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Holistic laboおりなす堂
日本ホメオパシーセンター愛知岡崎幸田の白木慈です。

今日からシリーズで
私の脱アトピー体験を書いてみようと思います。
なかなかしんどい体験で、
ここにペンを取るまで(キーボードを叩くまで)
かなりの時間を要しました^^;

アトピーを持っている人なら誰しも、
ずっと付き合っていくもの
治らないもの
心の底で諦め、そして不満を溜め込み
目に見える皮膚の状態に一喜一憂。
辛いですね。
もちろん私も御多分に洩れず、です。

朝、髪型がキマッタ!服もイケてるテンション上がる〜😊⏫
ときには、髪型が決まらなくてテンション上がらない朝。
そんな日常は、アトピー持ちの私の場合
朝、洗顔をしてメイク前に赤くなった顔を見て
テンション上がらないどころか
下がったままのテンションがさらにダダ下り。。。

幼いころから皮膚が弱かったわたしは
思春期を期に中学生の頃から振り返し
あちこちに燻っていたアトピーが

結婚を機に大暴走!!
顔から始まり全身に湿疹が広がり
仕事上がりに皮膚科に駆け込む生活
土日休日はほぼ体調を整えるための休息。
投薬のため、仕事中は睡魔と戦い
帰宅しては不慣れな家事と
アトピーケアのつもりだったステロイド薬。
塗り薬がどんどん強いものに変わっていったことも気づかず
全身に塗り続け、皮膚が薄くなり、痒みも増し、掻きむしる。。。

新婚でしたのよ、そのころ。

地獄のような日々。
気持ちも萎えて、うつ状態。
職場でもコミュニケーションがうまく出来ず
アトピー顔を見られたくないから
誰とも話さず、やることやって帰宅。

しんどかったなぁ。

アトピーが暴走して(結婚して)から
3年経ったある日、皮膚科のドクターの前で泣き崩れ
わたしの口からついて出てきた言葉が

「子どもを産みたいんです」

なぜ、その時その言葉が自分から発せられたのか
今でもよくわからないけれど

スイッチが入った。

生きるスイッチ。
治るスイッチ。

ホメオパシーを学んで実践している今なら
理解できる。

「生きろ」のメッセージに。

そのメッセージに呼応した私の魂は

生きること、自分を生きることを選んだ。

このころまだホメオパシーとは出会ってなかったけれど
大きく舵取りしたのがこのころ。

ここからも様々な出来事があって。

3人の可愛い子どもを授かり、
私も自分らしく不器用ながらも
自分らしく生きられるように。

「子どもを産みたいんです」
口をついて出てきた思わぬ言葉から
治るスイッチがオンになってからの紆余曲折。

脱ステ、脱アトピーのスタートライン。

アトピーはギフト。

今はそう思えるようになった。
自分らしく生きられるキッカケをもらったから。

紆余曲折の続きは、また次回。




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