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【Obsidian最適化の旅 #19】アウトプットとは花束を贈ることである(断言)

どうも。趣味でObsidianを使っている者です。

このnoteを含む一連の記事は、私が新しいVaultに求めるものを明確にし、Obsidianの機能を改めて深掘りした上で、私のためだけに存在するObsidian環境を作り上げるまでの旅の記録になります。

本記事は第19弾です。

前回はObsidianで日記的運用について片をつけました。

私がObsidianに求めているのは主に以下の3つです(詳しくは#1を参照ください)。

  1. 日記的な運用

  2. メモから新しい知見や疑問を得る

  3. プロジェクト・マネジメント

最初にプロジェクト・マネジメント、次に日記的な運用が片付いたので、今回はメモから新しい知見や疑問を得る部分について

お付き合いください。

いかん。素敵なたとえをしてしまった!

オーピー

人はなぜメモを取るのか?

なんでメモを取るんでしょうね?

忘れないため?なんで忘れたくないんでしょう?

そういえば新卒にはメモを取るところから教える、みたいな話もありますね。

2021年のObsidianを使い始めたタイミングで自分が何を考えていたのかはもはや思い出せませんが、今メモを取る目的は以下の3つに集約できます。

  1. 仕事とプライベートでのプロジェクトの情報管理

  2. プライベートの記録

  3. 新しいなにか????

とかく人はものごとの仔細を健全に忘れていってしまうので、いつでも思い出せるようにしたい、みたいな思いから使用を始めたような気がしてきたようなそうでないような。

思い出せるようになるとどうなるかというと・・・アウトプットできるようになるような、そうでないような・・・。

  • 仕事であれば報告書などに

  • プライベートの記録は家族との思い出話やnoteに

記録という行為自体はすべてアウトプットやアウトカムのために使われるもの、というのは言い過ぎでしょうか?でも意識していなくてもだいたいそうなっているように思います。

アウトプットの材料は日々のメモの中に

まず私のObsidian使用目的の一つ目「仕事とプライベートでのプロジェクトの情報管理」についてですが、そもそもなぜ情報管理が必要なのでしょうか。

この部分はやはりこちらの本が良いと思いました。Zettelkastenと言えば、な一冊。

すごく刺さった一節がこちら。

大切なのは、調査や学習や研究のあとで書くのではないということです。書くことは、これらの仕事のすべての間にあります。
(中略)
だからこそ、すぐれた文章を生産的に生み出す営みは、すぐれたメモとりにもとづいています。 頭のなかで考えを組み立ててから引き出すより、考えを書き留めたものを手元に用意するほうが、比較にならないほど楽です。  要するに、文章や論文の質と書きやすさは、なによりも主題を決める前に何を書いておいたかによるのです。

TAKE NOTES! より

私の場合、プロジェクトの成果物は報告書の類になることが多いです。往々にして最後に情報をまとめようとしてしまうことがまだ多いですが、こまめにメモを取り、メモ同士をリンクさせておくことで、メモの流れをたどれば報告書ができる。はずです。

最終報告前のマイルストーンごとにも、その時点までのアプローチやデータをまとめておくことで説明・理解がスムーズになります。

メモを残しておくこと自体ももちろんですが、メモ同士をリンクせよ、という思想が後になって強力に働いてくれるのを、新しいVaultになってやっと実感しています。

Measure What You Treasure

二つ目のプライベートの記録。だけでなく、プロジェクトにも通じるところがありますが、「重視したいものは記録しろ(意訳)」という格言?があります。

直訳だと「重視したいものは測定しろ」となります。減量するなら体重や摂取カロリーを、ブログを運営するなら検索順位やCVRを。記録することで変化を客観的かつ定量的に捉えるだけでなく、施策によってどう変化するかの観察自体が楽しいものになっていきます。自分事化の第一歩かもしれません。

数値だとわかりやすいですが、数値に限らなくてもいいのではないかと。

私は個人的な思い出や気づき、学びなどを記録し、見返したいと思ってデイリーノートを使用しています。そういったことをデイリーノートに書き、文章にタグ付けし、あとで抽出できるようにしています

私のこの場合の記録は成長を目的としたものではなく、あくまで記録ですが、「重視している」という意識は十分に芽生えるものです。自然とそれらのタグのついた文章も増えていきます。

アウトプットに関連したところで言うと、疑問や違和感を持ったところに対応したタグをつける習慣をつけておくと、次に取り組むべき課題を探しやすくなりそうです。

メモやMOCが新しい種を作る

「新しい知識」とか「新しい発想」などのたいそうなものを既存のメモ同士を繋げて得る、みたいなことは、具体的なイメージは今も持てていません。

ただ、MOCしてみたら新たな疑問が湧いてきたり。興味があることをメモに残してたら始めるのに十分なほどの情報が集まっていたり。
そんなことはありそうです。

個人的にうまくハマった分類の仕方として、PARAというのがあります。 「#11 ノートの分類方法を探して」でも紹介しましたが、下の本で紹介されている思想です。

これに沿ってフォルダ分けをしよう、というのではなく、P・A・Rで整理して情報を集めてリンクやMOCするのがよさそうだ!という感じ。

最近では私はRに相当するメモや文章に #🌱 というタグをつけることにしています。新しいアイデアやプロジェクトの種です。

意図せずして種と材料と料理になった

この話がどこに着地するのか、全くわからないままこの記事を書いていますが、ここまで書いてきて

「アウトプット・・・材料・・・種・・・」

料理🍳だ!


と自分の中で話題になっています。ただ肉は解体されて出てくるイメージの方が強いので、料理全般ともいかないようです。

と、ここで新たな発想。
種と花と花束なんてどうでしょう。「心の庭」なんて表現もありますし。

  • 実体験や外部の情報源などから種を得て

  • 庭(Obsidian)に植えて

  • 花(メモ)を育て

  • 花がまた(アイデアや疑問の)種を出して

  • あるいはMOC(庭の一区画)を見て「ここにこんな花があると良いな」で花を育て

  • 最後に花束(アウトプット)を作る

いかん。素敵なたとえをしてしまった!

庭の花で花束をつくる男 by Midjourney

庭が鬱蒼としているか整然としているか、といった部分もメモの整理イメージと個人的にはぴったりです。昔の人はうまいたとえをしたもんです。

ガーデニング自体を楽しむ人、庭を眺めてるのが好きな人にとっては、花束を作る(アウトプットする)ことは必須ではないのかもな、とも思った次第です。

次回予告

当初から考えていた3つの目的を達成することができたので、次回が最終回。この旅を経て得た、現時点の私のObsidian運用に不可欠な思想やプラグインなどについてまとめたいと思います。

乞うご期待。

P.S.

花束は喜んでもらうことを前提として贈呈するものですが、アウトプット、特に報告書などはズタズタにフィードバックされ作り直しになる可能性をはらんでいます。ご注意ください。

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