見出し画像

W1D6 ぼおっとして-멍하니

「君、逃げちゃだめじゃないか」軽薄な、でもどこかで聞き覚えのある声。

 そしてその声に、強い怒りを感じる。
 ルナは何も言わず、ただその敵の声を聴く

「そんなに怖い顔をされちゃ、僕も悲しいねぇ」

 男は「せっかく仲間になれると思ったのに」という言葉を付加すると、ゆっくりと息を吐く。

 姿を現した男は、以前と同じように狐の仮面をかぶり、胴体には白い袴をまとっている。
 その姿がまるで、怪人、傀儡というよりも、神主と言った方がよさそうだった。

「聖職者が僕みたいな異教徒を拉致してもいいのか、狐男さん」ルナはわざと大きく、聞こえるように言う。

 すると狐男は「残念、本当残念」と言ったのち、言葉を続ける。

「聖職者は宗教を改宗させることが一番の仕事なんだよ。キミもそうじゃないか。クリスチャンとして。俺の地元でも何人もの氏子が耶蘇の教会に行って、異教を崇拝しているよ。それに君たち耶蘇は俺たちの神を否定するじゃないか」

 耶蘇、と言われて、どのように反応したらいいのかわからない。
 かつての差別語でもあるし、それに異教徒を迫害しようとするのは、一部のおかしな狂信者だけだ。
 そのように言われて、ただでさえ余裕のない頭は、ルナに怒りをもたらす。
 その入りに飲み込まれぬよう、ルナは息を吐く。

「僕が黙っている間に逃げた方が賢明だ」ルナは言う。

 男はルナを一瞥すると、けたたましい声で笑う。

「いやあ、傑作だね。劣等人種がそのように神に啖呵を切るなんて。貴様らは神に盾をついている存在なんだよ。日本人という神の子にな。それでもお前たちを用いてやろうと考えているのに、その恩を報いるどこか、裏切るとはな。いやぁ、傑作だよ」

 何が傑作なのか、ルナには理解できない。
 ルナはじっと敵を睨み続ける。
 そして言い終わった刹那、ルナは剣を握ってとびかかる。
 敵は余裕があるのか、動くことはしない。
 ルナの身体は狐男、フォックスの身体へと近づく。
 五メートル、四メートル。
 加速装置を使わずとも、以前よりもかなり軽く、そして高速で走れているような気がする。
 ルナはその距離感を間違えないように慎重に周囲を確認。
 そして一メートルを切ったところでフォックスに切りかかる。
 しかしフォックスはその瞬間、ルナの前から消える。
 ルナは狐につまされたような表情で目を大きく見開くと、背中に強い衝撃を受け、地面にたたきつけられる。

「まだまだお前は未熟だね」

 その言葉に、ルナは不快を覚え、フォックスを睨む。

「君はまだ自分の身体すら満足に使うことができていない。……どうだろう? 俺たちニッポニアに戻らないか?」

 フォックスは微笑む。
 しかし、ルナはきっと敵を睨みつける。

「そうか……それは残念だ」フォックスは息を吐く。

 そして空中に円を描き、まるで忍者が印を切るかのように手を合わせる。
 やがて星の描かれた魔法陣が展開され、ルナの前に立ちはだかる。

 受けたら終わる――。

 ルナの心、そして魂はルナに命の危機と、簡単な戦闘プランを教える。
 彼女はそのプランにのっとり、剣で魔法陣を地面に描く。
 魔力を込めると、魔法陣は青く光り出し、そして冷気を発する。
 それに合わせ、空間に徐々に冷気が流れ込んでくる。
 突然空気が冷たくなったのを感じ、男は当惑した様子で周りを見る。
 魔法陣が敵の足元に展開。

「어름의 꽃(氷の華)!」

 ルナは叫ぶ。

 フォックスはそれを避けるべく動くが、それについて魔法陣がついていく。
 何か恐ろしいことをされようとしていることを察したフォックスは、眼を大きく見開く。
 次の瞬間、フォックスの身体を氷の剣が突き刺し、彼は串刺しにされた状態で、そのまま息絶えた。

 ルナはゆっくりと息を吐き、茫然とそれを見つめる。
 そして二分ほどして、ゆっくりとした足取りで、やがて早い駆け足で再び出口へと向かう。

「裏切者が発生した! この施設は十五分後に廃棄される。至急脱出するように!」

 けたたましい警告音が、ひどくまぶしい真っ赤なサイレンが、ルナの聴覚、そして視界を揺らす。
 ルナはそれを無視して、魂と体の赴くままにかけていく。
 そして視界の先にあった扉を開くと、外には普段と変わらないはずの世界が広がっていた。

「어떡할까...(どうしようか…)」

 ルナはつぶやく。
 そして少しばかり走り、近くの林の中にたたずむ。
 変身を解除する方法はあるのだろうか。
 ルナはぼっと、夕暮れ時の空を眺めた。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?