第九話 鼻歌の竹田君
「異常はなぁいかどうか?」
見回りで歩いていた男に、まるでナゾナゾを聞くようにメルトモが声をかけた。
「は、大丈夫であります!」
男が答えた。
「うん。引き続き続け?」
「はっ!」
男は敬礼すると、メルトモとは逆の方向に歩き出した。
「そうだ、おい。地ぃ下の様子、ちょっと寝てね?」
「は?」
「寝てね?」
「・・・はっ!」
男が階下に向かって歩き出した。
メルトモの部下にするにはもったいないほど気転のきく男だ。
この男、竹田君という名前なのだが、大の口笛好きだった。そして、『~好き』な人によくあるように竹田君もまた、自分の『好き』は、他人の『好き』だと勘違いしてしまっていた。そう、・・・竹田君はいつでもどこでも誰の前でも、容赦なく口笛を吹くことができた。その甲高い響きは当然、周りの大ひんしゅくをかったが、当の竹田君、一向にそれに気付かない。
ある日、廊下を偶然通りかかったメルトモがその口笛を耳にした。メルトモ、聞いた瞬間耳を押さえ、のたうち回りながらもなんとか竹田君の部屋に乗り込み、これを禁じた。永遠に。
口笛を吹くことの出来なくなった竹田君はかなり悲しい、寂しい。口笛を吹きたい、でも吹けない。煩悶の波に押し潰されながら、竹田君、どうしても口笛を諦めきれない。そして彼は、ついに発明した。
・・・鼻歌。
彼は音の出所を口から鼻へと移すことに成功した。
『これなら静かだし、メルトモ様のご機嫌のおかげで、僕の口笛を聞くことが出来なくなってがっかりしているみんなにも、きっととても喜ばれるだろう』竹田君、本気でそう思ったのだった。そして、その芸術もまた、予想通りすぐに迫害の憂き目にあった。
『うるさくはないが、何か気持ち悪い』というのがその理由だった。
そんな竹田君にとって、誰に気兼ねすることなく鼻歌えるのが地下だった。地下こそ竹田君のカタコンペだった。
なので竹田君、メルトモに地下に行くように命じられたときにはウキウキで、スキップしかねない勢いであった。
地下の薄暗い廊下をリズム良く歩きながら、竹田君、持ち鼻歌である『ワルツ一発』の一番を気持ちよく吹き切った。そして、南国の悲しさを切なく歌った二番の盛り上がり部分(竹田君はこの部分が大好きだった)にあと一吹きまできて竹田君の足は自然と止まった。これから迫り来る情熱に備えてのことだ。竹田君、目を閉じている。盛り上がり部分が始まった。
竹田君、目からなんか垂れてきている。
序章、中章、そして・・・終幕・・・。
全てのドラマは終わった。
竹田君、こみ上げてくるものを抑えきれないらしい。
目をギュッと閉じ、両手で胸を抱え込んでゴミの上にしゃがみこんでしまっている。
そんな竹田君の前に、メガネ、田崎、吉田の三人があっけに取られた顔をして立っていた。
そりゃあ、目を開けて、三人の男を見つけた竹田君の方も驚いたね。
でも、竹田君のは、驚きより恥ずかしさの方がちょっと多かったかも。
次の瞬間、竹田君の意識はメガネの蹴りによって、飛ばされた。そして、彼は田崎と吉田によって牢の一つに運ばれて、ドアに鍵までかけられた。
そう、竹田君、ようやく、思う存分鼻歌える自由を手に入れたのだ・・・
(第十話に続く)
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