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うちの毒親について

父親について

抜けた歯を治療もせずに、そのままはめる。
食べる時はまた外れる為、外してから食事し、終わったらまたはめる。

水虫なのに治療しない。
なのにがんの治療はする。
なのにたばこは止められない。

がんは治療できたが、酒の飲みすぎで脳みそおかしくなる。
明らかに症状が出ているのに、お酒をやめられない。
だがリハビリには行く。

水虫悪化しすぎなのか他の病気なのかわからないが、はだしで床を歩くと血が付く。
なのに治療しない。
だがリハビリには行く。

だが、孫はかわいがる。
孫ははだしで家じゅう歩くから、私は水虫が気になってあまり実家に行きたくない。

だが父は、孫はかわいがる。
だったら、せめて水虫直して?

水虫は治さないのに、歯磨きはする。

鬱になり、出された食事の前でただただぼーっとしていた父。

私が思春期のときに、かわいいリボンを学校につけていっただけで、お前をそんな女に育てたつもりはないと激オコした父w

私が夢に見た職業をすべて否定してきた父。

そんな甘い考えで食べていけるわけがない、がデフォルトの父。
(おまえ、いっぱしの会社員しかなったことねえだろうがよ。とは言っていない。)

これらをいうと、バカにされたと般若の様な顔になる。
昔はビンタされたが、今では超絶な身動きスロー人間だから怖くもなんともない。

ギターを弾けて。
イケメンで。
手先が器用で。
真面目で。

山登りとかカブトムシとりとか。
魚釣りとか連れてってくれた。
小さい頃はそんな記憶もある、父。

農家の母と、お国の為にずっと家にいなかった父親の間で、育った父。
動き回るからと、父を柱にくくりつけて、祖母は畑仕事していたらしい。
そんで大便まで漏らしたもんな、と兄弟から、大昔の出来事として笑われていた父。

それを一緒になって笑っていた父。
それ、今で言う虐待な、わかるか?父。

母親について

そんな父のことを、ずっと文句言っていた母。

稼ぐあてもなく、私達(子ども)がいるし、別れるなんてできなかった、といいながら、今でも文句を言っている母。

今まで養ってもらったし、もう別れるとかそういう仲じゃないんだよ、という母。
人生ずっと伴侶のことを文句言って終わるつもりらしい母。

そして、不眠の為、薬を飲む。それが私の母。

自分では稼げない分、自分のこどもが金銭的に成功したため、そこにあやかり、身なりや持ち物、趣味にお金をかけられる母。
そしてそこにアイデンティティを見出している母。

誰も相談していないのに、あれこれアドバイスをする母。

行きたくもない義実家に毎回帰省し、体調を崩していた母。

子育ては犬と一緒でしつけが肝心といっていた母。

障害児をみては、ああなってしまったら、人生だいぶ大変だよ…といっていた母。

その割に猛暑のなか荷物を抱えた老人には優しくする母。

私が拾ってきた捨て犬を、1時間近くかけて動物病院に自転車でつれてってくれた実は優しい母。
(だがしかし、不便なことは他にもあっただろうから、免許とればよかっただけの話じゃん、というのはだいぶあとになって気が付いた私。)

イライラを、小さい私にぶつけ、私が泣き疲れて寝た後に、ごめんね…ごめんね…と謝っていた母。

両親について

要はな。
私の両親は共に、親としては超未熟児だったという結論。

(でも、未熟児だって、成長するから、このまま終わると未熟児に失礼か…。
スマソ…。)

とまぁ、私はそんな超未熟親に育てられたわけです。

そんで、私は今でこそ思うけど、ほんとに、子どもながらに両親のこと、的確にディスってきたなって思います。
そして、超未熟親だったってだけで、私たちのことを、めちゃくちゃ一生懸命に育ててくれたってことも、今では思ってます。

思うけどだがしかし。

それは超未熟親が好きでやってきたことなんで。
そう思えるようになった、のは私でありまして。

やっぱり、親には私がうまれてきたこと、
たとえ私が何をやりとげてなくても。
私がいることそのものに、感謝してほしかった、と思います。
だから、私はそれはすごく、自分の子どもに対して思う。
何かあって、つい不安になったり怒ったりしちゃいそうなときに。

あ、でもさ、今生きてるからそれでいいじゃんって。

冒頭でお話した、般若顔の父。
真実を真実のまま伝えることが、時として人を傷つけるんだと、今ではわかりました。

そして、そんなやり取りをしている私をみて、母は、私のことを怖い。といいました。
もう、なにも争いたくないんよ…と。

それ、ほんとに毒親によく見られる、「自分は成人まで子ども育てたんだから、あとはしらんよ」説です。
(読んでみてってたくさん毒親についての本渡したけど、きっと読んでないんでしょう。読もうとしても、つらすぎて読めないって可能性もありか。)

だから、傷つけたことに対して、それだけに対して。
ごめんね。とだけ言いました。

父は、もう許しているよ。といいました。
…‥‥・・・・・・
はい?
もう許してる?
なにを?
私は真実をそのまま言っただけですが。


はい、伝わらない。

私は、父と母が死んだら、泣くのでしょうか。
お葬式は行くのでしょうか。
自分でもわかりません。

そして私は、娘が私の様に伝えてくれることを望んでいたふしがあります。

精神疾患的になるほど、なにか辛いのだったら、まず先に何かしらの反抗があると思ってました。

だから、いつも叱ったりするときには、何か思う事があるならいいなさいって言ってました。

本当に、言いたいこととかわからなかったのだったら。
早起きできないことが、本当に娘の特性なんだったら。

私も、私の両親と同等の、私(娘)自体をちゃんとみていない、毒親なんだと思うのです。


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