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約束のネバーランド エンディング後の世界の考察 〜邪血の持つ真の意味とは〜

2022年8月にもなって少年ジャンプの歴史に燦然と輝く名作「約束のネバーランド」を読み終わりました。
ネット上では現在この漫画について語っている方はほとんどいなように思えますが、私は最近読み終わったので考察を書きたいと思います。鬼の生き物としての性質と邪血がもたらす効果を考えたときに、この物語のエンディングは決してハッピーエンドではないのではないかということが見えてきました。もちろん読み終わっていない方はネタバレ注意です。

鬼という生き物の考察

鬼の起源として、作中ではウイルスのように自己では進化できず、他の生物のDNAデータを借りることで己の遺伝子を書き換え、進化する生き物であるとの描写がなされていました。かつての原始的な鬼はいつしか人間を取り込むことで高度な知性と社会性を獲得するに至ったとされています。
まさに驚異的な生命体ですが、その代償として知能を含めた能力が低い生命体を捕食するとその特性を取り込んでしまい、知性や戦闘能力が下がってしまうという致命的な弱点があります。生命維持として必要な食事に対して量だけではなくその質にもこだわらなければ生き物として下級なものになってしまい、いつしか鬼たちが言う「野良鬼」にまで堕ちる恐れがあるというなんとも可哀相な業を背負った生き物ということができます。作中の貴族階級の鬼たちはこの特性を利用して、質の良い食糧(知能が高い人間)を独占することで、己の地位を保っていました。逆に質の良い食事を絶たれるとギーラン家のように貴族階級の鬼でさえ野良鬼まで堕とすことができるため、この食糧の確保は鬼世界にとって死活問題となっています。

邪血という名の救世主?

そこで出現したのは「邪血」と呼ばれる性質を持つ鬼です。この鬼はどんな食糧を食べても退化せず、その知性を含めた性質を失わないどころか、その血を飲んだ他の鬼まで同様の性質を得ることができるため、この超階級社会の鬼の世界から鬼たちを開放させることができる唯一の解決策として登場しています。一度はこの階級社会を維持するために貴族たちによってその存在と真の価値を隠蔽されてしまいますが、主人公達の活躍によりすべての鬼たちに邪血が行き渡り、これまでのように人間を食べなくても良くなったねハッピーエンド!というのが表で描写されたエンディングとなります。しかし、邪血というもののが持つ真の意味と、描写されている鬼たちの性質からこれは素直にはハッピーエンドとは捉えることができないのではないか、というのが本稿で書きたい内容となります。

鬼の寿命長過ぎる問題と子ども多すぎ問題

そもそも鬼は大変長い寿命を持っています。人間の世界と鬼の世界を分断した戦争を経験する鬼が作中でも多数生存していることから少なくとも1000年以上の寿命を持っていることが伺えます。対他の生物という点でも捕食した生き物の能力を引き継げるという能力があるため、食物連鎖では人間を上回る頂点に位置する生き物と考えられます。
これだけ長寿でかつ天敵の存在がいないとなると、種族の維持に必要な繁殖数は非常に少ないと考えられますが、都市部の鬼たちの描写をみると人間と同じような速度で繁殖していると思われます。物語後半では鬼の兄妹が邪血狩りから逃げるシーンがありますが、年があまり離れていない兄妹が存在するということはかなりの速度で子どもを生み続けていると言えます(実際には人間基準ではかなり年の離れた年齢なのかもしれませんが、幼体が成体になる前に次の幼体がいる時点でかなり早い速度で繁殖しているのは確かと思われます)。
つまり、この世界の鬼は食物連鎖の頂点でかつ他の生物とは比べられないほど長寿にも関わらず繁殖スピードは人間並と考えられます。なぜこのような相反する性質を持っているのでしょうか。

鬼の天敵

生物として無敵と思われる鬼ですが、実は天敵と呼べる種族が1つだけ存在します。
それはです。
作中でも度々鬼が鬼を食べるシーンが出てきますが、鬼は鬼を食べても相手が持つ知性や生物学的特性を取り込むことができます(短い時間なら思考も取り込める)。つまり、このような長寿な生き物がせっせと子どもを作らなければいけない理由は、鬼は鬼によって捕食されるからです。人間を捕食することで知性を持ち、社会性を獲得した鬼たちは人間達を模倣した相互に助け合う文明社会を形成していますが、一皮剥けば鬼にとって最良の餌とは鬼自身なのです。おそらくは知性を持たない原始の鬼たちは共食いをすることで一握りの強い鬼に他の生物から取り込んだ性質が集まり進化していったものと考えられます。鬼が人間を食べるのは本能だから仕方ありませんが、鬼が鬼を食べるのも本能だから仕方ないのです。

邪血がもたらす真の効果

前述する邪血の効果により物語のエンディング時点ではすべての鬼に邪血の性質が行き渡り、どんなものを食べても退化しなくなりました。これは一見良いことのように思われますが、エンディング後の鬼たちは食糧の制限による統制が効きません。これまでは適度に質の悪い食糧を与えておけば知能を低いまま維持できたり、さらに供給を断てば勝手に野良鬼に落ちて共食いさせて数を減らすことができましたがすでにこの方法は使えません。本能に従って子どもを好きなだけ産むでしょうし、何もしなければ1000年以上死なない無敵の生き物が世界中に溢れてしまうでしょう。鬼の世界はすぐに深刻な人口爆発の問題に直面します。文明レベルについては一部高度な文明が描写されていましたが、人間世界からの盗用と思われ、鬼たち自身の文明レベルは中世程度、政治レベルも王政に留まっており、民主主義的な解決も難しそうです。新しい王となったムジカがあの優しい性格のまま統治を続ければ、いずれ増えすぎた鬼たちは本能に従って他の鬼達を捕食し始めるでしょう。邪血が広まった鬼の世界で一番始めに行わなければならない施策とは、「出産数の制限」です。あの世界を崩壊させないようにするにはムジカたちが一刻も早くこの事実に気がつく必要があるのです。

邪血は進化も抑制する

邪血の効果は「食糧によって自身のDNAが改変されない」というもので、物語では退化しないという正の側面のみが強調されていましたが、鬼という生き物を考える以上、この食べ物によって変化しないというのは致命的な弱点になりえます。鬼の成り立ちはでは本来はウイルスのように他の生き物の力を利用して進化すると描写されているため、鬼はこの性質がないと自身のDNAを変化させることができないと思われます。これによって問題となるのは伝染病などの疫病への生物としての耐性です。人間を始めとした生き物は度々大規模な伝染病で多くが死に絶えてきましたが、一部が抗体を獲得することで絶滅を免れてきました。鬼たちは食事のために常にDNAを変化させてきたため、これまで免疫系を進化させる必要はなかったと考えられ、感染症に対し脆弱であると予想されます(貴族たちは昔に邪血の性質を手に入れているため庶民より感染症に対しては弱かったのでしょう。)。
しかし世界はすでに固定化した遺伝形質を持つ鬼のみとなってしまいました。鬼達にとって致命的な感染症が出現した場合は貧弱な免疫系しか持たない鬼達は為す術もなく全滅する可能性があります。医療技術の早急な発展もムジカ達が取り組まなければいけない問題となります。

ネバーランドのこれから

以上を踏まえますと、ネバーランドのこれからとは、人口の爆発的な増大とそれに伴う文明社会の崩壊、鬼同士の殺戮の歴史の始まりであると同時に感染症という他の生き物たちが乗り越えてきた問題に初めて立ち向かわなければいけないという暗黒時代の始まりなのです。新たな王となったムジカたちに幸多からんことを!


おまけ 邪血はどこからきたか

邪血はある日突然出現した性質である描写でしたが、これはおそらくムジカが捕食した際に他の生物の「なにかを捕食しても遺伝子が変化しない」という性質を取り込んだ結果と思われます。鬼以外の生物は(当たり前ですが)すべてこの性質を持っているためムジカが抹殺されたとしてもいずれ邪血の性質を持つ鬼は一定確率で誕生したものと考えられ、遅かれ早かれこのような問題に直面したものと思われます。

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