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栗本薫作品との出会いで、私の世界は広がった。

『栗本薫』は、私にとっては特別な作家さんで、その人の描く作品世界との出会いは、特別なものでした。

栗本作品との出会いの窓口となったのは、『グイン・サーガ第1巻 豹頭の仮面』でした。
当時まだ高校生だった私は、後輩に勧められて、母校の図書館にあったこの一冊を手に取りました。

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小さいころから本が好きで、小中高と学校の図書館の常連だった私は、当時はミステリーやSF、歴史ものが好きで、そうした作品を読みあさっていました。
その中には日本人の作家もいて、江戸川乱歩賞や横溝正史賞でデビューしたような方々もいたわけですが、栗本薫は私の興味の対象からは、なぜかはずれていたのでした。
高校の図書館には当時、彼女のデビュー作である『ぼくらの時代』もありました。それどころか、『真夜中の天使』さえ並んでいたのです。
が、私はそのどれをも手にすることはなく――『真夜中の天使』通称『まよてん』に至っては、勝手に看護婦さんの話かな~なんて思ったりしていたのでした(爆)。
そんな私が、グイン・サーガの1巻を手に取ったのは、上記したように後輩の勧めがあったからです。
あと、主人公が豹頭人身だという部分と、表紙のイラストに惹かれたのもありました。
小さいころからアニメと特撮番組が好きだった私にとっては、首から上が動物で下が人間という姿は、そこそこ馴染みがあって「かっこいい」と思えるものだったのです。
(ちなみに、ライオン丸とか変身忍者嵐とか、大好きでした)

グイン・サーガの1巻は、あっという間に私をこのシリーズに引きずり込んで行きました。
とりあえず学校の図書館にあった分は全部読み、続きを書店で買い求め、更に読んだ分も買ってしまうぐらいには、私はこのシリーズのファンになっていました。
そして。
次第にその熱は、グイン・サーガだけではなく、栗本薫作品全てに対するものへと広がって行きました。
前述したように、高校の図書館には栗本作品がそろっていましたので、貧乏な高校生には大変素敵な環境だったのです。
ちなみに母校の図書館は、今はわからないですが、当時は生徒が読みたい本をリクエストすれば購入してくれるシステムになっていました。
つまり、今にして思えばすでにいた栗本ファンが、自分の読みたい本をリクエストしてくれていた結果だったのでしょう。
ともあれそんなわけで。
私は図書館にあるだけの栗本作品を読みあさる結果となっていました。

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そうやって栗本作品に浸るうち、私は自分が今まで興味を持たなかった世界にも興味を持つようになっていました。
具体的には歌舞伎や能などの、いわゆる日本の伝統芸能のようなものに、ですね。
そういうものは、それまでの私にとっては古臭くてよくわからないもの、といったイメージでした。
また、祖母や父がテレビの中継などを見るのに、いやいやつきあわされたりしたこともあって、なんとはない嫌悪感もありました。
ですが、栗本作品を読むうちに、歌舞伎や能も実は当時のエンターティメントなのだとわかって来て、最初に持っていたイメージや嫌悪感が消えて行ったのでした。
また、当時は今ほど一般的ではなかったJUNE・BLといったジャンルを知ることができたのも、私にとっては大きかったように思います。

私のもう一つの大きな変化は、長編のファンタジー小説を書き始めたことでした。
中学のころは、へたくそなマンガを一人でせっせと描いていた私ですが、高校になってからは、小説を書いていました。
当時は、松本零士や海外のSFに影響を受けて、そういう感じの作品をポツポツと書いていたわけですが――グイン・サーガを読み始めて、そういうものを書きたくなった私は、初めて細かい設定などを作って、異世界ファンタジー小説を書き始めたのです。
タイトルは、影響受けてるのが丸わかりの『グラナダ・サーガ』。
地球とつながっている異世界グラナダを舞台に、そこでは異形といわれる金髪碧眼の少女アリスの旅と冒険の物語でした。
当時の私の好きなものをあれこれ詰め込んだ世界と物語で、8年ぐらいかけて30巻を完結させました。
そしてこの、長い物語をちゃんと完結させられたという事実が、長らく私の自信となって創作活動を支えてくれました。

今になって思えば、もしあの時、グインの1巻を手に取らなかったら、私は全然違うジャンルのものを書いていたかも――それどころか、小説を書き続けていなかったかも――と感じます。

グイン以外の作品も、大好きでした。
『魔界水滸伝』も伊集院さんのシリーズも、薫くんのシリーズも、まよてんから始まるJUNEな物語たちも。
もちろん、エッセイや中島梓名義の評論も、読みました。
フラッシュマンを題材にしたエッセイが出た時は、特撮ファンとしてもうれしかったです。
舞台も見に行きました。
今、ヨルハの舞台を楽しめているのは、きっと栗本さんが舞台というものの楽しさを教えてくれたおかげです。
ネットを始めた時には、栗本さん主催のパティオがあるというだけの理由で、Niftyを選びました。
天狼パティオでは、栗本さんご自身はもちろん、多くの同じように栗本作品が大好きな方たちとお話できて、とても楽しかったです。
辛い時やしんどい時、「グインの最後を読むまでは、とにかくがんばって生きよう」みたいに思ったりもしました。

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「グインの最終巻」は結局、読むことができませんでしたが――それでも、私はあの時、あの本を手に取って、本当によかったと改めて思います。
もしもあの本を手に取らなかったら、そのあと得られるかけがえのない時間も、目の前に広がって行くさまざまな世界も、私は知らなかったでしょうから。

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