― 第二十六話 括約筋の問題 ―

 さて、こちら絶好調のメガフォルテ団長である。
 結局、全ては当初の予定通りに進んでいる。
「・・・百三十点。」
 自分点、高得点だ。

「よし、トウハーツを呼べ!」
 アソウが言い放った。
「はいぃっ!」
 返事をしたメルトモが出て行ってからちょうど五分後・・・

 ― ガチャッ ―
 ・・・トン トン トン

「ノックしてから開けんかっ!」
 メクロに怒鳴られたチョンマゲはまるで何事もなかったかのように他の二人、モヒカン、ベンパツを引き連れて部屋の中に入ってきた。
 メルトモが最後だ。
「失礼いたす!」
 チョンマゲは部屋の中央まで来ると大声で言った。
「おそいわっ!」
 メクロが言った。

「さて、お前達にここに集まってもらったのは他でもない、明日の首相暗殺の件だ。明日、アイツはきっと部屋から一歩たりとも出ないだろう。それをどうやって殺すか、だ。お前たちの作戦を聞かせろ。」
「うむ。拙者ならまずは・・・、米国の大統領警備にあたってるSPを七、八人借りてきて身辺を警備させるでござるな・・・。」
「お前は殺る方なんだよ!」
「俺なら・・・」 
 モヒカンがむっつりと話し出した。
「大統領がその秘書と・・・ムフフフフ」
「はい、次。」
「私ならこうするあるよ。まず、出て来た敵を片っ端からこの殺人拳で・・・」
「・・・というわけで、お前らには俺の言う通りにやってもらう。」
 そして、メクロが説明を始めて十分後・・・
 グギュルギュルルゥ!
 素晴らしく健康的な音が部屋中に響いた。
「す、すまぬ。」
 チョンマゲが恥ずかしそうに言った。
「・・・はぁ~。まぁよい。とりあえず続きは飯を食ってからだ。」
「わっはははは。」
 照れ隠しに笑うチョンマゲであった。

「ご婦人、エビフライ定食を所望いたす。」
「私、カレーある。」
「おばちゃんのアワビ定食・・・クククク」
「そんな物とっくに腐ってるよ!」
 食堂のおばちゃんが叫ぶ。
 忙しいときに限ってこんな客ばかりだ。
「じゃあ、おばちゃんの・・・」
「はい、白米定食ね!」
「いや、白米の定食って・・・」
「大丈夫だよ!うちの自慢は白米だけだから!」
「・・・。」
 モヒカンの負けである。
 彼は素直にお膳に乗ったてんこ盛りの白米だけを持って席についた。

「線香を立てるにちょうど良い高さあるな、それは。」
 ベンパツが言った。そう言う彼はカレーを箸で食べる器用な男であった。
 一時間近くが経った。
 食堂からは一人去り、二人去り、とうとうトウハーツだけが残った。
 このメンバー、なぜか食べるのが異常に遅い。
 別に話に花を咲かせているわけではない。
 それどころかベンパツがモヒカンの飯について言った、『線香』云々の話以来、誰も言葉を交わしていない。
 箸の運びも普通。
 では一体何にそんなに時間をかけているのかというと、『咀嚼』だ。
 彼ら、まるで反芻でもしているかのようにモグモグといつまでも噛み続けているのだ。
 一噛みだけで優に五分くらいはかけている。

「ん?」
 ほとんどカレーを食べ終わったベンパツの目がなにやら宙をさまよった。
 と、彼の顔色が見る間に赤く、そして青くなっていく。
「ち、ちょっと私、『天使の涙を見てくる』あるよ。」
 ベンパツは言い捨てるようにして席を立つと、そそくさと食堂を出て行った。
「なんですか?その『天使の涙』って?」
 モヒカンがチョンマゲに聞いた。

「何か知らぬが、そこはかとなく美しい響きをもっておる言葉ではないか。拙者、その言葉気に入ったぞ。」
 チョンマゲが感心したように言った直後・・・
 グギュルギュル ギュルルウル!
 チョンマゲの腹から同じような特大の音が聞こえてきた。
「むっ?」
 本人が驚いている。

「まだ腹が減ってるのですか?」
「い、いや。これは・・・『鬼の腹太鼓』じゃ。拙者、ちと失礼する。」
 今度はチョンマゲが退場した。
「『鼻太鼓』?」
 モヒカンがそう呟いたときだ。
 ゴギャールンベルルル! グゥギャールンガルルル!
 モヒカンの腹から暴走族が出発した。

「ぐふっ・・・」
 一番鈍感だった分だけ、事は急を要している。モヒカンのミはもう蓋からあふれ出んばかりである。
「あっ・・・」
 走っていたモヒカン、足を止め、処女のごとく呻く。
「ぐぅぅうっ!こ、こんちくしょうっ!」
 どうやら彼は戦っているようだ。さっさと行けばいいのに・・・
「うふぅ・・・」
 ついにモヒカン、力なく、そして悲しそうに吐息をついた。
 彼の臀部が急速に盛り上がっていく。

 それからのメガフォルテ内部のトイレはまさに野外ロックコンサート会場ばりの悲惨な状態となった。
 全席満室。
 どの部屋も一向に空く気配はない。
 最初、ノックで室内の人間を急かしていた男達は結局耐え切れずに、次から次へと建物の外に飛び出していった。
今や誰もが他人の視線すら気にせず排便する。
残った唯一の理性はズボンの中で用を足すことを禁ずる。
しかし、その理性すら失する者、多数。
褐色のユートピアだ。

「な、何が起こった!?おい、メルトモっ!トウハーツっ!」
 騒ぎを聞きつけて急いで階下にやってきたメクロは、その惨状に目を剥き、ありったけの力で叫んだ。
「ふぅわぁ~いい」
 あちこちからささやき声のようなものは聞こえるが、あまりにも弱ったその声では誰がどこに居るのかまったく分からない。
 メクロはメルトモ達を探し出すために走り出した、と、その時・・・

「ふふふふふ。」
 この地獄絵図の中に笑い声が立った。
「誰だ!」
 メクロがイライラしながら言った。この状況でもメガフォルテの集団の中には笑い上戸が潜んでいるかも知らん。
 見つけ出したらただじゃおかんぞ!
 鋭い視線でメクロはあたりを見回した。
 そして、見つけた。
 なんと、笑い上戸は食堂のおばちゃんではないか!
 口を押さえて上品に笑うその姿が少しも奥ゆかしくない。
 と、突然、おばちゃんは帽子を取ると、白い作業着を脱ぎ出した。

「うぐわぁ~!何してるんだ!やめろぉー!」
 メクロが両手で目を固く覆いながら叫んだ。
 悲鳴のようでもある。
 そして、おばちゃんは全てを脱ぎ去った・・・。
 ああ、想像を絶する・・・と思いきや、なんと、その下から現れたのは、メガネだった!

「お、お前は!」
 恐る恐る両手を開くメクロの眼前にメガネが立っている。
「驚きましたね?」
 ニコニコしながらそう言いながらメガネが立っている。
「ちょっと怖いもの見たさもありましたね?」
 (あ、こいつ。笑ったらちょっとカワイイぞ・・・)メクロはちょっとだけ、瞬きの時間程度の間だけ、そう思った。

「あ、あそこから抜け出したのか!」
「まぁ、だからここにいるんですが。」
「一体どうやって・・・」
「うーん、今それを説明してもいいんですが、その前にちょっとやることがあるんですよ。まぁ、ゆっくり見物でもしててください。」
 そう言うとメガネはメクロをそこに残したまま、混雑したトイレへとゆっくり歩いていった。

 (バカめがぁっ!待てと言われて待つヤツがいるかっ!)メクロはジリジリと後ずさりし、メガネがトイレの入り口のドアから中に入り、その姿を消した瞬間、一挙に二階目指して走り出した。そして、自分の部屋のドアをもどかしそうに開けると、机の上に大切に置いていたギメガ帳を・・・
ないっ!ギメガ帳がないっ!机の上、下、横、床、ベッドの下。全て探して、ないっ!ないないないっ!

 (あ、あのボウズ!)ニコッと笑う、可愛い少年が頭に浮かび、少し心が温かくなる。
 (ち、ちがうっ!)メクロは激しく頭を振り、その映像を打ち消した。
 今、メクロは全てを理解していた。
 メガネのあの落ち着き、あの状況でのトイレ行。
 そうっ!あいつはギメガ帳を盗ったのだ!
 どうやってかは知らんが・・・。
 あいつだ!あいつだ!
 でも、あいつはあれを使えないはず!猫に真珠・・・貝?(だっけ?)えぇ~い、そんなことどうでもいいっ!
 「くそっ!くそっ!くそっ!」メクロは吼えた。
 この状況にまさにぴったりの言葉だった。


(第二十七話に続く)

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