感想文

今日は、中学校のころに書いた読書感想文を残しておこうと思います。夏休みの宿題に書いたものです。なんとも稚拙でこっぱずかしい感じですが、そういうのを残しておくのも「インターネット」のような気がします。


銀河を見上げる

私は静まりかえった教室で本を読んでいた。窓の外は霧に包まれ、夏の朝独特のひんやりした空気であった。人っ子一人いない中で、古くさいくすんだ本を一心不乱に読み続ける。その時静寂が破られた。どろどろという気持ち悪い音と共に、黒いものが窓から押し寄せてきた。あっという間に目の前に――。

記憶が鮮やかによみがえった。ずうっと前の夢だった。小学三年生の私にはとても怖い夢だった。それを思い出したのは部屋を大掃除していた時だった。ほこりっぽい本棚の奥から『銀河鉄道の夜』が出てきたのだ。未だ解けない夢の謎とそれを思い出させた本。二つの関連性も、なぜ今頃思い出したのかも分からなかった。手がかりはこの本の中にあるのかもしれない、と扉を開いた。

答えが分かっていても自信がなくて、授業で真っ赤になってしまうジョバンニ。目に涙をためる。これは強烈だった。まるで私を見ているようだった。これで五年越しにさあっと記憶が戻ってきた。教室にいると何となく居心地が悪くて、ザネリみたいなヤツがいて、大切なカムパネルラとも楽しく話すことができない。小三の頃と何ら変わりない状況と自分に大きく失望した。ザネリにくすっと意地悪く笑われている気がして、どきっとした。思わずばたんと本を閉じ、全てを封じ込めた。心に広がっていったのは底なしの虚無のようで怖くなった。でも、私は自らの「謎」と向き合わなければならない。手がかりを、大切な何かをつかまなければならない。そして自分を見つけるのだ。


鉄道は速かった。さっと現れ、さっと消えゆく、二度と戻れない風景が次々と過ぎてゆく。澄みきった空気、夜の沈んだ暗さ、髪を揺らす銀河の風。さらに全体に流れる「冷たい」美しさ。物語の中に
「あやしいその銀河の水は、水素よりももっとすき通っていたのです。」
「水晶細工のように見える銀杏の木」
など、宝石や鉱物や元素を使う表現が多く出てくる。それらの持つ固い響きが「冷たい」美しさをもたらしているらしい。私はだんだんと不安と心細さを覚えた。けれどもジョバンニとカムパネルラにはちっともそんな様子は見られなかった。珍しい光景を二人で、楽しんでいるようなのだ。一人の私と、二人の彼ら。なんとも言えぬ、悲しい気持ち。あ、「友情」……?失っていた、それでいて飢えていた、大切なもの。それは「友情」?まよいながらページを操っていると、旅は突然に終わりを告げた。
「けれどほんとうのさいわいは一体何だろう。」
「僕わからない。」
「カムパネルラ、僕たち一緒に行こうねえ。」
返事がない。カムパネルラはわずかにきらめく星のように消えてしまった。

現実に戻ったジョバンニは、カムパネルラは銀河がうつる空のような川に落ちて見つからない、と聞く。しかし、衝撃的な事実にも関わらず、しっかり受け止めているようなのだ。
「もうあの銀河のはずれにしかいない」気がする…。離ればなれ、銀河という壁があっても彼らは絆で結ばれ、ずっと瞬くのだろう。


私は「ほんとうのさいわい」とは、「友情」だと思った。宝や星と違い、絶対になくならない真実の愛。ジヨバンニとカムパネルラの間の強い友情は、冷たい銀河の中で際立って見える。きれいな銀河の写真を二人で見たことを大切な思い出にしていたのだろう、自分の最期の旅にジョバンニを招いたカムパネルラの心からの思いやり。どこまでもどこまでも一緒に進んでいこう、という誓い。おっかさんのいる家へ、明日へ走ってゆくジョバンニの背中には友情が刻まれていた。

読み終わると、「謎」はしゅわしゅわと溶けていった。私は、小三から中三になる間に、私のカムパネルラを大切に思ったことなどあっただろうか。彼女にいいことをしてあげたことがあっただろうか。ほんとうのさいわいを、探そうとしただろうか。
あの夢のどろどろは銀河だったのかもしれない、と私は思う。一つ一つ独立して瞬く、つまり生きている星はとても「孤独」だ。それを見せて、私に一番大切なものを知らせてくれたのかもしれない。友情を大切にしなさい、人のさいわいのために生きなさい――。私は自分と向き合い、銀河鉄道に乗ることで、自らの真を手に入れた気がした。ジョバンニも、最初のようにもじもじしていることはなくなり、さびしさ、やきもち、楽しさ、悲しさ、などの感情を見つけた。銀河は静かに広がっていった。前のように怖くはなかった。ジョバンニの後を追って走っていったのは、私だった。

再び、「謎」がやってきたら、私は銀河を見上げよう。見えなくたって、見上げよう。人の原点がそこにあるのなら。



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