見出し画像

豆の声を聞いた

オリベの豆やでは、およそ20種類の豆を栽培しています。
「なぜ豆なのか。」「なぜそんなにたくさんの種類の豆を作っているのか。」と聞かれます。
そう聞かれたら、数年前までは「見た目が素敵だから。」「珍しい豆を見つけたから植えてみた。」などと答えていました。自分でも豆を作る理由がよくわからなったのです。

けれど3年前のある日、決定的な出来事がありました。

 2018年9月22日朝7時過ぎ。天気は晴れ。
その年の春、私は隣町の本別町にある「北海道立農業大学校」で農家向けの研修を受けていました。その研修は、自分で栽培作物を決め生育調査をしてレポートを書き、秋に発表するという内容です。私は大正金時の仲間である「福勝(ふくまさり)」という金時豆の生育調査をすることにしました。豆の「出芽期」「開花期」「成熟期」「収穫期」それぞれの生育ステージで草丈や莢数(きょうすう=さやの数)などを調べます。

 9月のこの日、私は豆の「成熟期」の様子を観察しに畑に入りました。 膝の高さほどに成長した豆の株。
「さやはどんな様子かな。お、結構成熟している。収穫はいつ頃になるかな。どれくらい収穫できるだろう。それにしても今年は6月と7月の天気が最悪だった。雨ばっかりだったし、温度は上がらないし…だから株があまり大きくない。さやもあまり付かなかった。やっぱり気温だ。今年の豆はイマイチだな…」
農家の人たちが集まれば、話題は今年の作物の話ばかりです。私はそこで聞きかじった「今年の豆の出来」を、自分の畑に照らし合わせ、豆を観察していました。
 
 その時、周りからパチパチッと音が聞こえました。何か細かいものが硬いものに当たるような音。最初は小さく。でも、耳をすますとその音は大きく聞こえ始めました。パチパチパチ…雨?違う。空は晴れています。下から聞こえてくるような気がして、しゃがんでみます。確かに下から聞こえてきます。耳をすませばすますほど、その音はどんどん大きくなってきました。

それは豆から聞こえてくる音でした。私は、その音に包まれたような感覚になりました。

豆は乾燥しながら成熟していきます。緑色のさやがどんどん乾燥して薄い茶色になり、中の豆もどんどん乾燥し、色が濃くなってきます。緑色の葉は枯れて黄色になり、やがて落ちます。葉がすっかり落ちると、さらに豆の成熟が進みます。「十勝晴れ」と言われる秋の晴天と乾いた秋風が、さらに豆の乾燥を助けます。農家はそれを「豆が仕上がる」と言います。
いま、豆は自らを仕上げているところだったのです。
私はそれに気づき、ハッとしました。
 
 人は豆の出来をああだこうだ言いますが、豆はそんなことお構いなしに、今この瞬間を生きています。条件がそろえば発芽して、発芽したら伸びて、葉を広げて、時期がきたら花を咲かせて、さやをつけ、実をならせます。天気が良くても悪くても、実をならそうとします。

 6月の天気?今は関係ない。実がうまく成熟するか?そんなこと知らない。ただ、豆は豆としての自分をまっとうしている。今は成熟期。さやの中にある実を、今日のこの天気の下、全力で成熟させようとしている。その音がいま聞こえている。
そう感じたとき、胸の奥からわーっと何かが溢れてきました。
これは豆の声だ。私は今、豆の声を聞いている。

 農家は農作物のひとつとして豆を生産し、生計をたてます。豆の収量と品質で収入が決まるので、勿論、豆の出来を気にかけます。けれど、豆を作っているのは人だけじゃない。この土地、この畑。今年の太陽、雨、気温。今日のこの天気、今日の風。そして豆の、ひたすらまっすぐな「生きる力」。それら全部が合わさって、豆ができます。人は、もしかしたらその手伝いをしているだけかもしれません。

豆の声を聞いて、そんな気がしました。
そして思いました。豆ってすごい。私は、豆の声をもっと聞きたい。
この日は、私にとって忘れられない日になりました。

私がたくさんの種類の豆を作る理由は、もっと豆の声を聞きたいからです。その声は、豆によって違うかもしれません。お店で見たことのない豆を見つけると、この豆は、畑でどんな声を聞かせてくれるんだろうと考えます。豆の声は、豆の「生きる力」だと思うのです。    

豆を食べた人に、それを感じてもらえたら。               豆を食べて元気になってもらえたら。
オリベの豆やは、そんな豆を作っていきたいと思います。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?