターの首元にグリーンのスカーフを巻いて、ちょっと大人びて見える。

俺はちょっと格好をつけようと、まだ動いているトラックの荷台にひょいとよじ登った。もう一度入口を見る、よし、今の見ていてくれたようだ。

いつもの日曜の朝がはじまった。

荷下ろしを終えて、荷物の選別をしていると、マリアさんが手縫いの袋を持って現れる。

「ヴィンチェンツォ今日もハンサムね」

小柄で背の曲がったマリアさんの高さに合わせて腰を屈めて頬を寄せ合うビジュをする。

頬に軽く手を添えられる。「あの人たちは、あなたのお友達かしら?」

マリアさんは路地のほうに目をやった。

黒い仕立ての良いスーツの男が二人。

叔父の顔が浮かんだ、きっと叔父がよこすといっていた護衛の連中だ、あとで挨拶をしておかないと。

「さあ?僕の知り合いではないですよマリアさん」

マリアさんは眉根を寄せてヴィンチェンツォを見上げた。あまり納得していないようだった。

 

荷下ろしをして荷捌きをすると、あっという間に午前の作業が終わる。フードバンクのキッチンでは食事の準備が粛々と進んでおり、美味しそうなトマトソースの匂いですきっ腹がグゥと鳴った。アニタは2階の事務所にいるようだ。今のうちに・・・。

1人の男は手を差し伸べてきたので、握手をした。ブルーの深い色の目が射るようにヴィンチェンツォを見る。「君も自分でも身辺には気を付けるんだな」少し上から目線で言われた。もう1人の男は握手をしないかわりに、満面の笑顔になって言った「こりゃまた、かわいこちゃんだな、女の子みたいだな」若いアジア系が言われがちの一言で癪に障ったけど顔に出さすに言った「お世話になります」。

叔父の説明では、二人とも叔父の直属の配下にいて、普段銃は携行していないそうだった、スーツの胸元が膨らんでいないか、目が行ってしまう。

笑顔の男が「持っちゃいないさ、ほら」ジャケットの内側をヒラリと見せてくれた。

きっと銃を携行しないでも護衛になるということは、他の技術に長けているのだろうな。

最近サボりがちな道場に行って、自分も格闘技の技術を整えておかないといけない。

身を翻したところで、丁度フードバンクの食事サービスが開始されたところだった。薄暗い色合いの列の中にぴょこんと頭が飛び出すようにタキがいた。こちらの様子を伺っているようだった。タキのそばに言ってささやく「タキ、彼らは俺の知り合いだから安心して大丈夫だよ」

怪訝そうな表情を浮かべながらもタキは頷いた。

叔父さん、この過剰な感じの警護は必要なのかな・・・?

 

兄さんは、昼ご飯の炊き出しが終わる頃にようやく事務所に顔を出した。

大きな手で顔をごしごしとこすってから、いつもの事務机に腰掛けた。

「ドン兄さん、来てくれたのね」

「あ・・・うん。そうだな。お前に来いって言われたからな。今日は人数が多くて賑わっているようじゃないか」

「年末が近づいてくるといつもそうよ。クリスマスを一緒に祝う家族もいない気の毒な人たち・・・。」

「クリスマスツリーは来週から?」

ミラノ市の福祉課を経由して、大きなお金が振り込まれたのは先週のことだ。

おまけにクリスマス用の物資を搬入してくれるという。

「そう、この後、ツリーが搬入されるから、そしたら飾りつけよ」

「それは、俺の出番だな」ドン兄さんは大きな笑顔で笑った。

 

はたして、ほとんどの浮浪者が食事を終えた頃に、ツリーの木がトラックの荷台に乗って届けられた。見るからにフードバンクの1階の高い天井に触れんがごときの、大木だった。

食事の提供が終わるとボランティアの多くは帰宅してしまう。残っているのは厨房の跡片付けをするおばさんたちと、数人の事務員と、ヴィンチェンツォだ。あと、兄さん。

「アニタ!」

厨房の大きな鍋の跡片付けを手伝っていたヴィンチェンツォが、大きな声で呼んだ。

「手伝うから、待っていて」

朝物資を届けてくるトラックよりも大きなトラックがフードバンクの横に横付けされていた。ドン兄さんも2階の事務所から降りてくる。

「こりゃ、でっかいな。」

高さのわりに根本の木の太さがあり、立派な頑丈そうな陶器の鉢も一緒だった。

「そっと降ろさないと、鉢が割れてしまうな」

兄さんは、赤いエプロンをはずしたヴィンチェンツォと事務員が1人来るのを待って、ツリーを降ろしはじめた。

あいにくトラックを運転してきたのは、針金のように細い男一人だった。

「荷下ろしは俺の業務じゃないんでね」

市の行政機関がやりそうな手配だ。

ツリーが留めてあったロープをはずし、3人の男たちで降ろそうとする。

「そっちだ、ヴィンチェンツォもう少しその鉢をかついでくれ」

重そうだ、なかなかびくともしない。

こんな小さなフードバンクなのに、場違いに大きなクリスマスツリー、こんなものより物資を送ってくれたほうがいいのに・・・。奮闘する3人の男性を観ながらアニタはふとそう思った。

「わたしが荷台にのって、木の先端を持ち上げたほうがいい?ねえ、手伝うわ」

片付いた厨房からおばさん達がぞろぞろと出てきて見物人に加わった。

「それっ!」兄さんが声を張り上げる。

太い木の幹と立派な四角い陶器の鉢がどうしても動かない。「えいっ」ヴィンチェンツォも鼻息を荒げて持ち上げようとするが、びくともしない。

アニタは忘れていた背景にいる、つまり路地横に立っている黒い人影が動くのを見た。

印象的な青い目に黒髪の男が近づいてきて、ヴィンチェンツォの肩をそっと叩く。

ああ、やっぱり。「知り合いなんだ」という言葉を胸の奥底に飲み込む。

男は上着を脱いでもう1人の男にあずけると、一緒にクリスマスツリーにとりついた。

ドン兄さんが言う。

「いち、2の3で降ろすぞ。そっとだ。足元に気を付けるんだ。1,2の」

3と言う声とトンと言う音が一緒に響く。

「やった」

ヴィンチェンツォが嬉しそうに笑った、青い目の男と手のひらを打ち合う。ドン兄さんも一緒にその輪の中に入っていた。クリスマスツリーは無事荷下ろしされた、あとは引き摺ってフードバンク内に入れれば問題ないだろう。

アニタは、男の背中をお疲れ様というように軽く叩くヴィンチェンツォの笑顔にくぎ付けになった。そう、知り合いなんだわ、あの黒服と。ああでも、なんて魅力的なのだろう、彼の笑顔は。

 

場違いなほど立派なツリーで飾り付けたフードバンクを後にしながら、久しぶりにドン兄さんと一緒に歩いていた、曰く家まで送ると言う。

「大丈夫よ、1人で帰れるわ」

「いや、送るよ。お前のナイトも今日はいないようだしな。」

「誰がですって?」

ヴィンチェンツォはクリスマスデコレーションの途中で、用事があると先に帰ってしまっていた。用事があるから先に帰るって、私には直接言わずに消えるように。そういえば、どうしたんだろう?あの黒服の男たちも姿が消えていたが、気になる。

フードバンクからアニタのアパートは歩いて10分程だった。

家の前に着いたら兄はらしからぬ様子でアニタに向き合った。

「ありがとう、ドン兄さん、家にはあがらないわよね、私掃除してないから・・・」

「アニタ」

ドン兄さんが左手首を掴んだので、飛び上がるほど驚いた。

「どうしたの?」

兄さんに両肩を掴まれてハグをされる。「兄さん?」

もう一度両肩を掴まれた。無精ひげのある顔を屈めて目を覗き込まれた。

「アニタ、お前、あいつは、やめておけ」

「誰のこと?」

「ヴィンチェンツォだ」

どういう事?でも、その事ズバリを言われてあっという間に頬が赤くなった。

「私はなんとも・・・」思っていないわと言おうとしたけど、その前の兄さんの「やめておけ」の意味を咀嚼すると、言葉が空を切った。

「いいか、アニタ。ヴィンチェンツォを追うのはやめておけ」

ドン兄さんはそう言っておでこのてっぺんにキスをする。

「あいつを追うな、いいなアニタ」

じゃあなという風に片手を振って去って行った。

どういうこと?

 

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