麻疹のこと・ワクチンのこと
―テーマ―
・麻疹のこと:知っておきたいこと。新しく明らかになった麻疹のこと。
・ワクチンのこと:麻疹や風疹のワクチンのこと。集団免疫のこと
―おことわり―
この投稿は,twitterハッシュタグ「高校生の皆さんにはお手元の教科書を開いていただいて」を使って呟いた内容の清書です。読者層は高校生を想定していますが,大人の方もどうぞ。
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―知っておきたい麻疹のこと―
2019年11月1日,下記のようなニュースがyahooニュースに掲載されました。まずは,ニュースの確認と,麻疹という病気について適切に調べるところから始めましょう。
はしか感染で免疫システム「リセット」、米研究で明らかに
https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20191101-00000023-jij_afp-int
世界的に再流行している麻疹(はしか)は、これまで考えられていた以上に害が大きい──1日付の米科学誌サイエンス(Science)に掲載された研究で、はしかウイルスが免疫システムを「リセット」することが分かった。
ニュースの確認はここまで(内容の詳細は記事を読んでください)。次は,麻疹という病気について調べます。
参考にしたいのは,国立感染症研究所HPより,「麻疹とは」というページ(https://www.niid.go.jp/niid/ja/kansennohanashi/518-measles.html)
以下,一部省略等の改変をしつつ抜粋します。
38℃前後の発熱が2~4日間
高熱が出るとともに、特有の発疹が出現
このあたりは,皆さんも広くお持ちの「麻疹のイメージ」だと思います。
問題は次の部分。
免疫を担う全身のリンパ組織を中心に増殖し、一過性に強い免疫機能抑制状態を生じる
免疫機能抑制状態?そう,麻疹にかかると免疫が抑制されます。「熱が出て,赤い発疹ができる病気」という認識は間違ってはいないのですが,麻疹の症状はそれだけではありません。麻疹の怖いところは,免疫の抑制が起こるという点です。端的に言えば,麻疹にかかった後は,麻疹以外の病気にもかかりやすくなるということです。
さて,麻疹というのは一体どういう病気なのかの調べもつきました。ここで一旦,クイズです。麻疹に限らず,ある病気についてインターネットで調べたいと思ったとき,どうするのがいいと思いますか?
wikipedia?個人ブログ?いいえ,国立感染症研究所や厚労省のHPです。つまり,誤った情報を掲載した際はすぐに「ごめんなさい」をして訂正しなければならない,公的機関のHPを確認するということです。個人のブログには責任も何もありません。もちろんこのnoteにも,本当はありません(対応はさせていただきますが)。ですから必ず皆さんは,上に貼り付けたリンク先を確認するようにしてください。
また,参考にしているHPが公的機関のものであるかどうかを判断する方法がもう一つあります。それは,webアドレスのドメインが“go.jp”になっているものを選ぶという方法です。“go.jp”は“government Japan”の略で,政府機関や省庁所管の研究所、国立研究開発法人などが使うことのできるドメインです。
公的機関の文章は,どこか硬くて,とっつきにくいです。でも,これくらいは読めるようであってください。教科書に出てこないような難しい専門用語などは分からずとも,大事な部分を2,3抜粋するくらいはできるようであってください。そうでなければ,自分や自分の大切な人が大きな病気にかかったとき,正しい情報にアクセスできずに不利益を被る可能性があります。
死にたくなければ勉強しましょうね。
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―新しく明らかになった麻疹のこと―
前述のyahooニュースの元論文はこちら。
Measles virus infection diminishes preexisting antibodies that offer protection from other pathogens
(麻疹ウイルスが感染すると,はしか以外の病原体から身を守ってきた獲得済みの抗体が減少する)
https://science.sciencemag.org/content/366/6465/599
yahooニュースには,何て書いてありましたか?
はしかウイルスが免疫システムを「リセット」する」
なんて書いてありましたね。
高校で生物を履修した方に確認したいのですけれど,高校の生物の教科書に,「免疫のリセット」なんて用語,ありましたか?ありませんよね。
ここで高校生の皆さんは.「麻疹にかかると免疫がリセットされるんだって!!」とオウム返しするのではなく,「リセット?どういうこと?」と突っ込めるようであってください。欲を言えば,「感染によって影響を受けるのは,記憶細胞?抗体産生細胞?どこ?」まで考えてもらえれば幸いです。
教科書で学んだ知識を使うというのは,そういうことです。教科書の中の情報は,貴方が積極的に使わない限り,教科書の外には出てきません。「こんなこと勉強して何の役に立つのか」ではないんです。そんな受け身の姿勢でどうするんですか。貴方が役立たせるんですよ。
私が高校生だった頃のことを棚に上げたお説教はこの辺にして,高校生物レベルの内容のおさらいも交えつつ,今回の研究で分かったことを簡単にかいつまんでみることにします。
先に挙げた国立感染症研究所のHPにあるように,麻疹の感染が免疫抑制状態を引き起こすことは既に分かっていました。1908年には,ツベルクリン反応(結核菌への感染歴もしくはBCGワクチンの接種歴を示す反応)が陽性だった人が,麻疹の感染によって陰性に変わる(感染歴・接種歴が消失する)ことがあることも報告されていました。
しかし,どの病原体に対するどの抗体が,どのように減少するのか―ということを網羅的に調べた研究は,これまでなされてこなかったようです(http://aasj.jp/news/watch/11649)。今回,研究者の皆さんは,VirScanという手法で,血液中の様々なウイルスに対する抗体が,麻疹感染前後でどのように変化するかを調べました。
VirScanという手法は,ファージの殻(タンパク質)に様々なウイルスの一部を発現させたものを被験者の血液に曝すことで,それら組換えファージと抗原抗体反応を示す抗体を血液中から割り出す手法のようです。2015年に開発されたばかりの手法で,安価でスグレモノなんだとか。
さぁ,実験結果を確認する前に,ひとまず高校生物のレベルのおさらいをしましょう(大人の皆さんへ:高校生で,生物基礎を履修している人は,これくらいは知っています。大人が勉強しないでいい話ではありませんね)。
まずは血液の成分から。血液は有形成分(赤血球など)と液体成分(血しょう)に分けられ,後者には抗体などのタンパク質が含まれます。血液検査をすると,血液中にどの種類の抗体がどの程度の量あるかを調べることができます。血液中には,常に何らかの抗体があるのです。
ある病原体が体内に初めて侵入し,適応免疫が成立すると,二度目以降の侵入時に速やかに対処できる―これは二次免疫応答という用語と共に学習しましたね。私達の身の回りは多種多様な病原体だらけなので,基本的に,常に「二度目以降の侵入」のリスクに曝されていると考えて差し支えありません。
ですので,様々な病原体は今も私達の体内に侵入し,それに対して今も,私たちの体内では様々な抗体がつくられています(血液検査で様々な抗体が検出されるということは,そういうことですよね)。そして,その状態は病原体の排除後もしばらくの間続き,体を病原体から守ります。
さぁ,やっと今回の研究で明らかになったことをかいつまみます。
今回の研究で明らかになったこと―それは,麻疹に感染すると,その人の血液中の抗体のレパートリーが激減するということ。そして,様々な病原体に対抗する様々な抗原抗体反応が一度に減衰するということです(代表的なところでは,インフルエンザウイルスに対する抗体が失われています)。「麻疹の感染によって免疫抑制が起こる」というのは既知でしたが,今回の研究は,様々な病原体に対する抗体が,麻疹感染によってどのような影響を受けるかを網羅的に示した研究であるということです。
さらに,分かったことがもう一つ。麻疹に対して効果のあるMMRワクチンの接種は,この抗原抗体反応の減衰を引き起こさないということ。麻疹にかかると起こる免疫抑制は,麻疹ワクチンでは起こらないということです。ますますワクチンの有効性が強調されることでしょう。
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―ワクチンのこと―
大事なのは想像力です。自分が麻疹にかかったらどうなるかを想像してみます。
麻疹の感染によって免疫抑制が起こるということは,他の様々な病気にかかるリスクを増加させるということです。繰り返しますが,私たちの身の回りは病原体だらけです。麻疹に感染すると,それら病原体に対して私たちの免疫は無力になります。そもそも麻疹にかからなければ,麻疹による免疫の抑制は起こらないのですから,麻疹の予防にワクチンが有効であることは論を待ちません。
自分が麻疹にかかる確率を下げるために接種する―これはもっともな動機です。しかし,ここで皆さんには,「集団免疫」という言葉も同時に学んでおいて欲しいと思います。
人間の集団におけるワクチン接種率の向上によって病原体を封じ込めるという考え方を,「集団免疫」といいます。麻疹にかかった方(Aさんとしましょう)は,免疫機能が抑制されていますから,普段よりも他の病原体に感染し発症するリスクが高まっています。Aさんがかかったことのあるインフルエンザに対する抗体も,その大部分が失われているかもしれません。
さてこのとき,Aさんの周りの方がしっかりとインフルエンザワクチンを打っていればどうなるでしょう?インフルエンザウイルスは増殖の場(つまりヒト)を失います。そして,Aさんがインフルエンザウイルスに感染する可能性が下がります。
また,集団免疫についてお話する上で外せない話題があります。「先天性風疹症候群」です。
妊娠中の方が風疹ウイルスに感染すると,「先天性風疹症候群」という疾患を,生まれてくる子供に高確率でもたらします。具体的には,生まれてくる子供に,心疾患,難聴,白内障などの障がいが起こります。
しかし,妊娠中の方は風疹含有ワクチンを打つことができません。妊娠中の方で風疹の抗体を持たない方(Bさんとします)は,風疹への感染リスクが高い状態を維持します。しかしこのとき,Bさんの周囲の方が風疹ワクチンを打っていれば,集団免疫によって,Bさんが風疹に感染する可能性は下げることができます。そして,お腹の子供に先天性風疹症候群が発症する可能性を下げることができます。
あなたがワクチンを接種することで,あなたにもメリットがあるし,あなたの大切な人を守ることになるのです。
いいですか,「僕は妊娠しないし」と少しでも考えたなら,想像してみてください。もしあなたが風疹に感染し,幸いにも重症化せずに風邪だと思い込んでいるとき,たまたま電車の隣の席に妊婦の方が来られたら―と思うと,ぞっとしませんか。
先天性風疹症候群は,大人が注射1本するだけで防げたはずのことです。いいですか。大人が,注射1本するだけで,子供たちが負わされるリスクを下げられたはずなんです。とても悔しいとは思いませんか。
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―高校生の皆さんへ―
高校の生物では集団免疫まで扱いません。しかし,免疫を学習し,免疫を利用した医療についても触れる皆さんが,集団免疫を知らないでいる理由もありません。免疫についての学びが深まったのであれば,その知識を教科書の外に持ち出す努力をしましょう。
繰り返しになりますが,教科書の中の情報は,皆さんが積極的に使わない限り,教科書の外には出てきません。こと「免疫」や「ワクチン」に関しては,巷にあふれる情報は玉石混交です。中には悪質なデマも含まれます。皆さんが,教科書で学んだことを活かし,ただしく調べ,それらの情報から正しい情報を取捨選択し,自らの意思決定に役立ててくださることを切に願っています。(結)
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