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発達障害ガールミーツガール2【小説】

【一章 とりあえず謝りたい】




 あれはアウティングというやつをやってしまったのだろうか?

「だからってあそこまでいうことないじゃん……」

 自室のベッドの上でカナメはぶつぶつとこぼした。あれから薬局で薬をもらい、そのまままっすぐ帰ってきた。

 疲れてしまったので粗雑に服を脱ぎ捨てると頭から被るだけのラウンジワンピースを着てそのまま寝転んだ。アレクサにただいまを言うことを忘れていたと今気づいた。

「……ん」

 寝たままスマートフォンを操作する。アウティングという用語は知っているがもう一度調べたい。

【アウティング】 LGBTに対して、本人の了解を得ずに他の人に公にしていない性的指向や性同一性などの秘密を暴露すること。

 というようなことがいくつかのサイトに書いてあった。

 発達障害は性的マイノリティのことではないが「マイノリティ属性を勝手に他人にバラす」あたりに引っかかったのだろう。カナメに悪意はなかったが人がいるいきなり病院の待合室で言われたら実質同じだろう。

(それに私は診断されて嬉しかったけど、そうじゃない人もいる)

 カナメは過去を思い出す。自分は三年前診断がもらえたことで周囲についていけないのは自分のせいじゃないと思えて嬉しかった。けれど病院の掲示板にチラシが貼ってあった自助グループに通うようになってそうでない当事者がいることも知った。診断を受けたことで普通でなくなったと嘆く人も少なくない。

 自分自身だって診断を受け入れているものの無許可で見知らぬ人に発達障害だと言いたくないし言われたくない。やっぱり無自覚アウティングだったのだ。

「次会ったら、やっぱり謝らなきゃ……な」

 と言ってみるものの気は進まない。カナメだっていきなり怒鳴られたのだ。軽い聴覚過敏があるから結構な衝撃だった。理屈は理解しているがすぐ割り切れるものではない。

(あなたとは違う、普通の人間なんだから、か)

 スズの言葉を思い出す。普通に執着を持つ発達障害者は多い。ある意味普通のことだ。多数派とも言っていい。

 カナメだって高校一年生でクラスで不適応を起こし、病院で診断を受ける時は「どうして私は普通のことが普通にできないのだろう」と悩んでいた。

(でも、その気持ちのままじゃかえって大変だと思うけど)

 適応の一歩は障害の受容というやつだ。もう少しなんとか気持ちを変えたほうが……しかし、それはお節介というものだろう。

 なにしろカナメとスズはクラスメイトですらない、ただ同じ大学で同じ学年であるだけだ。学部も学科も違う。一年生は一般教養と第二外国語があるからすれ違う程度の関係があっただけだ。その距離を発達障害があるという一点で浮かれていきなり越えようとしたから無自覚アウティングなどしてしまうのだ。

 そして腹が立ったのも事実だ。なにが私は違うだ。発達障害だって人間だい。てやんでえ。正直謝りたくない。が、正しいことをしたい義務感もある。その辺をうまく割り切りにくいのも特性あるあるでもある。

「アレクサー、どうすればいい?」
『すみません、よく分かりません。お答えできません』
「冷たいAIめ……えっと、じゃあアレクサ、次のドイツ語の授業はいつ?」
『カレンダーを確認します。次のドイツ語の予定は明日です』
「げ……」

 思わず自分で壁に貼ってある時間割を確認したが確かに明日の一限はドイツの授業だった。


続く


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