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りゅうと会えた日。

りゅうが我が家にやってきたのは、わたしが就職してすぐの頃。5月の連休に初めて会ったとき、りゅうは両手にちょこんと乗るくらいのかわいい子犬だった。

父が知り合いから譲ってもらった、明るい茶色の毛をしたミックス犬。「もう犬は飼わない」と言っていた母も「かわいいねぇ。」と目を細めていた。

臆病だったりゅうはわたしたちに抱っこされるのを嫌がって、軒先にある物置棚の2段目にのぼり、ぶるぶると震えていた。ここが彼の定位置で、いつもくるんと丸まって眠っていた。

お盆の頃にはすっかり体が大きくなって、彼の寝床は棚の2段目から庭にある小屋へと変わっていた。りゅうは毛艶がよく、赤い色の首輪に赤い色のリードがよく似合っていた。

わたしは県外で一人暮らしをしていたので、毎日顔を合わせていたわけではないけれど、りゅうはわたしのことを一応「家族だ」と認識しているようだった。

駅まで迎えに来てくれた母の軽トラックから降りるとすぐに、わたしは「りゅう! ただいま!」と呼ぶ。
すると、りゅうはガランガランと鎖を鳴らして小屋から出てくる。いつもしっぽをぶんぶん音がするくらいに真横に振って、いまにも飛びかかりそうなポーズをする。
わたしはどんくさくて、りゅうのジャンプをよけきれず洋服にくっきり足型がつくこともしばしばあった。
「わー、りゅうなにすんの!」りゅうはまったく気にせず、わたしのまわりをぐるぐるまわっていた。

りゅうはご飯の時も言うことをきくおりこうさんだ。
大好きなジャーキーを前にして「おすわり」「まて」の言葉をちゃんと聞く。いじわるなわたしは「よし…こさん」「よしおくん」とフェイントをかけるが、りゅうはけして引っかからず、遠い目をして「よし」の合図をじっと待っていた。

一緒にお散歩にも行った。
母にコースを教えてもらい、ふたりでたくさん歩く。りゅうは斜め前を歩きながら、何度も何度も振り返り、上目遣いでこちらの顔を見る。いつもと違うひとだし、もしかしたら不安なのかもしれない。「行こう!」と声をかけると、またずんずんと歩き出した。

あとで母に聞いたら、りゅうは普段は行くことのないコースにわたしを連れ出していたらしい。なにそれ、わたし試されてたの?

そして、たくさん遊んだ。
りゅうはボールが好きで、大小さまざまなボールを咥えてきてはわたしの前にぼとんと落とす。
「行くよ〜」「ウ〜、ワンっ」高く投げたボールはそのまま口でキャッチ。遠くへ投げたボールはダッシュで追いかけるの繰り返し。そのときのりゅうの顔ったら、口を大きく横に開けて、笑ってるみたいだったなあ。

何度か続けていると、今度はボールを咥えたまま動かない。口から取りだそうとすると、余計にギュッとボールをかみしめる。
ちょうだい。やだ。無言の攻防が続く。

わたしは「じゃあ、ボールはおしまい。また明日ね」と立ち上がってくるりと背を向けると、後ろでボールがぽてんと落ちる。りゅうはこちらを見て、もう一回投げろと言わんばかりに「わん」と鳴く。
もう、どっちやねん。漫才みたいなやりとりをしてわたしを笑わせた。

弟が使っていたサッカーボールがとくにお気に入りで、空気は抜けてべこべこ、そして五角形の布はぺろんと剥がれ落ちていた。


りゅうはさっぱりした性格の犬だった。ご飯がほしいとか、あそぼうとか、散歩に行きたいという時だけやたらと吠えて、満たされるとすぐに小屋へ入る。

なでなでしていても、しばらくすると「もういいでしょ」と言いたそうな顔をして、ひとりになりたがった。子犬のころから、どこか距離をとりたがった。大嫌いな花火や雷の音がしても家の中にはけして入ろうとせず、ずっと犬小屋にいた。

あるとき、わたしはひどく落ち込んで実家に逃げるように帰った。いつものように一緒に遊んだあと、りゅうはじっと隣に座ってくれた。
何度も何度も頭や顔を撫でられても嫌なそぶりをせず、わたしよりも大きな背中を丸めて、ずっと横にいてくれた。
いつもは「おれのほうがえらいんだぞ」っておしりを向けるのに。わたしが泣いてるの、知ってたのかな。


夏が近づくころ、りゅうの元気がないと母から連絡があった。
あわてて実家に戻ると、りゅうは横になったまま。体をさすったり声をかけたりしながらみんなで過ごした。

次の日、家へ帰るための最終電車の時間が近づいてきた。
わたしは後ろ髪を引かれながら母の軽トラに乗り、いつものように「りゅう! またくるね」と呼ぶ。

すると、これまでずっと静かだったりゅうが突然、大きな大きな声で「うおーん」と鳴いた。
それがりゅうと最後に交わしたあいさつ。

大きな病気をせず、りゅうは14年間元気に生きた。お星さまになったけれど、ずっと大事な家族だ。

ときどき、ボール遊びのときの笑っていた顔を思い出す。ねえ、りゅう。今でもわらっているかな。元気に走り回ってるかな。



🐾   🐾   🐾

3階のネコさんがわたしをイメージした物語を書いてくださいました。

Rくんをとおしてnoteの世界にりゅうがきてくれたみたい。
「ねえちゃん、今度はサッカーやってるの? 相変わらずだなあ。いっしょにあそぼ。ボール投げて!」って。

とてもうれしくて、笑い泣きです。

最後までお読みいただきありがとうございました。


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