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詩文のこと

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ひとりの女として

王も王妃も生まざりしかばたそがれの浴場に白き老婆は游ぐ
ーー水銀傳說 塚本邦雄

ひとりの老婆が広々とした浴槽にゆらゆらと身を投げ出してたゆたっている。モザイクタイルで装飾された静寂のローマ式浴場には、白い湯気が立ち昇り、半球の天井へ水音が柔らかく反響する。窓辺のステンドグラスを通って、色のついた西陽が老いた白い身体を祝福するように彩る。かつての誰かの記憶が眼前に呼び起こされる。
それはたぶん浴

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儀式

三流芸術家は死を扱いたがるという
「はあ、そうですね」
と適当に答える

凡夫なので
離れる瞬間を
何度も何度も想像する
シャッターが降りるように
遮断されてあまりうまくいかないのは
そのようにプログラミングされているからなのだろう

アッ

製造に何らかの意思が働いている証左みたいじゃないか

空おそろしくて
口を閉ざし 目をつぶることしかできない

ーーーーーーー
水野しず

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俳句

灯虫取る髪よりくゆる巻線香

駅のホームで、灯りに集まる羽虫を髪から払い除けたら、ここ数日燻されるように浴びていたお線香の香りがしました。
「帰るよ」と言ったらいつも必ず玄関まで出てニコニコ見送ってくれた祖母はもういなくて、それがただひたすらに寂しいです。
まだ気持ちの整理がついていなくて、長文は書けないので俳句を作りました。

おやすみなさい

2019.05.14

今は眠っている
指で押せばくしゃっと潰れる
殻の中はドロドロの液で満ちていて
混沌の律動に押し流されて蠢いている

今、今、今、

それきりしか分からなくなったのだ
ドロドロに溶けてからは

2019.03.24