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「金子みすゞの町」


 長門国の仙崎の町や港は金子みすゞ一色に彩られていた。海から吹いてくる時折の強い風に、青梅島遊覧船の乗船をためらっていたが、コース変更をおこなうというので乗船することにした。私たちが並んで順番を待っているとき、後ろに並んでいる男性から声をかけられた。知床の遊覧船事故と今日の海の様子のことだった。私たちも気になっていたので、話しながら不安を解消しようと思った。

 その男性は80歳で、出身は小郡市だという。今は西宮市に住んでおり、3日前に旅に出て電車を乗り継いで来たそうだ。今夜は下関市で昔の友だち2人に会う、そう嬉しそうに話した。今回はどうしても乗船したかった。できれば島を一周したかった。3年前に74歳の妻を亡くした。以前遊覧船に乗って島を一周した。断片的な話をかき集めてみると、傷心の旅に違いなかった。やっと前向きな気持ちになれたことが感じられた。

 乗船して私たちの前の席に座った。青緑色の海をかき混ぜながら、小さな船は出航した。遠くに白い波頭が見えた。船底をバンバンと叩き、白い飛沫を上げながら奇岩景勝の地を目指した。老人の横顔は懐かしさと寂しさにあふれているように見えた。雰囲気が亡父に似ており、カッコいいジャケットはトラッド調の素敵なコーディネートだった。会話も上品で楽しかったので、私たちは聞き役に徹した。島の西側は穏やかだが、大きなうねりがあり、少しのスリルと素晴らしい景観に私たちははしゃいだ。それが老人への思いやりだと思った。帰港が近づくにつれ、私たちは別れの言葉を探していたが、老人の別れ際の言葉の潔さに安堵した。今夜友だちと会う喜びを心から祝福したかった。

 僕はうろ覚えのアルチュール・ランボーの詩の一節を思い出していた。
”僕は沖合遙かに伸びた突堤に佇む小僧かもしれぬ
行く手が空に接する並木道を辿っていく小僧かもしれぬ・・・”

#仙崎  #青梅島 #金子みすゞ #旅 #ランボー

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