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ボタンが飛んでった日

ワタシは大人になって初めて「痩せた」喜びを感じました。
それは適度な運動でも、管理された食生活の賜物でもなく、ストレスと鎮痛剤の繰り返しで得た負の喜びだったのです。

それでも、嬉しかったんです。
人生で初めて痩せて、太っていた自分からは想像もできないくらい、オシャレが楽しく思えて仕方がなかったから。
側から見たら不健康だったとしても、当の本人は満足感で溢れていました。

痩せてるってこんなに素晴らしいことなんだ。
こんなに世界が広く、美しく見えるんだ。

そんなドラマの主人公でも言わなそうな言葉を、ごくごく普通の人間が日常の延長線の中で言ってしまうくらい、痩せていることに固執していたような気がします。

さて、そんな悲しい話はさておき、実はワタシは昔からかなり太っていました。
小学生の頃から友だちができたことがなかったために、「自分の個性を活かして、どんなことをすれば友だちができるのか」ということばかりを考えているくらい、友だちという存在が欲しかったんです。

そしてある秘策を思いついてしまったのです。
痩せて綺麗になるとか、化粧をして自分を着飾るとか、そんな術は当時の子どもには全く想像もつかないことでした。
ではいったい何をどうすればワタシは、友だちを作ることができるのか。

そう、太って容姿を醜くして、グループのお笑い担当になることが唯一の方法だと考えたのです。

毎日食べることだけに集中して、とにかく今以上に太ることだけを真剣に、それはそれは真剣に考えて生活をしていました。するとあっという間に、面白いくらいに体重は増えて、晴れてワタシはぽったり系の仲間入りを果たしたのです。

それからは、金魚のフンみたいに綺麗で目立つような子たちに取り入るようにまたもや努力を惜しみませんでした。

体重も着実に育っていき、スカートは一年生の頃よりもだいぶ苦しくなっていました。

「母ちゃん。スカートがきついから、ちょっと新しくボタンをつけてよ」

「えっ!?もうそんなにキツくなったの!?最近お菓子ばっかり食べすぎてるんじゃない?」

「それは別にいいんだけどさぁ・・・とにかく、ボタンを付け替えて欲しい」

「あんまり太りすぎも良くないと思うけどね。ボタンつけるから、スカート置いといて」

「よろしく!!!!」

ということで母は渋々スカートのボタンを一番端っこに付け替えてくれたのです。

まぁ、なんということでしょう。あれだけキツくてパツパツだったスカートも、ぽったりのワタシにピッタリサイズになったではありませんか!匠(母)の技術によって余分なお肉もスカートに乗ることもなく、スカートの下へと収納されるようになったのです。

毎日窮屈だったスカートも、この日からとても快適にとはいかなくても、多少は隙間があって、気持ち的にも余裕ができるようになりました。
そしてここからさらに食欲を増して、どんどん太りながら友だち作りに精を出そうとした矢先、あの事件が起こってしまったのです・・・。

ある全校集会の日。全学年が体操座りをしながらぎゅうぎゅう詰めになっていました。椅子に座るだけなら余裕があったスカートも窮屈に感じ、時折ミシッと糸がほつれる音がしたのです。

(えっ・・・ちょっと待って。ここでボタンが取れたら困る。なんとしなきゃ!!!)そう焦ったワタシは、体操座りの姿勢をなんとかして変えようとした瞬間・・・

パチンッ!!!!!!!!!
そう盛大な音を鳴らして、ボタンはどこかへ飛んでいってしまったのです。

近くにいたクラスメイトたちはその一部始終を見ていたもんだから、密かに肩を震わせて、クスクスと笑うのを我慢していました。

外れたボタンを探すわけにもいかず、顔が真っ赤になってボタンと同じようにどこかに飛んでいきそうなくらい恥ずかしくなったワタシは、スカートのボタンの部分をキュッと握り、下を向きながら全校集会が終わることだけを祈る時間となったのです。

そして教室に移動する時、クラスメイトたちは口々に「太りすぎてボタンが取れたとか、ヤバすぎ」などと言いながら体育館を出ていきました。

そこに一人そっとボタンを差し出してくれた人は、担任ではない別の先生だったのです。

そして一言、「太りすぎは、大変だぞ。これ、ボタン」そう言ってその場を去っていきました。

あの時のことを思い返すと、恥ずかしさ以外の何者でもありません。
そんなワタシは、中学を卒業したと同時に、悪しき思い出が詰まったスカートは家のゴミ箱に思い切り投げ捨ててやりました。

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