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ROSE GATE1の2 織末彬義【創作BL小説・18禁】

第五章
 
「‥打ち合わせをしよう。」
 飯にしようと連れ出しているのに、秘書の立場を逸脱できない蓮華に対し、心中で嘆息する。
 それを怒っても仕方がない。
 着任早々、秘書長達に秘書としての心得で散々に、大目玉を喰らってしまい蓮華は色々と懲りている。
 うまく気持ちを譲歩させないとならなかった。
 そう言われると蓮華は表情をやわらげる。
 蓮華が納得出来る指示を受け、歩み出す。
「失礼致します。」
 向かいで良いのか目で確認する。
 蓮華の表情は豊かで、目は口ほどにものを言う。
 それで意思が通じるから、蓮華は無意識に無口だ。
 
 賀茂川は蓮華に判るように頷いた。
 着席し、蓮華はゆっくりと周囲を見回した。
 ホテルのこういうレストランは初めてだ。
 仕事で付いていくのはもっと堅苦しい料亭とかだ。
 デパートの上でちょっと奮発して食事をする時と雰囲気が似ている。
 ちょっと肩の力が抜ける。
 蓮華は二年目になるのに実務が身に付いた実感が薄い。
 一年目は途中まで非常勤重役だった賀茂川は会社に週の半分も来ない。
 秘書課所属、仕事は担当制。
 担当の重役が居なければ、する仕事は無い。
 秘書課の席を暖めているしかない。
 手の空いた先輩達が色々心得を伝授してくれるが、なんともそれらは抽象的でわかりにくい。
 常務担当だと正解が、他の重役にとっての不正解だったりする。
 薫陶くんとうを受ければ、受けるほど、蓮華は徒手としゅ空拳くうけんな心細い心地になっていく。
 悩んだ末に、秘書の本分は担当重役の意向に従うことなのだと気付く。
 賀茂川の来る日数が徐々に増えて、秘書としての仕事を少しずつ覚えていけた。
 まだまだ、これだけでは心許ない。
 秘書に配属された蓮華は秘書検定の教本を何冊か買い込んだが、そこに書かれたことをしても、上役や担当重役に違うと云われれば、そちらが正しい。
 要は秘書を雇う側が求めることをしなければ意味がないのだ。
 蓮華がパリについてどれだけ知っているのか質問され、殆ど知らないことを露呈する。
 仕事が忙しいのは疑う余地がない。
 休みは部屋で寝ているばかりになるだろう。
 日本でだってそうだ。
 一週間働いたら、金曜日に土日に必要なものを買い込み、土日は家で休んで過ごす。
 
 折角、仕事で海外に行ったから役得だ。
 美術館に行こうとか、飲み歩こうとか思ってない。
 それで翌週に支障を来たしたら元も子もない。
 蓮華はそんな極めて慎重な性格だった。
 だから、期待もせず全く観光先を調べていなかった。
 社命で海外に行くのに、物見遊山な気分を微塵も持たずにいる蓮華を賀茂川は困惑した視線で見詰めた。
 細身のスーツでも浮くような華奢なラインの蓮華は体力がないのは一目瞭然だ。
 遊ぶ余裕がないと警戒しているのはすぐ察せた。
「お待たせ致しました」
 ホテル和食レストランの朝食は黒塗りの豪華三段弁当だった。
「凄い豪華 朝ご飯じゃないみたい。」
 給仕が重箱を外して並べる。
 天麩羅や鴨ロースまで入っている。
 蓮華は料理を見入り、瞳を輝かせた。
「渡航前だからな。やはり和食だろう。鴨は真鴨だ」
「まがも‥」
 蓮華は鴨の違いが判らぬまま頷く。
 賀茂川が云うなら、特に美味しいのだろう。
 完全な差し向かいで、二人きりで食事をするのは初めてのことだ。
 行き先は調べてないと知ると賀茂川は蓮華から、これまでの海外旅行の思い出を詳しく聞き始めた。
 自身が経験したことを話すのは話しやすい。
 学生が行く安価な観光旅行を、賀茂川がする質問に答えつつ話してくと凄く話しやすかった。
 話しながら、蓮華は好物を最後までとっておいた。
 海老の天麩羅を箸に取る。
 顔を上げ、上向く。
 海老の先端から尻尾手前までを口に入れる。
 賀茂川は直視せずに気づかれぬよう凝視していた。
 心の中でガッツポーズだ。
 やっと拝めた図は想像以上であった。
 他のマナーは平均から平均以上なのに、これだけは著しく行儀が悪い。
 秘書長が目撃し、その場の状況で叱れず、明日、注意すると息巻いていたのを聞き咎めた賀茂川が止めた。
 ぜひ、いずれ観てみたいと思っていたが、なかなかそんな機会にならずにいた。
 確かにだらしがない、みっともない食べ方なのに、蓮華がするとそんな感じがしない。
 子供の頃に嬉しそうにそうしていたら、親達が叱り忘れたのも判る気がする。
 蓮華は瞳を煌めかせ、それが好物だと賀茂川にも如実に伝わる。
 ふと緊張を解き、リラックスしてしまうほどだ。
 いつもより表情が豊かになる。
 食べ終えた皿が下げられ、お茶が出される。
「デザートも」
 蓮華が出されるお皿に驚きを隠さない。
 ミルク感たっぷりな抹茶ババロアとフルーツの盛り合わせがデザートとしてだされた。
 言いながら蓮華は瞳を輝かせる。
「ぅ 美味しいです」
 旨いと言いかけて、言い直す。
 こんな美味しいものを食べたら日本に居たい。
 そう思うほど美味しい料理だった。
 賀茂川専務が初めての海外随行になる蓮華のことを気遣ってくれたのだろう。
 感謝の念が素直に浮かぶ。
「とても美味しかったです。賀茂川専務ありがとうございます。ご馳走様でした。」
 食べ終えると、蓮華はテーブルに額が触れるほど深く頭を下げる。
 とてもとても凄く美味しかった。
 これで、これまでの経験より長くなる狭い機内の時間も耐えられるだろう。
 
「口に合ったか」
 ここの和食はモダンさもあり、蓮華も気に入るだろうと思ったら、思った通りだ。
「はい!とても」
 喜びを隠せず素直に頷いた。
「それは良かった。」
 賀茂川は穏(おだ)やかに笑う。



第六章
 
 予約時に代金は会社づけにしてある。
 食事を終え、賀茂川は立ち上がり、歩き出す。
 蓮華は素直に上司の背を追った。
 途中で合流した支配人がホテル玄関まで見送りに来る。
 賀茂川専務はホテルマンと顔馴染みな会話をしている。
 蓮華は後ろに従い、聞くともなしに聞いていた。
 ホテル玄関に社用車が駐車している。
 
「蓮華、まだ話し中だ」
 ホテルのドアマンが扉を開き、助手席に座ろうとする蓮華に声をかける。
 頷き、車の周りを大回りし、賀茂川が後部座席に納まるのを待って、反対の扉を開く。
「失礼します」
 蓮華は車内に滑り込む。
 確かに前後に座ると、超低音の賀茂川専務の声は聴きとり辛い。
 これで蓮華の様子が見やすくなった。
 旅行の話を聞くのを再開する。
 蓮華の顔立ちは賀茂川の好みであり、その鑑賞に耐えうる欠点の無い鉄壁さを誇る。
 賀茂川は蓮華の顔を鑑賞していた。
 瞬き、唇の動きに魅了される。
 
 学生時代に親の会社にない視点で起業した事業が軌道に乗り、歴史ある父祖が営々と築き上げて来たものと規模として比べようもないが、一生の仕事としてやっていける自信はあった。
 同族会社はそれだけしがらみも多く【長男だから跡継ぎ】という愚直なほど単純な安直さに賀茂川は跡目を辞退しようと目論んでいた。
 下の兄弟達も、棚ぼたに転がり込むトップの座を喜ぶとばかり思っていたら、当てが外れる。
 弟妹達から血相を変えて、長兄の独立を押し止めようとされるのに驚いた。
 物心つくかつかないかで、この家は長男のお前が引き継ぐのだと云われ続けて来た。
 それすらも帝王学の一環と思い知る。
 
 父や兄に従えば、人並み以上の生活が一生できる安泰な立場から逸脱しようとする者がおらず、親の会社からの完全な離脱が阻まれた。
 弟妹からしたら、一から立ち上げた企業を大きくした長兄は頼もしいこと限りない。
 それでも軌道に乗ってしまった事業も止めることが出来ない。
 結局辞退できずに非常勤役員にされ、会社に顔を出すよう義務づけられていた。
 
 完全な二足の草鞋わらじ生活だ。
 一昨年、学生の会社訪問が始まっていた頃のこと。
 暫らく親の会社に来るのをサボっていた賀茂川が周りに催促され続け、車まで回され、渋々姿を見せた。
 本社ロビーに秘書数名で待ち受けられていた。
 近くに珈琲を飲んで来ると会社差し回しの車から、外へ出て、そのまま来ないという煮え湯を飲まされ続けた社長秘書長は、賀茂川に対しもう必死であり、カンカンであった。
 会社説明を受け、帰る集団にいる蓮華に目を留めるのを父の秘書は見逃さなかった。
 新卒の秘書が入ると云われ、逢って絶句する。
 賀茂川は一目であの学生だと判った。
 それくらいは覚えている好みの容姿をしていた。
 観て、目が離せなくなり、無言で見えなくなるまで目で追った。
 良くも悪くもそこまでだ。
 後を追うことも、声をかけようとも思わない。
 そんな行きずりでおわる関係の筈であった。
 賀茂川の職業が芸能関連のスカウトマンだったら、迷いなく声をかけていた。
 それくらい磨けば光る逸材だ。
 何もなければ確かにそれまでだったのに。
 賀茂川は再会してすぐ彼がどこで観た誰か判るほど記憶に刻まれていた。
 
 一瞬観ただけの蓮華を忘れていなかった。
 それほど目に焼き付けるほどに、揺るがぬ好みのドストライクにあった。
 社長付き秘書課長の炯眼侮りがたしであった。
 
 仕方なくなるべく行かないようにしていた非常勤の役目を、行くべき日は必ず足を運ぶようになった。
 行けば新米秘書の蓮華に逢える。
 賀茂川の担当となり、ちょろちょろとぎこちなく背広を着脱する手伝いをしたり、珈琲を運んで来たりと身の回りの世話を懸命にしてくれる。
 その動作や表情が可愛らしくてますます賀茂川の気に入った。
 
 上司に叱られて半べそをかいているのを見つけてしまった。
 声をかけると、逃げようとしたが、逃さない。
 根気よく声をかけなだめると、しゃくりあげながら事情を訥々とつとつと話す。
 その声も耳に心地よく、賀茂川を和ませた。
 次の日は行く日じゃないが、心配で足を運ぶ。
 行けば、書類整理の手伝いをさせると自身の隣に居させて、秘書の上役から叱られないように庇った。
 
 それが楽しみになっていると自覚すると、自身の事業を傘下企業の枠に入れ、直接な手から離す。
 確かに爆発的に大きくなる面白い時期は過ぎていた。これからは徐々に膨らんでいく。
 それならば多方に手を入れられる親の事業の方が面白いし、やりがいがあった。
 図らずも複合的な積み重ねに非常勤から常務を経、一気に専務へと昇格する。
 親は大卒すぐに渡そうとした役職を数年後に漸く任ずることができ、胸を撫で下ろす。
 
 人は生きており、動く。
 だから動きも重要だ、立ち姿が麗しくても‥。
 注目してがっかりすることも多い。
 
 好みな容姿、それに仕草が相乗効果になる。
 賀茂川は蓮華を観飽きることができない。
 
 もしも、弟や部下がすれば叱責する行動も蓮華がすると不思議と愛らしく感じられ、鑑賞に値する。
 好もしいと観てしまい、叱れない。
 主観や感覚だから、理性とは離反する。
 
 
 
第七章
 
 今も隣に座る蓮華が身体を斜めに、窓側に向けている。
 振り返るように賀茂川へ視線を流す。
 それは凄絶な艶やかな流し目だ。
 素晴らしく目の形が好い。
 目の動きに魅了され、背筋がゾクリとし、賀茂川はそれを酷く気に入る。
 だが、蓮華にそれを気づかせない。
気付けばめるに違いないからだ。
 
「パスポートは忘れてないだろうな。」
 ずっと艶やかな流し目を観ていたいが、それでは後部座席に座らせた意味がなくなる。
「ハッ‥はい」
 瞳を見開くと、フッと視線を外し、目線を伏せる。
 それからゆっくり首を動かし賀茂川を見て、首を縦に小さく振る。
 パスポートは肌身離さずと指示されていた。
 スーツの内ポケットを触れて確認する。
 大丈夫だ。
 ちゃんとある。
「あります。」
 専務にも、秘書の上司にも、パスポートだけは忘れないように何度も言われている。
「あるな。」
 蓮華の大きな頷きに口角を引き上げる。
 賀茂川に話しかけられ、蓮華は堂々と専務を見る。
 賀茂川に聞かれることを答えて話していると空港に戻るのはあっという間だ。
 車を降り、再び、歩き出す。
 蓮華は全員が揃って渡航するもんだと思っていた。
 航空会社がそれぞれパリに向けて巡航しており、社長、専務、三人の重役に別れて移動するという。
 出張の旅程に関わってない蓮華は、初耳だった。
 社長はフランス便でもう出発した後だった。
 ラウンジはランク分けされている。
 食事に出かけた賀茂川専務を待っていた専務秘書長の上田に声をかけられる。
 打ち合わせしながら賀茂川はプレミアムラウンジへと姿を消した。
 それを見送った蓮華は別のラウンジ待機になる。
 先輩から出発前まで最後の自由時間だと言われた。
 海外出張中は分刻みなスケジュールになる。
 ホテルには寝に帰るだけになるそうだ。
 何度か渡航経験のある先輩からアドバイスされて蓮華は気を引き締める。
「お互い頑張ろうな。俺は一眠りすっかな。」
 ワイシャツ姿の杉原は、蓮華に説明し終えて、隅に陣取ったスペースに向かう。
 蓮華はラウンジを使うのは初めてだ。
 いつもは搭乗時間まで、広い空港内を歩き回って買い物をしたり、飲食したりして友人達と過ごした。
 腕時計を確認する。
 搭乗時間までまだ二時間弱ある。
 緊張していて眠くはない。
 蓮華はラウンジ受付で搭乗予定の飛行機を告げ、買い物をして戻れるか確認する。
「その便なら、このラウンジから乗り場は近いです」
 二、三十分前に機内への案内が始まること。
 それより前に戻られた方が良いとアドバイスされ快く送り出された。
「わかりました。ありがとう。」
 丁寧な説明にお礼を言い、歩き出す。
 あちらこちらと観て回るが、これとピンとこない。お酒は、酒席でたしなむくらいで、自宅で飲まないし,煙草も吸わない。
 書店で文庫を数冊選ぶ。
 腕時計を見ると思ったより時間が経過している。
 食べ慣れたガムや飴を購入してラウンジか乗り場に行こうと思う。
 帰りに立ち寄ろうと決めていた店でペットボトルのお茶を選んでいると肩を叩かれた。
「専務」
「それなら機内で頼むと良い。」
 お茶のペットボトルを観て賀茂川は言う。
 蓮華は曖昧に笑う。
 ドリンクが頼めるのは分っている。
 機内で頼むのは時間がかかるし、頼むまでが蓮華にとって気詰まりだ。
 ペットボトル一本手元にあると気楽なのだが。
 賀茂川の前でペットボトルは諦めるしかない。
 ガムや飴を選ぶと、レジに向かう。
 レジカウンターに賀茂川がいた。
 もっと傍に来いと手招かれ近づいた。
 カゴを乗せるように指示された。
 専務の後で会計だと待ちながら、店内あちこちを見回し買い逃しがないか確認していた。
 そろそろ順番かと振り返ると、カウンターの上が空だ。
 会計を済ませた専務が出口へ向かっている。
 交互に見て、専務が手提げ袋を持っている。
「賀茂川専務、あの俺の」
 賀茂川は立ち止まり、振り返り紙袋の中を見せてくれた。
やはり蓮華の選んだものもある。
「‥代金を」
 初めてでなく、こういう時、受け取ってくれたことはないが。
 前がそうだから、当たり前というのもない。
ポケットから財布を出そうとすると押し止められた。
「気にするな」
「すみません、ありがとうございます」
 上司に対して、意固地に支払うと突っぱねるのも角が立つ。
 蓮華は笑顔になり、明るくお礼を言った。
「荷物持ちます」
 賀茂川は手を振って断る。
 ブランディが二本入っており、蓮華に持たせる気はなかった。
 蓮華は賀茂川から紙袋を受け取れない。
 賀茂川の足が早く、そのスピードに合わせるのに必死になる。軽く息が切れる。
「搭乗口に直行するが、サロンに忘れ物はないか」
「ありません」
 蓮華は、大きく息を吸いこんでから応える。
 そんなギリギリだったのかと驚き焦る。
 空港に来てから、時間が経つのが早い。
 蓮華は背に斜めにかけるバッグを背負っていた。
 賀茂川のペーパーバッグから、自分の分のお菓子を出したかったが、どうにも間合いが合わない。
 後をついて歩くとゲートになった。

つづく
 
 
 
 
 

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