曾山家の謎 〜幻の弟問題〜

 『続泥流地帯』村葬の章第3節、綾子さんから突然衝撃の発表があったことにお気づきでしょうか。

 「曾山の家には、父母"弟"妹が死んだのだから〜」と。

 はて。福子に弟なんていたっけか?
 まあ「弟妹」自体が年少のきょうだいを指す言葉ですから、「父兄」のように「親きょうだい」的な使い方なのかな?という気がしないでもありません。
 しかしこの場面は被災者への公的な見舞金の話題であり、流失家屋200円、死者ひとり100円、さらにひとり増すごと50円とあり曾山家は450円(家屋200+家族4人100+50+50+50)としっかり弟の人数もカウントしていますし、移転の章第3節では「福子は、父や母や、妹や"弟"の死顔を思い浮かべる」と述べられていますので少なくとも誤植などでもなさそうです。

 そもそも曾山家の内部に触れられることはあまりありませんので家族構成も全てが明かされていない可能性も否めませんが、足長蜘蛛の章で深雪楼を訪れた耕作に福子が「母さんたち、元気かしら。兄ちゃんも、鈴代も」と問いかけています。
 さすがにその流れで弟の安否にだけ興味がない、ということはないでしょうから、少なくともこの時点で曾山家はフルメンバー5人で「弟」は存在していないことが読み取れます。

 まあ、この後生まれたのでしょうね。

 いやいや待ってください。分かっています。なんだかんだ言って綾子さんが勢いで弟がいるっぽく述べちゃっただけのような気がしますが、せっかくなので妄想させてください。
 では改めて。この場面の直後に幻の弟が生まれていたとしましょう。当時の上富良野女性が皆数え18歳になると誰もが嫁いでいた、と本文中にありますが巻造は生来のクズですし若い頃から親兄弟に暴力を振るう「小作のDV酒乱」として名を馳せていたでしょうから好き好んで17〜18の愛娘を嫁がせる親などいるはずありません。なんらかの事情で20歳を過ぎてしまったサツの両親が焦りからうっかり嫁がせてしまったものと決めつけます。
 ですので他の人よりは少し遅めに嫁ぎその翌年(サツ22歳)に長子の国男が生まれているとしましょう。
 足長蜘蛛の場面では福子は15歳。国男は3つ上ですのでこのときサツ、39歳(数え年で計算しています。満だと38歳ぐらい)。現在と違って医療体制も何もありゃしない環境で産めますかね、とも思いますがどっこい人口動態統計では十勝岳噴火前年の1925年あたりでも全出生数に占める母親の35歳以上の割合は2割にものぼりますし、フネがワカメを産んだ時40歳を過ぎていたことは有名ですのでまあ、割とよくある話だったようです。勉強になります。

 妹の鈴代にしても多くの読者がその存在を意識しなかったり忘れたり、という「病弱」以外特に設定もなく曾山家の大変さを少し上乗せする程度の極めて影が薄いキャラ(酷いこと言ってるのは自覚していますが避けて通れません)なのですがそれに輪をかけて目立たない弟くん。
 もしかしてこれは過酷な開拓農家の営みの中で極めて自然に(=静かに)生まれ、静かに育ち、そして静かに召された幻の弟を通じて人生の本質を伝えようとしたのでは…ないですよね、はい、わかってます。

 なんてね、こんな妄想をしていると「あれ?実は普通に弟が生まれてるんじゃね?」という気もしてきますが、愛娘を叩き売った後もバリバリ借金増やしておいてポロっと赤ん坊が増えていたら、いくら温厚な日進の沢の民も黙っていません。市三郎が助走つけて殴りにくるレベルでしょう。

 やはり綾子さんのテヘペロ案件というところに落ち着くわけですが、こんなどうでもよいポイントにも新たな発見や学び、妄想のタネが隠されているんだからまあ、底抜けに素晴らしい作品ですよね!って話でした。


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