ドラゴマン③

「その剣を取るか」
 誰もいないはずの窓から急に声が降ってきた。剣の呼ぶ声のようなものに導かれ、その部屋にたどり着いた時にはまるで流行歌のように口ずさんでいた呪詛。自分の努力を蔑ろにした父への。そしてプライドをずたずたに引き裂いた弟への。

 初めて入ったはずの秘密の部屋。だが、突然降ってきたその声は、頭の中に直接響く剣の呼び声とは違う。父のそれや弟のそれと同じく、確かに鼓膜を揺らして聞こえる声。

「何者だ」
 声が震えているのは、自分を馬鹿にしたこの城の全員を呪っているからであって、決して恐れているわけではない。
「別に誰でもいいだろう。それで、何でその剣を取ろうというんだ、ムルス卿」
「どうやらここを●●侯爵領だと知っての狼藉のようだな……」
「こんな立派な建物の、さらには隠し部屋の窓から話しかけてるんだ。これで貴族の館だと思ってないという方が怪しいだろ」
「行動の時点で怪しいのだ!言っている内容で左右されるレベルの話ではないだろうッ!」
「たしかにその通りだが、声のボリュームだけは正しくないな」
「くッ……!もういい!姿を見せよ!」

 ムルスが顔を真っ赤にして叫ぶと、竜の意匠をあしらった黒い鎧の男が陰から現れた。窓から差し込む月光を吸い込んでしまいそうな黒さ。薄暗い中で見えるその顔からは表情は読み取れない。
「そんなに怒るな。別に馬鹿にしているわけではない」
「あれが馬鹿にしていないと言うのであれば問答に価値はないな」

 ムルスは自分を呼び続ける剣の元へ近づき、そして柄に手をかけた。
「取ったな。剣を」
 黒鎧の男は冷たく言い放つと、悍ましいほどの殺気を放ち始める。剣に手もかけていないというのに、近づいただけで両断されてしまう気がする。
「ここからお前がとれる選択肢は2つ。復讐の獣となり全人類の敵に堕ちるか。復讐の鬼として王国の敵となるか」
「や……はり、馬鹿に……してい……るだろ」
「してないさ。剣に身を任せればお前に変わってそいつが復讐を果たす。お前の体を使って、勝手にな」
「……は?」
「そいつはそういうもんだ。柄にも鞘にも王家の意匠が刻まれてるだろう。王国の宝であるはずなのに、なんで宝物庫じゃなく侯爵の館にある?」
「………」
 ムルスは反論を探すが、たしかにおかしい。そして光の子の子孫であるはずの王家の宝が、なぜこんなに禍々しい気を放っているのか。
「お前のように未熟な……しかし血統と魔力だけは一人前なやつが握ると全部持っていかれちまう。だがそれは当然その剣が望んで選んでるんだ。お前は剣に体として選ばれたのさ」

 さっきから何を言っているんだ?馬鹿げた話だ。そう言って歩き去ってしまいたい。しかし柄を握ってしまったからわかってしまう。奴の言うことは本当だ。剣は間違いなく自分を乗っ取るつもりだ。

「……違いはわからなかったが、復讐の鬼、とは、なん……だ」
「獣にゃ意思なんてないだろ。最近例外はあったが……。鬼は意思を持って復讐を果たす。お前が自分の復讐を自分で果たすんだ」

 俄には信じられない。だが、剣を取ってからのこの実感が嘘ではないことを証明してしまっている。このままではこの剣に意思が呑まれてしまう。自分が消えてしまう。

「……好きにしろ。そして俺を復讐の……鬼、に…………」
 ムルスの体から瘴気が噴き出す。抵抗力のない村人が浴びれば気が狂って死んでしまうほどの濃い瘴気。
「しかと聞き届けたぞ、ムルス卿」
 そう言って剣を抜き放った黒鎧の男の口は、笑っていた。

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