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東京のSMバーに行ったら身体を改造された話②〜歓喜の予兆〜

前回の記事はこちらです。


歌舞伎町とはうってかわって、その夜の西新宿は静かでした。

居酒屋から漏れる橙色の光の中を、夏の湿度の高い空気が満たしています。
Googleマップを頼りにあちこち行きながらやっと辿り着いたビルの玄関には、鍵のかかった門がありました。横にはインターホンがあります。気分の昂まりと少しの不安とともに部屋番号を入力し、「呼出」ボタンを押しました。明るい女性の声がして、鍵の開く音がしました。

門の先のエレベーターを登ると、妖しい光の中から綺麗なお姉さまが「いらっしゃい」と出てきました。ボンテージ姿です。まだ観光気分の私は、さっそく女王様にお会いできたことをきゃあきゃあと喜びました。

お店に入ると目の前にさまざまなSMグッズー鞭や首輪、尻尾つきのアナルプラグなどーがぶら下がっていました。それを横目に革張りの黒いソファに座って、簡単にシステムの説明を受けます。一杯目のドリンクをそれぞれ注文し、しばし談笑していると、お兄さんが横にやってきました。


普通のお兄さんでした。
普通のポロシャツに、普通のチノパンでした。
ボンテージやバニー姿の煌びやかなお姉様がいらっしゃる店内で、むしろ浮いて見えるほどに普通の格好をしていました。

「はじめましてー」と跪きながら挨拶する声は落ち着いています。青いライトに照らされているからでしょうか、普通の格好をしているのに、さりげない所作が妙に色っぽく感じました。

「緊縛師の〇〇ですーよろしくお願いしますー」
緊縛師!それを聞いた私は喜びました。もしかしたら真昼さんに緊縛体験をさせてあげられるかも、と。真昼さんとは以前から「縛られてみたーい!」と盛り上がることがありました。私ももちろん関心があったのですが ーー今思えば縛られたくて仕方なかったのですがーー ここは真昼さんに譲ろうと考えていました。

プロの仕事です。当然料金がかかると思っていたのですが、ここでは緊縛それ自体に料金はかからないそうです。なんと良心的な方。
私は真昼さんに「やってもらいなよ」と目配せをしました。

ところが、真昼さんは私に譲りました。「東京に住む私はいつでも来れますし、なるはたさんどうぞ」。理屈はわかります。その申し出をありがたく(内心しめしめと)受け入れました。

「では、早速もうお願いしていいですか?」

私は友人二人の前に立ちました。どきどきしています。
期待と好奇に膨らんだ胸の前にするすると縄が通され、ノースリーブの二の腕に縄が食い込みました。ここまで入店から10分も経っていませんでした。

縄が存外速く肌を這っていくと、ビリビリと頭に電流が走るような感覚がします。
あれ、と期待の中に一抹の不安が生まれました。
この感覚を私は知っています。快楽です。

上体がキツく締められるとさらに強い電流が流れます。声が漏れそうになります。
しかし友人の前、情けない声は聞かせられません。

人前、それも初めてあった友人の前で絶対に感じてはいけないはずの快楽。
期待と好奇でいっぱいだった心はすぐに羞恥心へと変化しました。
私は「全然なんでもないよ」風を装うと決め、ニコニコ笑顔を顔に貼り付けます。
すごいねー、今までのと全然違うよ!とあくまで元気に友人と会話します。

「集中して。」

耳元で叱られました。さっきまで丁寧語だったお兄さんが、私に強く端的な言葉で指示を出す。貼り付けた笑顔がハラハラと剥がれ落ちはじめました。
一層強い縄の感覚が侵食してきます。

集中して。集中して。集中して。
さっきの言葉がいまだに耳に張り付いて私に命令してきます。

快楽に集中して。みんなの前で。

「まだ入って15分しか経ってないんだよ!」ビデオを回す真昼さんがゲラゲラと笑っています。夜中さんは目をまんまるにして私を見ています。
嘲りと好奇の眼差しに耐えられず、思わず目を逸らしてしまいます。

しまった、やらなきゃよかった。
後悔の強さに比例して、なぜか快楽は一層強まります。
私はひどく戸惑いました。
これ以上は駄目だと制止する理性と、未知の快楽に歓喜する身体。

理性と身体との強烈な摩擦が、魂の表皮をめくり取っていきます。
必死に抑えていた声が漏れるまで、そう時間はかかりませんでした。


③に続きます。


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