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わたしのおでこ。 その2

どうでもいい話だが、わたしのおでこはちょっと広い。

子どもの頃から周りの子よりもやや広めだったが、35歳を過ぎてからおでこの範囲は少しずつ拡大している。なんなら成長しているのだ。

薄毛にはいくつか種類があるようで、わたしはというとペナルティのワッキータイプ。あ、断じてワッキーの髪型ではないけれども。

もともと髪の毛の量が多く、美容室へ行くたび「多いですね〜」とかならず言われる。はっきり言ってバランスが悪いのだ。おでこは広いが、フッサフサ。もう、どっちつかず。

でも、わたしはこのおでこが好きだ。なんてったってもう40年のお付き合い。

洗顔して鏡を覗くと、洗い流したはずの泡がまだ生え際に残っていることが増えたけれど。湯上がり卵肌の、卵の部分がちょっぴり大きくなった気がするけれど。つるんとしたおでこは、我ながらかわいいと思う。

今は特に気にしていないし、悩んでもいないのだ。

台風が去ったある日のこと。

いつものようにママチャリで外回りをしていた。次の目的地までは、緩やかな上り坂。だいたい10分ほどかかる。

むわっとした風を全身に感じながら、マスク姿で走る。ちょっとくせ毛のショートヘアは、ときおり吹く風にふうわり揺れる。おまけに湿度が高く、むしむししている。短い前髪がさらにくるんと丸まって、まあるいおでこがちらり。

ふうわり、くるん。わたしのおでこは、もうすぐ終わる夏の日差しをめいっぱい浴びていた。


しばらくして、目的地に到着した。

そこは官公庁の施設で、ほぼ毎日のように訪れる場所。エントランスを入ってすぐのところに、消毒ボトルの台と検温センサーが設置されている。入館する人はみな、手をかざして消毒と検温を同時に行なう。

いつものルーティン。両手で消毒液を揉み込みながら、検温センサーの画面を確認する。そして、軽やかに通り過ぎる…はずだった。

思わず画面を二度見する。そこには、ちょっと疲れたアラフォー女性の顔と、38.3℃の文字。

うん…?

すると、画面がぱっと赤色に切り替わり、緊迫感のある女性の声がエントランスに響いた。

「表面温度、異常です。 表面温度、異常です。

ふえっ?? なにこれ、emergencyか…? 突然の出来事にうろたえ、食事中でもないのにむせてしまった。まるで、サザエさんの次回予告のように「ふんがっふっふ」状態。

周囲に異常を知らせる甲高い音声と、ふんがっふっふと咳き込むわたし。ああ、完全に怪しい人にしか見えない。すれ違う人たちはみな、足早に避けてゆく(あたりまえ)。

待って。38.3℃の高熱なんて、もう15年くらいずっと出してない。わたし、いたって健康なんです…! 咳を抑えようとうっすら涙目になりながら、こころの中で訴える。

どうしよう、このまま入場拒否されたら仕事にならない…。

変な汗をじんわりかきながら1人立ち尽くしていると、若い警備員さんがゆっくりと近づいてくる。真っ白な手袋を付けていて、そこで待つよう、軽く手を挙げた。

おりちゃ「あの、自転車に乗って来たのですが…(通してくれますよね?)」

警備員さん「今日は暑いですからね。すみません、もう一度検温させてくださいね。」

おりちゃ「はい。」

マスク越しにもわかるイケメン警備員さんは胸ポケットからシャトルタイプの体温計を取り出し、わたしの顔へ向ける。もちろんわたしも、身を乗り出し警備員さんに突き出す。ママチャリで風を切り、湿り気を含んで全開になったおでこを。

待つこと数秒。警備員さんは、さわやかな笑顔で体温計を見せてくれた。小さな画面に見えたのは、36.5℃の文字。

「大丈夫です。どうぞ。」

ふう、助かったー。前髪をちょっとだけ下ろす。

用事を済ませ、またエントランスへと向かう。

「お疲れさまでした」警備員さんはいつも丁寧だ。わたしはぺこりとおじきをして、ビルをあとにする。

駐輪場で自転車カゴに鞄を入れながら、ぼんやりとさっきの出来事を思い出した。どうしてあんなに表面温度が高かったのだろう… 。

思い当たるふしがあった。

そうか。わかった。


わたしのおでこだ。太陽の光を目いっぱい浴びて、エネルギーをたくさん吸収したに違いない。だって、みんなよりちょっと広いんだもの。面積が広いんですもの。

腑に落ちて、すーっと胸のつかえが取れてゆく。


ぺち、ぺち。わたしは中指と薬指で、おでこを軽くたたく。

うんうん。とても控えめで、いい音がする。


わたしのかわいいおでこ。

きみは何も悪くない。ちょっといつもより暑かっただけだよね。このご時世、いろんなことがあるよね。警備員さんもたくさんの来館者の対応をして、大変だ。

そして思った。

明日は、帽子をかぶっていこう。


☆☆☆

最後までお読みいただきありがとうございました(о´∀`о)

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