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がんは真菌か―医学を騙る本を,理科の教科書片手に鼻で笑う

―はじめに―

 2019年11月,朝日新聞に広告が掲載された医学関連書(?)に対して批判があり,新聞社が広告の検討不足を認めたという報道がありました。件の報道と,当該書籍は次の通りです。

朝刊に掲載した『イタリア人医師が発見した ガンの新しい治療法』の書籍広告につきまして(2019年11月14日 朝日新聞)
イタリア人医師が発見したガンの新しい治療法 重曹殺菌と真・抗酸化食事療法で多くのガンは自分で治せる


 「多くのガンは自分で治せる」は,効果の認められた標準治療の否定につながる表現です。藁にもすがる思いでいる患者に,本当に藁を掴ませて溺れさせる卑劣な類のもので,患者が標準治療にあたるための時間と金を奪うものです。朝日新聞社広報によるプレスにもある通り,この「イタリア人医師」であるシモンチーニ氏は,自らの提唱する処置を患者に施し,結果的に2名の死者をだしたとして2度の禁固刑を受けています。

 朝日新聞社に限らず,新聞等のマスメディアの力は絶大です。今回は象徴的なことが起こったがために朝日新聞のことを枕にしましたが,他の新聞社の広告欄も,どんぐりの背比べです。「新聞社が広告を出すのだから」という理由で,こういった本の内容を真に受ける人もいるでしょう。しかし,こうした疑似科学とそれに対する反駁はいたちごっこの様で,1つ1つ指摘していてはキリがありません。こんな本を世に出す方が悪いのは間違いありませんが,不肖教育業界に身を置くものとしては,情報の受け手である私達が,汎用性のある科学リテラシーを向上させることによって,疑似科学にフェードアウトしてもらうのも1つの手であろうとも考えるのです。平たく言えば,理科を勉強して,疑似科学を鼻で笑えるようになろうということです。

 医学を騙る疑似科学に対するカウンターの中心をなすものは,やはり医学です。しかし,医学とは難解なものであり,とっつきにくく,双方が主張する数字の信憑性の判断もつきにくい―そう考える人は少なくないと思います。そこで私が使いたいのが,多くの方が一度は開いているであろう,小学校〜高等学校で学習する理科の教科書です。カウンターの中心とはなりえないかもしれませんが,多くの疑似科学を鼻で笑うには十分な情報が,教科書には掲載されています。とはいえ,教科書は疑似科学に対抗することを目的として書かれてはいませんから,教科書に掲載されている内容を「使う」という感覚を身につけていただきたいと考えているのです。

 「こんなことを勉強して,何の役に立つのだろう」という,昔から言われ続けているフレーズがあります。そうじゃない―と私は言います。教科書に掲載されている内容は,あなたが積極的に使わない限り,教科書の外には出てきません。「何の役に立つのだろう」ではないんです,あなたが役に立たせるんです。このnoteを一つのきっかけに,教科書で学んだことを使うというのはどういうことなのか,今一度考えていただけたら,幸甚に存じます。

 なお,この文脈で扱いたい内容の中には,やはり理科の教科書だけでは太刀打ちできないものもあります。そのため,このnoteでは,教科書以外の適切な情報源へのアクセスの仕方や,その内容も紹介しつつ,その先の情報を,教科書の内容を使って噛み砕いていく―ということを行います。そのあたり,予めご了承いただけますと幸いです。


―件の書籍について―

 手始めに,今回の騒動の元になった書籍『イタリア人医師が発見したガンの新しい治療法』に対し,理科の知識を使ってみようと思います。次の画像は,Amazonの商品ページで閲覧できる,当該書籍の目次の一部です(購入すると先方に利益が渡るので,購入しません)。

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「ガンは真菌だ!」(右から3列目)

 違います。

 違います。冒頭から噴飯物です。「真菌」が何であるかは,実は理科で学習します。例えばキノコ,例えばカビ。つまり,真菌は私達ヒトではありません。では,一方の「がん」とは何でしょうか。国立がん研究センターのHPを見てみましょう。

「人間の体は細胞からできています。がんは、普通の細胞から発生した異常な細胞のかたまりです。」(国立がん研究センター)

 つまり,がんは自分自身の細胞です。細胞は,ふつうその分裂が制御された状態で,私達の体を構成しています。しかし,何らかの原因でその制御が外れ,無秩序に増殖してしまった場合…そして,体のある場所で無秩序に増殖した細胞が,血液などの流れに乗って別の場所に移動し,そこで再度増殖をしてしまうような場合,それを「がん」と称するのです。

 「がん」とは自分自身の細胞です。つまり,ヒトのがんはヒトの細胞です。一方,真菌とはキノコやカビの仲間のことを言います。「ガンは真菌だ!」は,もはや何を言っているのか分かりません。目次の一行目から,読む価値なしです。

 読む価値なしとは言いましたが,せめてもう少しだけ話をすすめましょう。目次には,さらに「ガン患者には100%カンジダ菌が多数いる!」というフレーズが掲載されています。これを見て,あなたはどう思うでしょうか。

 「カンジダ菌ががんの原因か!怖い!」でしょうか。
 「カンジダ菌って何だ,調べてみよう」でしょうか。


 この差は決定的です。分からないことがあったとき,教科書や,適切な情報源にあたるクセがついているか否かとも言えるかもしれません。学校で授業を受け,家で問題集を解くときに,分からなくなったら教科書を開いて…ということを徹底していれば,(私の主観ではありますが)概ね後者のような反応に繋がると思うのです,いかがでしょう。学校の勉強を通して得られるのは,こうした姿勢でもあります。「勉強なんかしても将来何の役に立たない」なんて,口が裂けても言えませんね。

 ひとまず,カンジダについて調べてみましょう。千葉大学真菌医学研究センターのHPを見てみます。

「カンジダは免疫力の低下した患者に重い感染症を起こす真菌です。」
「カンジダは半数以上の人の皮膚や口,腸の中に潜んでいますが,通常は無害で全く問題にはなりません。しかし抗がん剤治療や免疫抑制剤を投与された患者やエイズ患者など免疫力が極端に低下した患者に対して肺や消化器官の粘膜から侵入し,さらに血液や肝臓,腎臓等の臓器へ感染症を起こし病気を重症化や難治化する恐い真菌でもあります。」
(千葉大学真菌医学研究センター)

 カンジダは「真菌」です。そして,私やあなたの皮膚にも恐らく存在する菌です(「常在菌」と言います)。小さくて肉眼では見えませんが,私やあなたの皮膚は多種多様な菌だらけで,通常はそれで問題なく暮らしています。理科…特に生物を勉強すると,あちらこちらに生き物の存在を認めることができます。私は楽しいですよ。

 常在菌を持ち出して,「ガン患者には100%カンジダ菌が多数いる!」とは恐れ入りました。「犯罪者のほとんどすべてがパンを食べたことがある」みたいな話です。また,さもカンジダ菌ががんの原因かと誤解させるフレーズですが,千葉大学真菌医学研究センターのHPにもある通り,「抗がん剤治療や免疫抑制剤を投与された患者やエイズ患者など免疫力が極端に低下した患者に対して肺や消化器官の粘膜から侵入」する真菌ですから,「カンジダが原因でがんになる」は因果関係が逆なのです。免疫抑制剤を投与されたがん患者だから,カンジダが見られるのです。バカバカしいにも程がありますね。


―今回あたった情報源―

 今回は,次の情報源にアクセスしました。
 ・高校生物の教科書:真菌とは何かを調べるため
 ・国立がん研究センターHP:がんとは何かを調べるため
 ・千葉大学真菌医学研究センターHP:カンジダとは何かを調べるため


 教科書は,その執筆や編集の段階において,著者(高校教諭や大学教員),編集者,検査者,文科省技官といった,何名もの人間の検査が入ります。教科書に書かれた内容は,現時点において,正しいとして差し支えないでしょう。よく「教科書を疑え」といったフレーズを耳にすることもありますが,あれは「教科書(の内容をよく理解した上で,そこに掲載されている理論に例外がないかとか,さらに根本的な仕組みがないかとか,そういうこと)を疑え」という意味です。くれぐれも,勘違いをなさらないようにしてくださいね。

 その他の情報源として,私が基準にしていることは,概ね次の2点のいずれかを満たしているかどうかです。
 ① 査読付き論文,あるいはそれを元にした専門書であること
 ② 省庁もしくは国立の研究所,大学の研究所のHPであること


 今回アクセスした,国立がん研究センターや千葉大学真菌医学研究センターは,②にあたります。①の「査読付き論文」は,「科学技術情報発信・流通総合システム(J-STAGE)」等で,日本語で書かれた学術論文を検索することができます。②は,そのHPのタイトルを確認してもいいですし,特に省庁のHPであればURLのドメイン末尾がgo.jpになっているので,そこを確認してもいいです。そもそも検索時に,「○○ 厚労省」など,関連しそうな省庁の名前を検索ワードに入れるのもいいですね。

―結 び―

 最後に,私が今回これらの情報源にアクセスした過程を紹介して,終わりにしようと思います。

 「がん」の方は,まず「がん」と検索するとトップに国立がん研究センターのHPが出てきましたので,そのままアクセスしました。
 一方,「カンジダ」の方は,そのまま検索すると性病の紹介ばかり出てきたので,検索ワードをいったん「カンジダ wiki」としました。そうすると,検索トップにwikipediaのページが登場します。しかし,wikipediaは上記の①や②には該当しません。私がwikipediaで参考にするのは,記事の末尾に掲載されている文献情報や,外部リンクです。wikipediaの記事はこれらを情報源に書かれたもの(二次資料)ですから,その中に①や②に該当するものを探すのです。wikipediaは,一次資料にあたるための,簡便なツールとも言えましょう。

 理科の知識と,それを身につける上で同時に養われる「調べよう」という姿勢,そして適切な情報源にあたるスキルがあれば,こうした本は目次を読むだけで鼻で笑うことができます。詳細な医学知識は必要ありません。適切な情報源にアクセスし,そこに書いてあることが分かるだけの,理科の知識があればいいのです。

 さぁ,みんなで理科を勉強して,こんな頓狂なモノからさっさとおさらばしましょう。情報の受け手である私達の科学リテラシーが向上すれば,疑似科学の類は少しずつ衰退に向かうはずですからね―。

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