まぼろしみたいにやさしい

奇跡のてざわりを、誰もが肌で覚えている。ほころんだ梅が、吹きすさぶ嵐が、揺れる稲穂が、肩につもる雪が、あなたを今も抱いている。どこかに帰りたくて、誰かを思い出したくて、眠れない夜に、そっと枕元で音がする。軽やかな羽音が。天使のように。神様みたいに。あなたをじっと見つめてる。毎朝涙がでるのは、夢の中に置き去りにした人がいるからだ。今となっては思い出せない、いとしい誰かの面影が、胸をかきむしる。その国のなつかしさに鳥肌がたつ。涙が出るのは、痛みすら与えてくれないせいだ。震える両手も両足も、傷ひとつなく、今日という日を何不自由なく生きていけるおかげで、苦しさにひたることも許されない。明るすぎるそらが白々しい。でもそれを憎むこともできない。声が漏れている。なんてうつくしいんだ。わたしの声が。なんてうつくしいんだろう、この世界は。間違えてしまったはずなのに、いとしい誰かをうしなったのに、朝はいつでも、

まぼろしみたいにやさしい。

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