事業収入の差押え

給与の差押えについては前回触れたとおり。

判決文にもあるとおり、「実質的に差押えを禁止された財産自体を差し押さえることを意図して差押処分を行」うことは違法と考えられるが、差押禁止財産として規定されていない財産についてはどう考えるべきだろうか。

1  債権差押えの原則

徴収職員は、債権を差し押えるときは、その全額を差し押えなければならない。ただし、その全額を差し押える必要がないと認めるときは、その一部を差し押えることができる。

国税徴収法63条

「全額を差し押さえる必要がないと認めるとき」は、第三債務者の資力が十分であると認められるとき等を指し、一般には預貯金等を想定しているとされている。
給与・年金のように差押禁止額について規定が置かれている債権以外は、全額を差し押さえることが原則といえる(原則どおり執行しているとは言ってない)。

2 給与所得と事業所得


滞納整理においてしばしば問題となるのは、いわゆる一人親方の個人事業主について滞納処分を行うケースではないだろうか。多くの場合、特定の発注元から専属で受注しているため、給与所得との区別がつきにくい点も悩みどころだ。

その者の所得が給与所得なのか事業所得なのかについては、最判昭和56年4月24日が判断基準を示している。

事業所得とは、自己の計算と危険において独立して営まれ、営利性、有償性を有し、かつ反覆継続して遂行する意思と社会的地位とが客観的に認められる業務から生ずる所得をいい、これに対し、給与所得とは雇傭契約又はこれに類する原因に基づき使用者の指揮命令に服して提供した労務の対価として使用者から受ける給付をいう。

最判昭和56年4月24日

この基準に照らすと、上記のような一人親方のケースは事業所得者に該当するものも多いと考えられる。すなわち差押禁止額の規定には該当せず、法63条により当月の事業収入(売掛金)を全額差し押さえることとなる。

3 差押禁止額の趣旨


給与の差押禁止額について定めた国税徴収法第76条の趣旨は以下のとおりとされている。

給与収入が一般の給与生活者の生計に占める重要性にかえりみ、給与生活者の最低生活の維持等に宛てられるべき金額に相当する給与の差押え禁止を定めたものである。

国税徴収法精解(大蔵財務協会発行)

個人事業主であっても、発注元が1社のみの場合は、当該収入で事業の運転資金および生活資金の一切をまかなう必要がある。上記の趣旨に鑑みれば、最低生活費(さらに言えば最低限の事業運転資金)についても、差押えを禁止すべきと考えるのが、法の趣旨にも合致しているのではないか。

4 しかし結論はでない…


本件について確定した最高裁判決はない(前回も書いたが、国は差押禁止に関する最高裁判決が出るのを嫌っている気がする)。
前回触れた東京高裁判決は「『実質的に』差押禁止債権を差し押さえた場合」を違法と認定している。手続法である国税徴収法に「実質的」というふわっとした判断基準が持ち込まれたわけで、これはいささか当方に分が悪い。

加えて、徴収猶予・換価猶予については、分割納付額を算出するにあたり、総収入から事業運転資金、最低生活費等を控除する考えを採っている。

見込納付能力調査においては、国税徴収の優先と納税者の事業の継続又は生活の維持の要請との調整が特に重要である。
納税の猶予の申請等に係る国税及び将来発生する見込みの国税を納付する資金を確保するためには、不要不急の資産を売却し、また、納税以外の支出は、事業の継続又は生活の維持のために必要となる最小限度にとどめるほか、経費の節約等に努める必要がある。

納税の猶予取扱要領第7章第3節67


均衡を考慮するなら、事業収入であっても一定の額については差押えを行うべきではないと考える。


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