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第6話 豊穣の女神デメテル登場

6. 復習(2) be動詞の否定文/疑問文への書き換え問題の解法

(5月5日 教室④)

まだ夜明け前だった。
小高い丘の上にある古い一軒家の庭先で、1人の男が黙々と穴を掘っている。
ガツッ、ガツッ、という乾いた音だけが、しんとした冷たい空気の中に響き渡っていた。
何を埋めるつもりなのか、長四角に掘られたその穴は、すでに棺桶でもすっぽりと納まるくらいの大きな穴になっている。
男は時折、庭木戸に掛けられた女性用の赤いカーディガンに眼を光らせては、不適な笑みを浮かべ、次の瞬間にはまた黙々と作業を続けるのだった。
さて、黒い空が紺色に変わる頃、1羽のカラスが、
アー、アー、アー、アー
と、不気味な鳴き声を上げた。
それを聞いた男は、まるでそれが何かの合図であるかのように静かに手を止めた。
男は汗だくで、息も荒かった。
作業が終わったのか、男はスコップを持ったまま穴から2メートルほど離れると、しばらくの間、息を整えながら穴をじっと見つめていた。
夜明けとともに生温かい風が吹いてくる。
すると、男はまた庭木戸に目を向けた。
赤いカーディガンの袖が寂しそうに靡いている。
まるで、囚われの身の少女が、絶望したこの世の中に別れを告げているかのように。
アー、アー、アー、アー
男は、今度はズボンのポケットに手を差し込み、中から煙草の箱を取り出した。
一連の作業で、それは見事につぶれていたが、男は構わずそこから折れ曲がった煙草を1本器用に抜き取り、火を点けた。
一服しながら、腰にぶら下げた携帯ラジオのスイッチを入れると、ここ2、3日、世間を騒がせている女子中学生失踪事件のニュースが流れてきた。
それを聴いているのかいないのか、男はまた目の前の穴をじっと見つめ直すと、おもむろに、にやっと笑みをこぼすのだった。――
「おしっ。これくらいでいいだろう」と、男は呟いた。「あとは園芸用の土を入れるだけ、っと」
――5分やったら55分休む俺にしてはよく頑張った。少し休憩しよう。テレビや映画でよく、山奥に死体を埋めるシーンがあるが、あれは余程の時間と労力を要するということがわかった。とてもいい勉強になった。
アー、アー、アー、アー
「役目は終わった」と言わんばかりに、カラスが去っていくと、
「お前はそこに、何を埋めるつもりだ?」
と、どこからともなく女の声。
「はっ、今の声は? ははぁ、失礼いたしました、……豊穣の女神デメテル様」
デメテルは、穀物と豊穣の女神で、最高神ゼウスの姉にあたる。ローマ神話ではケレス(Ceres)、英語読みでシリーズと同一視され、cereal(=「穀物(食)」の意)の語源である。
しかし、女神の姿はどこにも見当たらない。
俺は畏れ慄き、2、3歩あとずさりした。
すると、
「バカ、動くな!」と、女神の声。
「え?」
「足元をよく見てみぃ!」
「は?」
見るとそこには、1匹のミミズがひょっこりと顔を出していた。
ミミズはデメテルの化身だった。
「え? デメテル様? こりゃまたお粗末なものに、……」
「何よ! バカにしてんの?」
「いやいやいやいや、……」
「ところで、お前、何やってんのさ? 死体でも埋めるつもり?」
「まさか。畑を作ってるんですよ、畑を」
「畑?」
「ええ。よろしかったら、デメテル様も手伝ってくださいませんか?」
「やんだ」と、なぜか仙台弁で、あっさりと断られた。
「で、ですよねぇ、……」
「で? 何を植えるつもり?」
「キュウリにトマトに、……それと枝豆なんぞ」
「あらー、いーごだ」
デメテルの流暢な仙台弁で、俺はすっかり気を許してしまった。
――鮮緑の朝採りキュウリをカプリといただく、……んー、この歯ごたえがたまらん。果肉と果汁がぎっしり詰まった真っ赤なトマトは、冷やさずそのままかぶりつくのが通、……あー、うっめぇぇぇえええ! そして、茹でたての枝豆をつまみに昼間っからビールで乾杯、っと。
「おい、タムラ」
「……」
「おいっ!」
「ん?」
「何、一人でにやにやしてんのや? 気持ち悪っ」
「え? す、すみません」
「でもさぁ、どうせ作るんだったら、もっと広い畑にしたらぁ?」と、豊穣の女神が言う。「せっかくこんだけ広い庭があんだからさぁ」
――確かに。家庭菜園ながら、今年は大量生産を企んでいる以上、畑は広いに越したことはない。
「そうですね」
「たくさん作って、夏にはみんなでバーベキュー! なんてのは、どう?」
「おぉ、……いいっすね。んで、やりますか」
――人をもてなすのは大好きだった。が、時としてかえってそれが仇となることもあった。人の得ばかり考えて自分は損をする、……俺には昔から、そういう一面があった。貧乏暮らしで、あと1週間を手持ちの1000円で生活しなければならない状況にあるのに、困っている他人にその1000円を容易く貸してしまう大バカ野郎。締め切り間際、寝る時間を割いてやっと終わる作業をしているにもかかわらず、他人から「ちょっと頼む」と頼まれれば、すぐにそちらを優先して手伝ってしまう大バカ野郎だ。周りからは「自己満足のお人好し」「上っ面だけの偽善者」と言われかねないが、何と言われようと俺には関係ない。自分を変えるつもりもない。文句を言うのは勝手だが、そういう俺を変えようとして出しゃばる奴らは、たとえ親兄弟女房子供であっても俺は容赦なく捩じ伏せる。それが俺だ。
「ねぇ、ちゃんと私も呼んでよ!」
「え、えぇ、……もちろんですとも。(てか、呼ばなくても勝手に来そうな気もするんですけど)」
「ん? 何か言った?」
「い、いや、別に」
「あっそ。んでまず、頑張ってねー」
そう言って、朝の嵐は去っていった。

「どぉれ、やっぞぉ。と、そ・の・ま・え・に。これ、……誰のだ?」
「あ、パンドラの」
「庭木戸に掛かってたぞ」
「そーだ。この前来た時に忘れてったんだ。ありがとう、先生」
「あいよ。てなわけで、今日のテーマは『be動詞の否定文/疑問文への書き換え問題の解法』ね。ま、前回同様、復習になるけど、まずは<アテナの黙示録6>を見てみっか。

<アテナの黙示録6> 復習(2) be動詞の否定文/疑問文への書き換え問題の解法
【1】be動詞の否定文のつくり方
|★be動詞の否定文は、be動詞のうしろに not を入れてつくる。
||例)肯定文:I am a student.(私は学生です)
||||否定文:I am not a student.(私は学生ではありません)

いがぁ。まずは【1】から、否定文のつくり方ね。is/am/are の否定文は、is/am/are のうしろに」
「not を入れる!」
と、メドりんが声を上げる。
「おぉ、どうしちゃったの? メドりん。今日はやけに積極的だな」
「テヘ、こないだやったの覚えてた」と、屈託のない笑顔が教室の雰囲気を和ませる。
――勉強というものは、わかれば楽しいしヤル気も出るものだ。こいつらも最初から授業に集中して教師の話をちゃんと聞いていれば、ここまで落ちこぼれることもなかったはずだ。が、そうなってしまったのは決して彼らのせいではない。全ては、教師も親も周りの大人も含めて、指導者の責任だ。なぜなら彼らはまだ子供なのだから。そして相手が感情のある生き物である以上、指導者は「相手に何を教えるか」よりも、「相手とどう接するか」を大事にしなければならない。が、これがまた難しい。なぜなら指導者もまた、感情のある生き物だからだ。
「んだか。じゃあ、早速、I am a student. を否定文にしたら?」
「I am not a student.」
「そ。ここまで、いい?」
全員が頷いた。
「んで、次。今度は疑問文のつくり方ね。はい、【2】をご覧あそばせ。

【2】be動詞の疑問文のつくり方
|★be動詞の疑問文は、be動詞を主語の前に出してつくる。
||例)肯定文:You are a student.(あなたは学生です)
||||疑問文:Are you a student?(あなたは学生ですか)

is/am/are の疑問文は、is/am/are を主語の前に出せばよかったよ。そうすっと、例えば、You are a student. であれば、……はい、ヘラクレス、疑問文にしたらどうなる?」
「Are you a student?」
「そ。are を主語の you の前に出すだけだ。どってことないっしょ」
「うん」
ヘラクレス他、クラス全員が余裕の表情を見せる。
「じゃあ、The university is famous for the faculty of law and literature. を疑問文にしたら?」
「「「「「……」」」」」
教室内に突如、氷河期が訪れた。
英語が苦手な生徒というのは英文を与えられると、とかく日本語に訳そうとする傾向がある。
そして、わからない単語にぶち当たると、もうそこで終了、……諦める。
当然、テストでは点に結びつかない。
「いがぁ。どんなに難しい英文でも、ルールは同じだよ。今の英文の中にbe動詞は、ある?」
「……、ある」と、ソン太が答えた。
「うん。どれ?」
「is」
「だよね。てことは、それを『疑問文にしなさい』って言われたら、is を主語の前に出せばいいわけでしょ」
「うん」
「主語、っていうのは普通、文の始めにあるんだから、……」
「Is the university famous for the faculty of law and literature? ってこと?」
「そ。誰も『英文を訳しなさい』なんて言ってないからね。『疑問文にしなさい』って言われたら、ルール通りにやれば答えは出るはずだ。大体、あんたらはね、諦めるのが早すぎるの! 実際の高校入試の問題でも、わからない単語があるからと言って諦めるか、それでも今まで習ったルール(=英文法)を思い出して何とか解答しようとするかで、……ハッキリ言って合否が分かれるよ」
「「「「「……」」」」」
全員の眼がじっと俺を見つめている。
――何だ? 意外にみんな、話、聞いてるな。んで、もうチョイ、続けるか。
「いい? 俺はね、あんたらには、何が何でも志望校に合格してもらいたいのよ。そのためには、ここで習ったルールは自信を持って使ってちょうだい。そうすりゃ、志望校合格なんて、チョチョイのチョイだよ」
「絶対?」と、メドりんが聞く。
「絶対!」と、俺は即答した。
――人間である以上、「絶対」なんてことはあり得ないが、そのような一般論をここで語っても何の意味もない。自分に自信の持てない生徒にとって、頼りになるのは目の前の教師だけなのだから、教壇に立つ以上、教師は神であるべきなのだ。
「おしっ。んで、<スピンクスの謎6>をやってみっぞ。

<スピンクスの謎6> 復習(2) be動詞の否定文/疑問文への書き換え問題の解法
次の英文を否定文に書き換えなさい。
(1) These are my pens.
(2) My mother is from Kyoto.
(3) Tom and Ken are in the same class.
次の英文を疑問文に書き換えなさい。
(4) You are a college student.
(5) I am a good student.

はい、ヘラクレスから、(1)、……書き換えた英文読みぃ」

次の英文を否定文に書き換えなさい。
(1) These are my pens.

「These are not my pens.」
「そのとーし! are のうしろに not を入れるだけだ。ちなみに意味は?」
「これらは私のペンではありません」
「そ。はい、次、(2)、メドりん」

次の英文を否定文に書き換えなさい。
(2) My mother is from Kyoto.

「My mother is not from Kyoto.」
「そのとーし! is のうしろに not を入れるだけだ。ちなみに意味は?」
「私の母は京都出身ではありません」
「おしっ。次、(3)、パンドラ」

次の英文を否定文に書き換えなさい。
(3) Tom and Ken are in the same class.

「Tom and Ken are not in the same class.」
「そのとーし! are のうしろに not を入れるだけだ。ちなみに意味は?」
「トムとケンはいくつかの(×)」
「まてまてまてまて、some[サム](いくつかの)じゃないぞ。same[セイム] は『同じ』っていう意味だ」
「あ、そっか、じゃあ、『トムとケンは同じクラスではありません』」
「そのとーし! まぁ、some と same は似てるけど、全然違う単語だからね、……この機会に覚えとこ。はい、次、(4)、今度は疑問文だな。ソン太」

次の英文を疑問文に書き換えなさい。
(4) You are a college student.

「Are you a college student?」
「そのとーし! are を主語の you の前に出すだけだ。ちなみに意味は?」
「あなたは大学生ですか」
「そ。ちなみに yes で答えたら?」
「Yes, I am.」
「おぉ、no だったら?」
「No, I’m not.」
「おしっ。『あなたは~ですか』って聞かれてるんだから、答えるときは『はい、私は~です/いいえ、私は~ではありません』だもんね。いでしょ。はい、ラスト、(5)、オルっぺ」

次の英文を疑問文に書き換えなさい。
(5) I am a good student.

(……)
「……、オルっぺが思った通りで、あってるよ。ルール通り、ルール通り、……はい、自信を持って」
(Am I a good student?)
「そのとーし! am を主語の I の前に出すだけだ。ま、あんまり見かけない疑問文かもしれないけど、ルール通りにやれば間違いない。ちなみに意味は『私はよい学生ですか』だけど、これに yes で答えたら、どうなる? 『私は~ですか』って聞かれてるんだから、答えるときは『はい、あなたは~です』だよね」
(Yes, you are.)
「そのとーし! no だったら?」
(No, you aren’t.)
「てことさ。ま、これもあまり見かけない答え方かもしれないけど、全然アリですよ。以上、通してどっか質問ある?」
「先生! あの穴、何?」と、パンドラが窓の外を指差して言う。
「ハハ、……あれね。畑を作ってるの」
「え? 畑? 何、植えるの?」
「まぁ、……キュウリとか、トマトとか」
「えー、いいなー。パンドラ、夏野菜、大好きー!」
「アタシも!」と、メドりん。
「俺はトウモロコシがいいな」と、ヘラクレス。
「俺はピーマンかな」と、ソン太。「オルっぺは?」
(え? う、うん、……僕はナス、……かな)
「じゃあ、みんなでバーベキュー、やろうぜ!」と、ソン太が言う。
――マジでか?
「賛成!」と、ノリノリのパンドラ。「先生、スイカも作って」
――ス、スイカ?
「それいい! 夏って感じだね」「あ、あと、お菓子!」「だよねー!」「花火は?」「それだ、それ、忘れてた」
――待てよ。話がどんどんエスカレートしてないか?
「あ、あとね、かき氷!」「んー、いいねー」「パンドラ、イチゴ味!」「アタシ、メロン味」「俺は、ブルーハワイかな」「やっぱ、みぞれでしょ」「えー、ない、ない」「いや、あれ、ぜってー、美味いって」
なぜか全員の眼が輝いている。
「じゃあ、先生、よろしくー」と、ソン太。
「はぁ?」
すると、
「「「「よろしくー!」」」」
と、クラス全員、大合唱。――
「はぁ、……はい」

こうして、夕方の嵐は去っていった。

<オイディプスの答え6> 復習(2) be動詞の否定文/疑問文への書き換え問題の解法
(1) These are not my pens./These aren’t my pens.
(2) My mother is not from Kyoto./My mother isn’t from Kyoto.
(3) Tom and Ken are not in the same class./Tom and Ken aren’t in the same class.
(4) Are you a college student?
(5) Am I a good student?

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