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代謝のこと・問題集の解説のこと

―テーマ―
・代謝のこと:身体の中で行われる化学反応のこと
・問題集の解説のこと:学習者が必要としている情報のこと

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―代謝(呼吸)の問題の出題―

 多少の改変を加えていますが,とある大学の入試の生物において,次のような問題が入試に出題されたことがあります。結論から言うと,私この問題は好きです。

問. 下の図は,グルコースを呼吸基質とした呼吸の初期過程を模式的に示したものである。以下のQに答えよ。

スライド1 (2)

Fig.1

Q. Fig.1の①〜④の過程で,ATPが合成されるものを選べ。

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―食べることと生きることの間で―

 いきなり問題というのも変な話ですし,「ATPって何やねん」という方もおられると思いますので,解答の前に,いつものように長々と少しだけ背景をご紹介しますね。

 はじめに確認しておきたいことがあります。先ほどのFig.1で示した化学反応は,私たちの頭のてっぺんからつま先に至るまでの,全身の細胞の中で行われています。すごく身近な化学反応なんですよ,実は。

 私達はモノを食べることで生きていますが,モノを食べることと生きることの間には,食べたものがどのような振る舞いをするかという過程があるはずです。中学理科くらいでは,消化管の中で起こる「消化と吸収」を主に勉強しますね。食べることと生きることの間には,消化と吸収という過程があります。そして,高校理科では,「代謝」というものを勉強します。消化して吸収することと生きることの間には,代謝という過程があるということです。今日は,その代謝のほんの一部を,ちょっとだけご紹介しましょう。

 本稿を通じて,「食べる」や「生きる」はヒトという「個体」レベルの話,消化と吸収は小腸などの「器官」レベルの話,そして代謝は「細胞」レベルの話…といったように,だんだんとミクロの世界が広がっている感覚を抱いていただければ,本当に嬉しく思います。

 代謝とは,「生物体内で行われる化学反応の総称」のことです。ここでは代謝のうちの「呼吸」という,「酸素を使って有機物を分解し,エネルギーを得る過程」を紹介します。一般に呼吸という言葉は,「酸素を吸って二酸化炭素を吐くこと(=息)」を指しますが,生物用語としての呼吸という言葉は,細胞の中で行われる一連の化学反応の1つを指します。
 ヒトはイネの種子を「お米(でんぷん)」として摂取し,口から小腸にかけてグルコース(いわゆる「ブドウ糖」)にまで分解し,血液中に吸収します。吸収されたグルコースは血液の流れによって全身の細胞に運ばれます。そして,グルコースは細胞の中で二酸化炭素にまで分解されます(この二酸化炭素を,私達は口から吐き出しています)。

 グルコースを二酸化炭素にまで分解する過程は,大きく次のA.〜C.に分けることができます。それぞれに,解糖系クエン酸回路電子伝達系という名前がついています。

A. 解糖系:1分子のグルコース(炭素原子6つの分子×1)を,2分子のピルビン酸という物質(炭素原子3つの分子×2)にまで分解する過程をいいます。先ほどの問の図が示しているのは,この解糖系の模式図です。

B. クエン酸回路:2分子のピルビン酸を,6分子の二酸化炭素(炭素原子1つの分子×6)にまで分解する過程をいいます。

C. 電子伝達系:
実は,A.とB.でグルコースを分解する過程で,ちょうど細かい破片のように「水素イオン」というものが大量に生じています。電子伝達系は,この水素イオンに,肺で取り込んだ酸素を結合させて,水素と酸素の化合物である「水」を合成する過程をいいます。
…というのも,水素イオンは,そのまま溜まってしまうと細胞の中が酸性になってしまったりして色々と不都合なのです。ですから,酸素を使って水という安全な物質に変えて,最終的に汗や尿として排出します。

※よく「酸素を吸って二酸化炭素を吐く」と言いますが,高校生物で学ぶ「呼吸」では,「二酸化炭素を吐いて(B.)酸素を吸う(C.)」という順番で学習します。本当は,B.とC.とは同時進行しているので,順番を考えるのはナンセンスでもあるのですが。

 ここまでも大事な話ですが,ここからも大事な話。

 これらA.〜C.の過程のすべてにおいて,アデノシン三リン酸(ATP)という物質が作られます(問のQで問われていた物質です)ATPは,文字通り,アデノシンという物質に,リン酸という物質が3つくっついた形をしています。当然,ATPを作るには材料が必要で,ATPは,アデノシン二リン酸ADP。アデノシン+リン酸×2)という物質と,リン酸から作られます(2+1=3)。

 このATPが,生き物にとってめちゃくちゃ大事なんです。

 そもそも何でグルコースを分解するのかといえば,それは「エネルギーを取り出すため」です。グルコースの中には私達の生命活動に必要なエネルギーが詰まっていて,グルコースをパカンと割れば(=分解すれば)そのエネルギーを取り出すことができます。逆に言えば,グルコースの合成にはエネルギーを込める必要があるということです。光合成は,二酸化炭素と水という部品を,光エネルギーを使ってグルコースの形にギュッと押し固める過程であるとも言えます。
 しかし私達は,グルコースだけからエネルギーを得ているわけではありません。ご飯と一緒に口から取り入れた,肉(タンパク質)や油(脂質)といった様々な有機物からもエネルギーを得ています。米や肉や油に含まれるエネルギーは,その含まれ方が各々によって異なるので,これらを等しく生命活動のエネルギー源とする(例えば腕の筋肉を動かす)ためには,どこかでエネルギーの規格を統一しなければなりません。

 その統一規格が,さっきのATP,アデノシン三リン酸です。私達の細胞の中では,米や肉や油を分解する化学反応が行われます。いずれも最終的には,取り出したエネルギーを使って,ADPとリン酸という部品を,ATPの形にギュッと押し固める反応が起こります(前述の光合成と同じ理屈です)。エネルギー源となる食べ物の種類はゴマンとありますが,それらをすべてエネルギー源として使えるということは,ATPというエネルギーの統一規格があるからなのです。
 私たちが日ごろ使用している電力は,石油や石炭,天然ガス,原子力といった様々なエネルギー源に由来しますよね。石油を蛍光灯に直接注いでも明るくはなりません(筋肉に直接ご飯粒をくっつけても,筋肉は動きませんね)。石油を燃やし,その熱で水を沸かし,大量に発生した水蒸気の勢いでタービンを回し,電気エネルギーに変換しています。化石燃料も原子力も,最終的にはどれもタービンを回して電気エネルギーを得ることに変わりありません。様々な食べ物に含まれるエネルギーを,ATPという統一規格に含まれるエネルギーに変換するというのは,ちょうど発電と同じようなものです。

 このATPは,筋肉を動かしたり,神経細胞を流れる電気を起こしたりといった,様々な生命活動の直接のエネルギー源として使われます。使われたATPは,その材料であるADPとリン酸に分解され,新たな食べ物の分解を以て再びATPに合成されます。地球上のすべての生物がこのシステムを採用しているので,地球上のすべての生物が祖先を同じくしていることの,根拠の1つとして挙げられることもありますね。

 ここまでのお話をざっくばらんにまとめると,次のようになります。

食べ物を食べる
→食べ物を分解してエネルギーを取り出す
→そのエネルギーを使ってADPとリン酸からATPを合成する
→ATPを分解してエネルギーを取り出す
→生きる

 要するに,モノを食べてATPを作らないことには,私達は生きていけないのです。

※あと,「そもそもエネルギーって何やねん」というお声も度々頂戴するのですが,「そういうモノがあると仮定すると,諸々の現象の説明が上手くいく,超便利な概念のこと」…と,多方面からお叱りを受けそうな答えでお茶を濁しておこうと思います。どうもすいません。

 それではここから,冒頭に紹介した設問を題材に,これまでお話した「ATPをつくる過程」の,さらにその中身のほんの一部を,もう少しだけ詳しくお話することにします。

***

―出題された問題のお話―

 さて,メインテーマである出題に戻りましょう。問題を再掲します。

問. 下の図は,グルコースを呼吸基質とした呼吸の初期過程を模式的に示したものである。以下のQに答えよ。

スライド1 (2)

Fig.1

Q. Fig.1の①〜④の過程で,ATPが合成されるものを選べ。

 …早速ですが,正解は③です。へぇそうなんだ…じゃないんです。というのも,この図を,多くの受験生が覚えている内容と突き合わせると,Fig.2のようになるんです。

スライド2


Fig.2 出題の模式図((a)=Fig.1)と,多くの受験生が覚えている模式図((b))。①〜④は化学反応の経路を,(あ)〜(え)は物質を示し,同じ記号は同じ経路・同じ物質を示す

 そう,(b)では(a)の①〜③がひとまとめなんです。(い)や(う)をすっ飛ばして,グルコース((あ))がピルビン酸((え))に分解されると覚えている方が多いと思います。そんな状態で,この設問は(b)ではなく(a)の図を受験生に提示し,①~③のどの過程でしょうかと聞くわけです。
 ですからこれは純粋な知識問題ではなく,いくぶんかは思考問題だと私は考えます。もちろん,②や③の過程を知っていても解けるのですが,(い)や(う)のような物質名は普通の問題集ではなかなかお目にかかりません。

 注目したい点は,③の過程の前後にあたる,(う)と(え)の物質の名称です。(う)の「グリセルアルデヒドリン酸」は,文字通りリン酸をもつ分子です。そして(え)の「ピルビン酸」はリン酸をもちません(う)のリン酸が,③の過程で,どこかに消えているのです。

「リン酸,どこへやった?」
「お前のような勘のいい受験生は歓迎するよ」

 物質は急に現れたり消えたりしません。図から消えているということは,図に示されていない別の化学反応に使われたかもしれないと考えることができます。
 呼吸の単元で,リン酸が使われる化学反応といえば何でしょうか。ATPを合成するためには,ADPとリン酸が材料として必要なのではありませんでしたっけ?ということは,ATPはここで合成されているのではありませんか?

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―せっかくなので問題を深読みする―

 ちょっとだけ,量的なお話をします。少し難易度が上がります。

 多くの受験生は,1分子のグルコースをピルビン酸にする過程で,2分子のATPが合成されると学習します。また,より詳しく,「2分子のATPが消費され,その後4分子のATPが合成され,差し引き2分子のATPが合成される」という説明もなされますね。これらであれば,いずれも教科書レベルです。

 先程のFig.2-(a)を,ATPの収支に着目する形で少し改変してみましょう(Fig.3)。(い)のフルクトース二リン酸という物質は,名前の通り,フルクトースという物質にリン酸が2つくっついた構造をしています。ですから,①の過程では2分子のATPが消費され,そのリン酸が使われたことになります。ここまでは,学習したこと(=「2分子のATPが消費され,」の部分)と食い違いませんね。

スライド3

Fig.3 ①の過程で2つのATPを消費して,一連の反応経路に2つのリン酸を付加するところ

 続く②の過程の前後((い)と(う))では,リン酸の数に違いはありません。そして件の③の過程で,2つのリン酸が使われて,ATPが…合成…あれ?(う)の時点でリン酸は2つしかないのだから,ATPは2分子しか合成できないのでは?となります。そもそも,ATPを合成するためにグルコースを分解するのですから,ATPを2つ消費して2つ合成するようでは,差し引きがゼロになってしまいます。ここで,学習したこと(=「その後4分子のATPが合成され,差し引き2分子のATPが合成される」の部分)と,合成されるATPの数に食い違いが生じますね。ATPを4分子合成するためには,リン酸があと2つ足りませんFig.4)。

スライド4

Fig.4 ③の過程で4つのATPを合成するためには,そのままではリン酸が2つ足りないということ

 なんということはないのです。実は,③の過程はもっと細かく細分化されます。(う)から(え)になる過程の中に,ATPとは別の形で,2つのリン酸が一連の化学反応に加わる過程があるのです(Fig.5。リン酸は,細胞の中にたくさんありますから)。これで,合計4つのリン酸がこの一連の化学反応に取り込まれ,③の過程における4分子のATPの合成に使われるということです。

スライド5

Fig.5 ③の過程には,Fig4.では不足している2つのリン酸が供給される過程もあるということ

 これらのことを踏まえ,これまで見てきた「グルコースをピルビン酸に分解する過程」を大学教養レベルの手前くらいまで掘り下げると,次のFig.6のようになります(①〜④,(あ)〜(え)といった凡例は維持)。①〜③の3つの過程は,合わせて概ね10の過程に細分化されます。

スライド6

Fig.6 大学で学習する模式図(簡略版)。本当はこれに化学式や酵素など,様々なものと一緒に学習します

 いやぁ,難しいですねぇ,ほんと。
 余力のある生物選択の高校生の方は,①の過程がグルコースのリン酸化による高エネルギーリン酸結合の生成であることと,化学反応が進行するためには,その進行ために必要な活性化エネルギーの分,物質が高エネルギー状態をとる必要があることを踏まえ,解糖系という一連の化学反応が段階的に進む過程について,酵素のはたらきの観点から見つめ直してみてくださいね。

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―問題集の解説のこと―

 さて,本題はむしろここからです。前置きが長いのは私の悪い癖。件の問題が掲載されていた問題集の,その模範解答の解説文のことです。

 解説文には次のように書いてありました。

「グリセルアルデヒドリン酸からピルビン酸が生じる過程で,ATPが合成される。」

 いやいや,この問題を間違えた受験生が欲しい情報は,それじゃないんじゃないですかね。ひょっとして,「覚えろ」ってメッセージですかね,それ。多くの受験生は,グルコースからピルビン酸が生じる過程でATPが合成されることは知っていますが,それが図の①〜③のどこで合成されるかなんて,そこまで覚えている受験生はなかなかいません。
 「大学側は,そこまで覚えている学生が欲しいのでは?」それは大いにあるでしょう。非常に優秀な受験生だと思いますし,その豊富な知識による回答を私は称賛します。しかし,問題の図にはわざわざ,グリセルアルデヒドリン酸((う))という名前で以て,リン酸をもつことが示してあります。受験生の知識の多寡のみ試したいのであれば,図を見て判断がつくようにはしないのではないですか,ということです。

 この問題を,知識問題として処理するのは,ちょっと勿体ないのではないでしょうか。

 そういえば,暗記と思考については,別の記事(↑)で書きました。こちらの記事では,簡単のために暗記と思考を二項対立させましたが,もし全てを暗記できるのであれば,あらゆる問題は知識問題として処理できるでしょう。一般にそれは,人間ではなく,機械の得意分野だと思いますけれど。
 生物は暗記科目であるとよく言われてしまいます。せめて「確かに,暗記でも点は取れる」くらいに言って欲しいものです。もちろん,覚えなければどうしようもない事柄はありますよ。「ミトコンドリア」という名詞をいくら見つめても,そのはたらきは導けません。覚えなければならないことは覚える,そこから考えて導けることは覚えない,ただし考えて導く練習はする―思考力とやらをはたらかせるためにも,そう割り切るのはいかがでしょうか。

 問題集の解説文も,もっと考えて導く練習ができるようにはならないものでしょうか。

 自分でも伝わりにくいことは分かっているのですが,そこで導き方を暗記するというのともまた違うのです。理科における「導き方」はいわば「必然の連続をなぞること」で,それはつまり義務教育で勉強してきた簡単な物理法則(質量保存の法則など)に則って話を進めていくだけ…そう,それだけと言えばそれだけだと思うのです。

「グルコースは炭素原子を6つ含み,ピルビン酸は炭素原子を3つ含む。然らば,グルコース1つの分解によってピルビン酸は2つ(6÷3=2)生成する」

 この「然らば」という接続詞を,どれだけ意識して,どれだけ頻繁に使えるかというところに,答えがあるような気がするのです。「然らば」の後に続くのは物理法則に準じて導かれる必然であって,ピルビン酸が2つ生成するところまで暗記するということではないということです。「何で?何で?」を連発する子どものようになろう,とでも言えましょうか。

 というのも,私が通っていた高校の国語の先生は,「評論文はツッコミを入れながら読め」と口を酸っぱくして言っていました(関西です)。「何で?」「ホント?」「どういうこと?」「具体例は?」「意味分からん」「それとこれは同じ話?ひょっとして違う話始まってる?」といった具合です。今でも覚えているということは,腑に落ちるところがあったのでしょう。
 唐突に国語の話をはじめましたが,私は国語の成績と生物の成績は強く相関すると考えています(他の科目の成績との間に相関がないと言っているわけではありません。念の為)。生物の問題って,センター試験などで見比べてもらえれば分かると思いますが,本当に文章量が多いのですよ。そのような長い文章を読み解く際に,右から左に受け流すのではなく,「どういうこと?」「何が起こってるの?」「何でそんなことが起こるの?」といったツッコミを入れることが,その単元の理解を深めていくのではないかということです。「何で?何で?」を連発する子どものようになるのが少し恥ずかしければ,年齢相応の表現に変えればいい話ではありませんか。さぁ,さぁ。

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 代謝をはじめとする,いわゆる「生理学」は専門から遠く,どうにも書いたものが面白くありません…いや,私はこの記事を書きつつ勉強になって非常に面白いんですけど,これでは飽きられるんじゃないかなという不安が拭えません。これまでの記事が面白く書けているかといえばそれは耳の痛い話ではありますが,なるべく平易な言葉で表現しつつ,正しさを損なわないところを狙っていきたいです。
 分かりやすさと正しさは必ずしもトレードオフではないと信じて,伝え方を模索してみようと思います。(結)

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