曾山国男はなぜ深城鎌治を●さなかったのか 〜泥流地帯考察〜

 ちょっとした違和感なのですが、続編「村葬」で自分のために席を取っていた深城を見つけ、手招きに対して頭をペコンと下げる国男の姿が描かれています。
 席を取っていてくれた、といっても相手はかわいい妹を借金のカタに買い取り、遊女として何年もこき使っている憎っっくき男です。
 「人をかき分けかき分け、深城のそばに行き、その頭をポコンともぎ取った」ならわかりますが「ペコンと下げた」というのは一体どんな感情なのでしょうか。

 深城の行動に対しては「殊勝にも看板妓の福子の遺族代りとして一家をあげて参列した」とありますが、この「遺族代り」という言葉にはもう少し深城らしい、どす黒い意味が込められているような気がします。
 被災し家族を失った看板妓をお涙頂戴で一儲けという皮算用もあるのでしょう。親を失うより親に売られる方がよほど同情を集めそうなもんですが当時はよくあることだったでしょうから訴求力は被災の方が上かもしれません(そう考えると福子の境遇にはなお悲しみが増します)。まあこちらは本命ではないような気がします。

 曾山家は巻造、妻のサツ、鈴代、幻の弟の4人が犠牲となり、成人しているとはいえまだ若い国男とすでに支配下にある福子が残されたのみです。近しい親戚がいる様子もありません。とはいえ深城の興味は当然若い二人の境遇ではなく、曾山家に支給される家屋流失200円、死亡4人で250円(100円+50円+50円+50円)、総額450円にのぼる見舞金でしょう。現在で言うと数百万円に相当する大金です。
 巻造が死んだ以上、借金の総額は誰にも分かりませんし(生きていてももはや総額などわからないでしょうが)、国男は兵役中、福子は深雪楼ですから生活再建も何もありません。深城としては二人の後見人ぽい立場におさまり見舞金をまんまとせしめるつもりでしょう。
 もともと巻造への貸付額や返済額(ましてや着物代等名目の福子への強制貸付など)に関係なく福子を解放する気は毛頭ないでしょうから見舞金は深城にとって単なる臨時収入です。さして興味のない国男の顔もお金に見えれば愛想良くもなるのでしょう。本当にゲスい男です。

 さて一方の国男ですが、父親の借金や妹の境遇に関しては以前曾山家というか開拓農家の世帯観について考察しましたが、望むも望まぬも避けようのない、選択肢の存在にすら思い及ばない「家族」の呪縛の中にあったと思われます。
 不当な「借金額」については甘受せざるを得ませんし、軍隊の給金などでは間違っても完済できないものと言いくるめられているはずですから、見舞金を全額深城にせしめられようとも「もちろん返済に充ててください、深城さん、何かとお世話になります」ぐらいの精神状態だったのかもしれません。
 7月11日の村葬に軍服姿で遅れて参列したところを見ると、家族がほぼ全滅の憂き目にあったとて除隊や長期休暇なども認められていない(あるいは自ら望んだ?)様子ですから、とても自分たち兄妹の境遇や将来など考えられる状態ではなかったと推察されます。
 まさに洗脳状態。○しても足りないほど憎いはずの深城にぺコンと頭を下げる姿がさらりと描かれていますが、掘り下げてみるととても切ない、やるせない国男の精神状態が垣間見えますよね。ますよね。ですよね。

 『泥流地帯』にバッキバキに洗脳されてる私としては他人事ではありませんが。いやあ今日も妄想が捗ります。

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