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タバコを一本

断っておくが、悩みもなければ病んでもない。
わたしは今日も至って元気だ。

夏になるとよく思い出すことがある。
冬の日のことなのに、
夏が似合う人だったからかもしれない。

あと1日あったら、
1日が突然現れてなんでも出来たら、
私にはもう一度会いたい人がいる。

ゆったり記憶の中に残る人。
特別な思い出はあまりない。

思い出の曲もない、思い出の場所もない、
思い出の映画も、旅もない。

HYの366日は名曲だけど、
366日では少し足りないような
368日ではちょっと多いような。

たまに駄菓子屋に連れて行ってもらって
たわいもない話をダラダラして
すぐに怒られて
愛犬のダックスフンドを撫でて
チラシの裏紙に綺麗な字でメモを残して

そんな繰り返し。

金魚が大好きで
ちょっと寡黙で
テレビ番組へのこだわりが強くて
いつも同じ深い色の湯呑みを使っていて
たまにタバコを吸っていて
お酒が一滴も飲めなくて。

小さな小さな古い車に乗っていて
植物にも動物にも優しくて
ご飯を食べると一回一回手を拭いていて
間違えているのをみたことがない

そんなわたしのおじいちゃん。

おじいちゃんのことは
顔も、声も、まだはっきり記憶の中にある。

勤勉で、きっちりしていて、
外に出るときはいつもブルーのシャツ。

おばあちゃんと話したらすぐに喧嘩するし、
スポーツマンだったからって
野球を見ては文句を言い、相撲を見ては机を叩く。

そんなおじいちゃんにまた会えたらなあなんて
考える日が最近増えた。

もう居なくても、そんなことを考える。

あの日のおじいちゃんの言葉は
もうずっとずっと忘れられないみたいだからさ。

あの日、
変わらないものがあることを知って、
自分の力では叶えられないことがあると知って、
どんなに願っても報われないことがあると知って、
怖いという感情を知って、
大切な人の大切な人は私の大切な人だと知って、
目を伏せられないことがあると知って、
自分に守れないものがある悔しさを知って、
こんな世界は嫌いだと思った。

わたしは大きく、大きく変わったのかもしれない。

自分に向き合えば向き合うほど、
思い出すその言葉。

おじいちゃん、
わたしが最後に聞いた

"生きたい"って言葉は、

きっと世界のどんな叫びよりも
わたしが救わなきゃいけないって思うんだ。

おじいちゃん、
別に私はお金持ちにならなくてもいい。
美味しいものに囲まれた生活じゃなくてもいい。
宝箱も差し出すし、靴も服もひとつずつでいい。
結婚式のドレスも指輪もいらない。

そんなものはいらないから、
寄り添わせてほしいんだ。
そんな声に。そんな思いに。

どうしても救いたいって思ってしまうんだ。

どうしても苦しみを見捨てられないんだ。


またいつか会えたら
お気に入りの駄菓子屋で旅の話をして、
おじいちゃんのタバコを一本吸ってみたい。

壊れかけた車で路面電車沿いを走って、
わたしのプリクラが貼ってある携帯でメールして、
夏は庭の角でスイカを食べてさ。

あの声を、あの言葉を、
きっとわたしは忘れずに、生きていく。

どんな言葉よりも、嫌いで、強くて、美しい。

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