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「私はつばめ、ペアゴルファーつばめ!」  第1話


『あらすじ』


 逆境。これは今までうしろ指をさされてきた者と、栄光ののち見限られた者が10年のときを経て再会し、ペアゴルフの伝説になる物語。
 2027年。夏の全国大会において、長崎東西高等学校は女子だけのペアとしては全国でゆいいつ県大会を勝ち上がった。
 過去の事件のトラウマから木製クラブしか使えない大空《おおぞら》つばめと、進行する病気の影響で年々筋力が衰えつづける水守美月《みずもりみづき》が、全国大会を舞台に躍動する。
 やがて水守の病やかつての事件が10年の時を越えて二人を襲う。
 奪われた宇宙クラブのゆくえは?
 2028年ロサンゼルスオリンピック頂点の夢は?


『本編』


【ナレーション】202X年、ゴルフは時短の炎に包まれた。

(マスターズのような歌)

【ナレーション】15世紀に競技として成立したゴルフは、遠く地球の裏側スコットランドにて産声をあげました。日本へは明治に伝来、現在は戦後期の第1次ブームやバブル期の第2次ブームをもしのぐ、第3次ブームに沸き立っています。

《ゴルフ場の建物、出場選手、フェアウェイ、バンカー、グリーンフラッグを丁寧に見せつつ》

【ナレーション】その発端は2020年。歴史的大疾病により抑圧された日々を過ごした人々が、伝統に風穴をあける革新の嵐を巻き起こしたのです。ゴルフが手にした新たな可能性という名の両翼、それは————
 『時短』、そして『ペア競技化』でした。
 ときは流れて2027年。今や隆々たるペアゴルフ界が、高校生たちの頂点を決める祭典を新たに設けます。その名は全日本高校生ファストペアゴルフ選手権大会。その記念すべき第1回が今。

【進行】改めましておはようございます。
 全国津々浦々の高校生たちが待ち焦がれた、来たるべきこの日を迎えました。第1回全日本高校生ファストペアゴルフ選手権大会を、栃木県にあります皐月ゴルフクラブ佐野コースよりお届けいたします。
 本日の解説には元プロゴルファーで、現在全日本プロファストゴルファー協会の理事であられます上野真冬《うえのまふゆ》さん。進行はわたくしこと東中央テレビの高木翔《たかぎかける》にてお伝えしてまいります。
 本日はよろしくお願いいたします。

【解説】んよろしくお願いしますぅ。

【進行】全長9763ヤード、パー76。栃木県佐野市の避暑地にも響くのはセミの声。その音を背負い、熱気でゆらめくティグラウンドにさっそうとレモン色のユニフォームで現れましたのは。
 長崎県代表、長崎県立長崎東西高等学校の大空です。大空つばめ、1年生。
 その体躯からは想像もできないような飛ばし屋で、幼稚園年長時には小学生以下の世界記録を塗り替えて一時話題となりました。

【解説】へぇ。
 アタシのウエストくらいあるいい太ももをしてるわぁ。

【進行】ところがゴルフの成績そのものはあまり良くなかったようです。

【解説】ウフフ、ちびっ子でよくある話よね。遠くへ飛ばすことばかりにかまけちゃう。
 日に焼けた境界線を隠しきれない、白のタイトスカートが目にまぶしいわ。

《すそを下に引っぱりつつ丈について注文をつける大空つばめ。その苦情を半ばあきれながら受けるのはペアを組む水守美月》

【大空】「ちょっと美月ちゃん? やっぱこれって短くない? いくらなんでも短すぎると思うんだけどっ!」

【水守】「今さらですね。デザインなんて例年と同じですのに。はぐらかしながらずっと放置していたのはどなた? それを問いつめたら開き直って、すべて任せるとおっしゃったのはつばめさんではありませんか」

【大空】「そうだけどもぉ〜。ほったらかしにも丸投げもしたけれど。手渡された時に面積ちっさと思ったけどもっ。実際に着たらさらに短かくて! 今日ひさしぶりに着たらもっともおっと短かったの!」

【水守】「知りませんよ、また一段と成長されたのではありませんか?」

【大空】「成長って? ふ、太ってなんか! ……たったの900グラムだけだも〜ん」

【水守】「わたくしはいつも通りの丈ですので気になりません」

【大空】「それは美月ちゃんがモデル体型だから言えるセリフ! ボクはほら、見てよコレ! この人一倍たくましい太ももが、あろうことか大衆の面前に! あまつさえ全国のテレビに!」

【水守】「さ、いつまでも駄々をこねていないで。始まりますよ」

【進行】大空からひときわ大きな声が出ました。なにやら賑やかなティグラウンド周辺ですが。
 これから始球式に移ります。

【解説】組み合わせ抽選一番くじの大役ね。緊張よぉ〜。
 え待って!? あれ見て、大空ちゃんのウッド。
 今どきめっずらしいわぁ。

【進行】大空の手に握られているドライバーはパーシモン製。現在ではなじみの薄くなった、ヘッド部分が柿の木でできた1番ウッドです。
 シャフトも木製、ヒッコリー材のこだわりよう。どうやら現役高校生唯一のパーシモン使いのようです。

【解説】へぇ、飛距離にはそうとう不利なのに。
 プロなんて皆無なんだから、競技ゴルファーに限れば今や唯一の使い手なんじゃないのぅ?

【進行】おっと?

【水守】「では。そろそろ参りましょうか」

【進行】同じ1年生の水守もティグラウンド上に出てきました、か?
 長崎東西高校の水守美月。レギュラーゴルフの小学生大会ではなんと、全国優勝をした経験もあります。

【解説】さっきからどこかで聞いた名だとは思っていたのよ。
 あいかわらずの美人さんよねぇ。お人形さんが一転、モデルになって帰ってきたじゃない。

《大空の横にならんで遠くの旗へ目をこらす水守。ともにドライバーをたずさえて》

【解説】あのそぶり。まさか一緒にアドレスに入るとでもゆうのかしら?(『いう』を『ゆう』とするのは上野の口グセ)

【進行】ふたり一緒にスイングを行うと? もしそうなら意外な展開、非常に珍しい事例となります。競技ゴルフの公式戦では前例がありません。

《水守がティアップする》

【コースレポート】放送席? 放送席の高木くん?

【進行】赤井さん。
 ご紹介が遅れました。本日最初の試合となる、長崎東西高校対茅ヶ崎学園高校についてコースレポートをしてくださる『世界の赤井』。
 全日本ゴルフツアー機構会長兼シニアプロゴルファーの赤井勇《あかいいさむ》さんです。

《真剣な表情の水守がボールに対してクラブを構える。大空もその横で構えるが、しかしボールはない状態》

【コースレポート】つばめくんと美月くん。
 片やアイアンを一切使えず、片や飛距離が壊滅的。そんなふたりが出会ってどんなペアが生まれたか。
 これまで周囲からうしろ指をさされてきた者と、栄光ののち見限られた者。そんなふたりが全国の大舞台で化学反応を起こし、誰しもが驚く大輪の打上げ花火を咲かす。
 その瞬間を見届けてよ、彼女らの戦いを。

【解説】へぇ、あの赤井さんに目をかけてもらえるだなんて。
 妬けちゃうわね!

【進行】さあ始球式、まず第1打は水守から。
 打ちまし、おっと!?
 左に大きく引っかけた!

【解説】あらら、緊張したかしら?

《水守が放った打球は左にしつらえた滝へと向かう。対戦相手からは「フォア!」と、観客に対して身構えるよう大きな声が飛ぶが、大空は我関せず次なる行動に備える》

【進行】おや、振りかぶります大空。スイングに入った!?
 これはいったい?

《大ひっかけのボールが即座に滝の大岩に当たってはね返り、大空を襲うあわやの場面》

【解説】危ないわ!

《赤井の目が光る》

【コースレポート】行け! つばめくん!

【解説】赤井さん?

《ボールは大空の足もとへと飛び、大空が直接ドライバーではね返す》

【大空】「この一打で小鳥《つばめ》は鷲になる! 第一の奥義、タイタン・オブ・イーグル!!」

【進行】これはっ————!

【解説】ウッソでしょおおお?

【大空】「いっっっっっっけえええええええええ!」

【進行】ええっと。今のはどういったショットだったのでしょうか。

【解説】トラブルでは? なかったとでもゆうの?

【コースレポート】放送席?
 すごい飛距離が出てるはずなんだよ。こっちからは見えないから早くボール追って、早く。

【進行】はい、カメラがまだ滞空中の長崎東西ボールを捉えています。
 どうでしょうか?
 ようやく落着したのはなんとグリーン手前! いきなりグリーン近くにつけてきました!

【コースレポート】いいや。
 だったらそれ、乗るよ。佐野の1番はランが出る。

【解説】まさかですよ赤井さん、410ヤードを高校生が? パーシモンで!?

【進行】それも女子の、1年生ペアがですか?

【コースレポート】まあ見てなって。

【進行】ボールの勢いはなくなったが? 赤井さんがご指摘のようにまだ力を残しているのか?
 なお、視聴者の方々もすでにご承知のとおり、ファストペアゴルフでは時短のためパットをいたしません。
 パー4の場合、3打でグリーンに乗せればその時点でパーとみなされます。2打で乗ればバーディ。もしも1打で乗るようなことがありますと————!

【大空】「ぃやったあ! 乗ったよお美月ちゅわんんん!」

【水守】「あきれた、グリーン上がここからで見えまして?」

【大空】「だって。見えるんだも〜ん」

【進行】なんと始球式が1オン! イーグルです!
 パー4のグリーンに一打で乗せましたのは長崎東西高校! 水守・大空ペアがスタートホールでいきなりイーグルを決めましたァーーーーッ! 

《強めのハイタッチで互いを讃える長崎東西ペア》

【水守】「……痛いです」

【大空】「そう? もっと喜びなよぉ」

【水守】「それよりも。なんです今のは。技名だって恥ずかしいのを我慢していますのに、その上『第1の奥義』だなんて内緒でつけ足して」

【大空】「バレた? だってえ、かっこいいじゃない?」

【水守】「理解に苦しみます。それにまだ第2も第3もないではありませんか」

【大空】「いいのいいの、言わなきゃバレないんだから。あるって思わせるのも作戦のうち? それにこれからぜったい増えるって。『フッ、次は第2だ』、とかさ。なんならブロックサイン出すよ?」

【進行】大空の、水守に対してのVサインが光ります! この大舞台で世界初となる大技を決めたのは、長崎県代表・長崎県立長崎東西高等学校!

【水守】「ですから、叫んだことで全国にぜんぶ開示してしまっているではありませんか。技名も、番号も」

【大空】「そっか、そいつは……やってしまったねぇ。でもぉ、声に出した方が飛ぶんだよ、試したもん。だって黙って打った結果、グリーンに届かなくなったらヤでしょ?」

【水守】「もしや新手の脅迫です? 練習のときのように、剣道や砲丸投げみたいな気合いではダメなのですか」

【大空】「だって。かっこいいじゃない?」

【進行】どうした水守、ひざから崩れおちましたが? 緊張がとけて力がぬけたか。
 しかし見事なショットでした。
 ソロであるファストゴルフには存在しない、ファストペアゴルフ最大の特徴、通称『3秒ルール』。それに則った見事な新型ショット。

【解説】厳密には『ペアを組む2者のスイングは、3秒以内に終わらなければならない』、ね。
 新打法はこれからいくらでも出てくる、今の一打はそれを予感させるものだったわね。

【進行】長崎東西のふたりがまさに、新時代の到来を見せつけてくれました!

《大歓声の中雄々しく立つ水守と大空》


 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


《スポーツニュースでペアゴルフ1回戦のハイライトを紹介》

【男性キャスター】続いてはスポーツ、緑川アナと上方嵐の梅ノ木さんお願いします。

【女性キャスター】はい! ではいま話題のペアゴルフから!
 栃木県にあります皐月ゴルフクラブ佐野コースにて開催中の、夏の高校生大会。本大会の始球式ともなった、長崎県代表・長崎東西高校の大空・水守ペアが放った第1打。水守選手が左へ曲げますが、驚いたことにこれ、ミスショットではないんです。間髪入れずに跳ね返ってきたボールを大空選手が打ち返し、そのボールは見事に前へ!

【アイドルキャスター】ウッソでしょ! これ、どこまで飛びますのん!

【女性キャスター】この一打に茅ヶ崎学園は脱帽、ギブアップを宣言して長崎東西がこのホールを奪取しました。その後も終始圧倒した長崎東西がそのまま1回戦を突破しています。
 この1番ホールで披露した、ティグラウンド上で横一列に並んだアドレスでのデュアルショットが世界初だったんですよ!

【アイドルキャスター】同じデュアルショットでもサイクロンなんかは前後ですもんね。あんなのよう考えるわホンマ。
 しかし負けた茅ヶ崎学園もいいキャラクターをしてはっただけに惜しかったですわ。見てました? 角野選手がめちゃくちゃダフってから打つデコピン打法。

【女性キャスター】デコピン打法? 角野選手の命名ですか?

【アイドルキャスター】ちゃいますちゃいます、勝手に名前をつけただけですわ見た目で。
 ボールをミートする直前でめちゃくちゃダフってはったんですよ。それからボールに当てるいうショットで。

【女性キャスター】ええっと、たしかVTRでは雷獣ショットとか。
 チラッと映りましたがそれ、ミスショットではないと?

【アイドルキャスター】せやからデコピンみたいに、地面で固定している状態で限界までシャフトにしなりを持たせ、それからボールに当てるんとちゃいます? 知らんけど。
 実際めちゃめちゃ飛ばして長崎東西を苦しめてましたよ。

【女性キャスター】なるほど、その打法はペアのみならずソロゴルフでも活かせそうですね。
 っさて!
 続いての話題もペア。現在地球の裏側・南米で開催されています、スキージャンプ・ペアです。


 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


《明けて2日目、2回戦。台風の影響下に入り、風速14メートルの強風、横なぐりの雨》

 ここはセントアンドリュースか、はたまたペブルビーチか。
 つむじ風舞うティグラウンド、どころでは済みません。きのうとは打って変わり、ピンフラッグがありえない角度に傾いています。

(例の、マスターズっぽい歌)

《大空たちはカッパ姿》

 風による遅延を見越して30分、予定時刻をくり上げての開始となったため選手はすでにスタート。ところがさっそく遅れが生じています。
 1組目の選手たちは現在2打目地点に。

《目を細める大空、カッパのフードを後ろでおさえる水守》

「うわっぷ! すっごい横風」

「ここから両側にあった林がなくなっています。普通にまっすぐ打ったならOBまで連れていかれるでしょう」

 おっと?
 難波実業の選手が長崎東西に接触しますね?

「そないでもあらへんやろ」

「んう?」

「自分のドライバーは一切曲がらへんらしいやんか。ここで見せてえな。あ、ワイは沢村いうねん。よろしゅう」

「なに? もしかして揺さぶり?」

「そないなセコいモンとちゃうちゃう。んで? どないやって攻めんねん自分」

(ダメよつばめ、惑わされちゃ。集中集中!)

 なにごとか話しかけたのは難波の沢村。しかし大空は相手をしません、離れます。

 ウフフ、大空ちゃんには無視されちゃったようね。

「ごめんなさいね難波実業の方。あの子まだ緊張してて」

「かめへんかめへん、悪かったな邪魔してもうて」

(ほんとだよ、まったく)

「さあ、つばめさん? わたくしたちはわたくしたちの仕事をいたしましょう」

「そうだね。それで? どう攻める?」

 直ドラね。
 打ったわ、至極あっさり。

 大空が打ちました、これはいい。横風にあおられるのを計算に入れて右へ大きく外したボールが、曲げられて戻ってきます。

「ナイスショットですつばめさん」

「んま、あんなもんでしょ」

《打った大空が得意げにクルクルと回してドライバーを納刀》

 いい位置につけた長崎東西は3打目で勝負します。
 続いては、なんら危なげなく地区大会と1回戦を突破してきた難波実業。いつも冷静なマネジメントに定評のあるキャプテンの小川と、ここぞで使う博打的なショットを得意とする沢村です。

「なんや自分ら、めちゃめちゃ普通に打ったやん。それともナニか、ワイら相手には必要あらへんいうことか?」

「なんのこと?」

「まあええ。しゃあないからこのホールはウチの方が見したるわ。本当のふたり打ちいうやつをな」

「デュアルショットや言うてるやろ。なんべん言うても覚えへんな悠太《ゆうた》は」

「せやったせやった。せやけどええやんなんでも。ショット自体にはカッコええ名前をつけてあるしやな」

「それもオレがつけたったやつやろ」

「やかましわ、細かいことはええねん。とにかく、自分らには高校生初を先越されてもうたさかい、その恨みを晴らさなアカンねや」

「地方予選でつことったらええのに温存しよ言うたのは悠太やんけ。秘密兵器や言うて」

「うっさいねん鉄幹《てっかん》は! ザコしかおらん地元で使うてどないすんねん。死体蹴りなんかしてもうたら即ケンカやぞ」

「ほな昨日つことったら良かったんや。ピンチでもなんでもあらへんとこでつこたらカッコワル言うて。せやからおまえのは逆恨みやで」

「アホンダラァ! おまえはどっちの味方やねん!」

(あはは、まだやってる。もしかして漫才?)

(シィッ! 聞こえますよ!)

「とにかく、運がええでほんま。自分らはここでサイナラや。今日の午後にはあったかぁいお家に帰れるで」

「なッ! こんの……!」

「やめてくださいつばめさん」

 おっと? 難波実業と長崎東西の間にトラブルか?
 にこやかに話していた両校が一転、にらみ合いを始めましたが?

 あふん! いいわよねえ、若いって。しみじみ感じるわぁ〜。
 男子なんかやっつけちゃえ大空ちゃん、水守ちゃん!

「どちらも落ち着いて。これはゴルフ、紳士淑女のスポーツなのよ。それをわかっていて?」

「わかってるよ美月ちゃん。この怒りはゴルフで返す」

「そうできたらええなあ? ま、このホールはウチがもろたがなあ」

「くっ、この!」

「行・き・ま・す・わ・よ、つばめさん。次は彼らの打順です」

 水守が大空の腕をひっぱりわきへと下がりました。一時は場が緊張いたしましたが。

「なぁんや、つまらん」

 いやあ、今の若い子たちは大人しいから、あれくらい血気さかんな方がいいよ。勝負事なんだ、戦いなんだよ。あのくらいの方がちょうどいいんだって。

 意外に赤井さんも武闘派とわかり、報道陣は武闘派多数となってしまいましたが。スポーツ選手なんです、借りはプレーで返すということで。

「とにかく見したるわ、これがワイら難波の必殺ショットや」

「?」

 おっと難波実業、ショットルーティーンに入ったかと思いきやもう打ちます。

「いくでぇ悠太!」

「いつでもええど鉄ぅ!」

 小川打ちました。おや、ボールは?

 え待って!?
 ウエッジよあの子! 真上に打ち上げたわ!?

「ホンマは真上がええねんけどなあ、鉄幹の腕前やとちょい前に行くねん。これやとティグラウンドからも出るし、どうせ高校生初や言うてもらえへんしなあ。はあ、メンド」

「やかましわ。はよ打たんかい」

「こないなモン目ぇつぶったまんまでも打てるがな」

 小川が横にはけ、クラブ片手にゆったり出てきたのは沢村。ボールが落ちゆく先で待つのは沢村です?
 まさか!

 あの子たちも持ってたのよデュアルショットを!
 海外ではすでにトリッキーなショットが次々に生まれているって知らない? やったわ! 日本のユースもいよいよ、デュアルショット元年よォ!

「まぁやっと使える相手と戦えるっちゅうこっちゃ。喰らって田舎に帰りぃや!」

「これがオレらのあみだしたサイクロン改良型!」

「いくでえ! サイドぉワインダーーーーッ!」

《落ちてきたボールを沢村が、ノーバウンドのままドライバーで打つ》

 低い低い!
 なんなのあれ、低すぎるわよあの打球! あれは普通のサイクロンじゃない!

 放った打球は異様に低い! まるで芝の上を転がるかのように地面スレスレの超低空を飛びます!

 世界ではもっともポピュラーなふたり打ち、サイクロンだな。しかしまさか高校生でも使い手が現れるとは。

「風をものともせずまっすぐに? それに打ち出した角度が普通じゃない、地を這うかのよう——」

「ッ……!」

「オイオイオイ。なんや、声も出ぇへんやんか」

「そないに驚いたか?」

「無理あらへんけどな、これがワイらのサイドワインダーや。まあ、ワイが提案しとったタイフーンホバークラフトの方がもっとええ名前や思うねんけどな」

「なに言うとんねん超絶ダサやろ。普通がええねん普通が」

「ワイのオトンの案を悪ぅ言うなや! なあ長崎東西? ええ〜思うやろタイフーンホバークラフト」

「言い得て妙ですね、ホバークラフトならサイドワインダーよりはものの実態を示しているようには感じます。それに——」

「なんや? それに?」

「理屈ではわかっても、実際に打てるかは」

「ふふん。まあムリやろなあ」

「そう、当てるのはボクにだって難しくない……。でもあれだけ低く打つのは……」

「ウエッジとはいえ、フルショットをほぼ真上に打ち上げるだなんて。プロの一部が大人の筋力と精度でやっとの芸当を」

「気がついたみたいやな。まあ普通はできへんやろなあ、普通はなあ?」

 これは大変なことになりました! 新たなデュアルショット使いの登場です! これで本対戦は、本大会初のデュアルショット使い同士の対決となりましたァ!
 っと? ようやくボールが地面へと落ちます。この台風の影響下、それをものともせずに突き進んだ先はグリーン手前! それも長崎東西を楽々キャリーで超える大飛球だ難波実業!

 かなりランが出ているわ。
 アレ、もしかしたらそのまま乗るんじゃない?

 数ある水たまりでブレーキがかかるかと思いきや、水切りのように表面を滑っているようです! 通常よりも伸びる! まだまだランが出ます!

 すさまじいバックスピンだからよ。
 まさか、グリーンに乗ったら急激に止まる?

 グリーン周辺で待つギャラリーからはひときわ大きな歓声、そのまさかが起きました! 乗せてきたぞ難波実業ォ!
 この長大なパー5、10番ホールでなんと2オォン!

「なんてこと……。あの距離の打ち上げを、この風の中で乗せて?」

「ぐぬぬ……!」

「もろたで!」

「はは! 乗ったか? もうけもうけ〜」

 難波実業の見事な2オンでスタートホールを落としました長崎東西。小川・沢村ペアはボールの回収を大会スタッフに任せ、ゆうゆう11番ホールへと向かいます。

「ほなちゃっちゃと次いこかー」

「せやな。時は金なりやで」

「つばめさん……」

「あの人たち、口ばっかじゃない。本当に強い……!」


 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 さて、映像は変わって1組目です。
 12番ホール。長崎東西が映ってきました。台風の中、バンカーにつかまってしまいました水守・大空ペア。果敢にドライバーでアドレスしますが。

 本当にドライバーなの? ムチャするわぁ。

 他の組を追っているあいだに難波実業はなんと2ホールを連取、早くもこの対戦に王手。レギュラーゴルフの名門校はやはり、ファストゴルフでもその存在感をありありと示します。
 一方の長崎東西。スタートホールに続き11番も落とし、もしこのホールも落とそうものなら敗退が決まってしまう場面。水守・大空ペアには正念場です。

 ここからグリーンへはウッド以外で届かないのが痛いわね。あの1メートル半はあるアゴを越えられるかしら。
 心配ね。

「おいおいおい、せめて名物ホールの14番までは行ったってや? このままやとこのホールで終わりやで」

「ねえちょっと、邪魔しないでくれる? それとも、地元ではスイング中にチャチャを入れるのもマナーのうちなのかな?」

「コンノ……! せっかく純粋に心配しといたっとるのに」

「にしても、ここらには跳ね返してくれるもんはあらへんしやな。お手なみ拝見やで」

「頼むからワイらには当てんといてくれるか? 自分らの打球はさぞ痛いやろしなあ」

「ぐぬぬむぅ!」

「さ、交代しましょう」

 制限時間ギリギリまで可能性を探っていた大空があきらめてバンカーを出ます。水守とバトンタッチ。
 やはりウッドはやめるようですね。どうやら普通に打つもよう。

 表情はすぐれないわね。

 水守がバンカーから出したボールを、即座に大空が打ちます。

 オーソドックスなペアの連続ショット。華はないけど手堅さはあるわ。

 距離はあるが? どうだ?
 ああ〜、オンならず! 距離は届いたが風に負けた、読みきれなかったか?

 いや、砂だろうな。
 バンカーの濡れた砂がボールにびっしり。どれだけ回転を伝えられたかわからんよ。だから届かなかった。

 なるほど、砂ですか。
 先に2打目でグリーンを外した難波と並び、これで12番ホールはおそらくイーブン、長崎東西はさらに半歩後退となります。

 このホールは難波の1打目が深いラフにつかまったんだ。初めて長崎東西が前をいく展開となったんだが結局、このチャンスを活かせなかったなあ。

 本大会唯一残った女子ペアの快進撃もここまでかしら?

《両校が無難にグリーンに乗せる》

 ホールアウトします。12番。
 このホールは痛み分け、キャリーオーバーとなる1ポイントをプールしつつ互いに0.5ポイントを加算、難波実業が2.5ポイントとしてこの対戦に王手。
 一方の長崎東西はこの試合初のポイントとなる0.5ポイントを獲得。しかし長崎は、3ホール目にして早くもあとがなくなりました。
 ここでCMをはさみます。


#創作大賞2024 #漫画原作部門


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