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いい人が造るワインは美味しいと思う。

ワインを紹介する時、私が言いがちなおすすめコメント「この人たちめっちゃいい人やねん!」・・・どうかと思いますよねぇプロとして。でも言いがちです。いい人かどうかなんて味にはまったく関係ないとは思いますが、、、とは言え、「〇〇のような味です。」と紹介するのも違うと思うのです。味覚とか美味しいと思う感覚はそれぞれ違いますし。(これは完全にワタクシ個人の意見です。)

ワシントン州ワラワラで3番目に古いワイナリー。古い学校の校舎がワイナリーになっているL'Ecole 41 (レコール)のオーナー兼ワインメーカーのマーティについても、「彼めっちゃいい人やねん。」と私は良く言います。
と思ったら、なんと今年の始め同じような記事が出ていました。しかも表彰されてました!

ワイン業界誌Wine Industry Networkのワイン業界で最も影響を与えた人々の10人のうちの一人にマーティ・クラブさんが選ばれていました。鼻高々です。(なぜワタシが?)その記事を訳しましたので下記に置きます。


https://wineindustryadvisor.com/2022/01/04/mip-marty-clubb-lecoleno41

Wine's Most Inspiring People ”Marty Clubb”
—Co-Owner, L'Ecole No. 41 - Wine Industry Advisor-

財務アナリストだったマーティ・クラブが、なぜ、ワシントン州の一流ワイナリーを30年も経営することになったのか、その理由を聞いてみました。

ワシントン州東部のワラワラにあるレコールNo.41の共同経営者兼ワインメーカーであるクラブは、「私はワインビジネスにそれほど興味があったわけではないんです。」「チャンスが巡ってきたんです」と言います。

30年後の今、クラブはそのチャンスを存分に生かしています。レコールに限らず、クラブの業績は、その才能と先見の明を物語っているのです。レコールは、わずか5万ケースの生産量でありながら、その評判は全米に広がり、彼のメルローは長い間、世界最高の一つとして認められています。さらに、このワイナリーは、多くのベスト・オブ〇〇や、トップ〇〇のリストに名を連ねています。いったいいくつの賞状やメダルを獲得したのか数えるのは不可能でしょう。

トップ100ワイナリー・オブ・ザ・イヤーに15回選出

現在、クラブは、ワイナリーの2つの自社畑と、レコールにブドウを提供している近隣の30のブドウ畑のマネージメントを引き受けています。ワイナリー設立の6年後、1989年に妻のメーガンの両親であるジーン&ベイカー・ファーガソン夫妻からこの仕事を引き継いで以来、ずっとこの仕事を続けています。妻のメーガンと子供のライリー、レベッカがワイナリーの共同経営者になっています。

クラブに“なぜこんなに成功したのか?”と 尋ねると彼は決まって「働いている人々とワシントン州と言うワイン産地が素晴らしいからさ。」と答えます。ワイン生産地としてのワラワラを表現するのに”ユートピア”という言葉を使うほどです。クラブの謙虚さが良くわかるエピソードです。

Wine Americaのエグゼクティブ・ディレクター、ジム・トレジスは「同僚であり、ワインメーカーであり一人の人間であるマーティ・クラブという人を定義するのは『品質』の一言です」と語ります。「私は、Wine Americaという団体を通じて、10年以上前から彼を知っていますが、彼との仕事では’素晴らしい’事しか起きていません。彼は今でも重要な財務の仕事を裏方として、派手な宣伝も評価もされずに非公式に働いてくれています。初めてレコールNo.41のワインを飲んだとき、私は完全に圧倒されました。そして毎回同じ気持ちになります。彼らのワインは一流なのです。」

ご家族です。そっくりです!

その功績を下記にまとめます。

★Wine Americaの会長、副会長、会計を務めました。
レオネッティセラーズLeonetti CellarのGaryとChris Figgins、ペッパーブリッジ・ワイナリーPepper Bridge WineryのNorm McKibbenと共に、高い評価を得ているSeven Hills VineyardとSeVein vineyard developmentの経営パートナーです。
★ワシントン・ワイン・コミッションを含む他の業界団体の役員を30年近く務め、現在はワシントン・ワイン・インスティテュートのディレクターを務めています。
★ワラワラ・ヴァレー・ワイン・アライアンスの設立を支援し、初代会長を務め、他の地域のパイオニアたちと協力して、ワラワラ・コミュニティカレッジの醸造学とブドウ栽培のセンターを設立しました。

レコールの最初の卸売業者であり、現在もレコールの代理店の一つであるエリオット・ベイ・ディストリビューティングのマイク・アレンは、「マーティは業界の賢人です」と語っています。「彼は各市場で何が起こっているかを理解し、よく話を聞きます。彼のワインは毎年一貫しており、各市場で非常に競争力のある価格設定をしています。このように、彼は状況が起きたときにすぐに対応するのです。」

彼に関するこれらの逸話はすべて、「たとえ他の人と意見が違っていても、何が正しいのかを判断できる」クラブの持つ感覚を物語っているのです。彼はその例を2つ挙げています。

1つ目は、1990年、ワイナリーの生産量が1,000ケース程度だったころ、クラブが卸業者を探しに行った時の話です。テイスティング・ルームが手狭になり、小売店への販売が必要だと考えていたのです。「直販なんてとんでもない」と彼は言いました。「そういうのは長期的にはうまくいかないと思うんだ。」

しかし、シアトルにある12社の卸業者のうち11社がクラブを拒絶し、完全に門前払いしました。ただ1社、エリオット・ベイ・ディストリビューティングだけが「一緒にやろう」と言ってくれたのです。彼らは、大きすぎず、小さすぎず。そして、私たちのワインを市場に流通させることで、私たちの成功を後押ししてくれました。」

もうひとつは、クラブが特に誇りとする「価格設定」です。レコールのワインは、批評家たちが絶賛しているにもかかわらず、非常に手頃な価格で販売されています。レコールの最高級ワインは、同クラスのカリフォルニアワインに比べ、2分の1程度の価格です。「重要なのは、価格を上げることではなく、買った人がそのワインの熱烈な支持者になるような価格設定をすることだ。」とクラブは言います。「自分たちの顧客がこのワインを他のワイン愛飲家に売る事ほど喜ばしい事はないだろう?」

最後に、クラブはブドウ栽培、ワイン醸造、ビジネス経営だけを考えているのではない、とアレンは言います。彼は、30年以上ワインビジネスに携わってきた経験から、さまざまなエピソードを語ることでも有名なのだ。「彼は、ワラワラの歴史や、なぜこの地域がブドウ栽培に適しているのかについて、とても詳しいんです。「そして、その話は飽きることがありません。」クラブが人助けに飽きないのと同じように~ end

コロナ前は一緒に畑に行って土壌教室を一緒にやってました。

ちょっと下世話な話ですが、マーティは奥様のお宅の事業を引き継ぎました。このワイナリーを始めたのは奥さんのメーガンのご両親。この方々は地元の銀行の創業者一族です。メーガンは今もこの銀行の役員。

そんな話だけ聞いたら、心の汚れた私は「なんだょ。金持ちの造ったワイナリーか。」と曲がった考えでしか見れないのですが、ご本人達に合うとそんな汚い心の自分がとても恥ずかしくなります。(まだわからない場合はもう一度最初から読んでください。)ちなみに奥様のメーガンは涙が出るほど温かい女性です☆彡 大好きです。

↑レコールの紹介ビデオ 日本語字幕付きです。


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