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東吉野村で素敵に住み続けられるために。

新年あけましておめでとうございます。

新しい年、寅年を東吉野村で迎えることができました。
ビール屋として忙しかった2021年。
楽しくもあり苦しいことがたくさんありました。
つい、頑張ろうと120%でやってしまい忙しいことにかまけて、ちょっと大事なことから逃げていた2021年だったように思います。

自分たちが東吉野村でビール屋として生業を続け、そして地元に経済的な還元を行えるかどうかはグットウルフ麦酒の目的でした。そこからいろいろな戦略を立てて行くはずなのに、ちょっと周りに流されてしまいました。創業始めは仕方がないことかもしれませんが、やっぱし舵を切る自分がしっかりしたビジョンを持ってないと思わぬ方向に進んでしまいますよね。

それが2021年の1番の反省点です。

それに気がついて良かったと思います。


東吉野村。

昭和の戦後、木材の景気が良く植えるべきでない山にも植林され、現在となっては持ち主がもはやお金にならず切り出すコストが掛かりすぎて本来なら間伐されるべき杉や檜が残っています。間伐さえしてれば残った木が太くなりいい木材になっていたのに手遅れな山もあります。そのおかげで冬に陽が当たらないところもあり、昔は良かったのに今住んでみると寒さが厳しい家もあります。

完全な車社会で公共交通は不便(ですが全く無いわけではない)、必要な買い物など車で30〜40分かけなければいけないこともあるロケーションです。

そんな山間のでの暮らしは仕事がないし住むのに不便という観念があります。
けれども人々の明るさ。山の民の人情に寛容な心。

東吉野村での1番の宝だと思います。

また山は木材が市場で高く売れないがため価値がない、とは決してそうではなく、美味しい水が生まれ、山の多様性を取り戻せば素晴らしい自然は10年後、50年後、100年後には東吉野村だけでなく日本にとって価値ある財産になるはずです。

江戸時代から酒樽の素材としてこの地の吉野杉が重宝され、他の地域の杉とくらべ付加価値が高かったところに目をつけて、お金を産み、地域の名士が投資して立派な学校を作り、水力発電所も大正時代に作られました。

そんな東吉野村、現在においても木工・陶芸・アートなどものづくりの職人が集まり、水力発電所も復活して5年目を迎えています。

山の恵、これはとても大きな宝なんだということに地域の資源をもう一度深く見つめ直して、ここに人情豊かな人が集まっているならば東吉野村だからこそできることが新たに生まれ大きなチャンスとなり未来がひろがります。

また東吉野村に共感してくれる人を増やして経済的に土地の不便さを上回るものにしていける可能性はあります。

東吉野村での生活を考えて移住の相談も増えているみたいです。去年は僕の近所に幼い娘さんを連れた若いご夫婦が引っ越して来ました。住環境を整備していけば、1番の宝、東吉野村の人々の明るさ、人情、寛容性が生きてくるはず。そうすれば住みたい村から住める村に変わるはずです。

ならば、僕らビール屋ができることを地元のほうに目を向けて取り組んでいくべきかなと、寧ろそうしたい気持ちがいっぱいです。

おかげさまで小さい醸造所にもかかわらず、たくさんの方に「グットウルフ麦酒」のビールを飲んでいただきました。

もっと「東吉野村で生まれたビールがあって良かった」と思ってもらえる為ならば、僕らも気持ちが前に向いて作り続けていけます。

2022年、東吉野村の未来を考えながらビール屋としてできることを食や農業、林業、ものづくりの人たちと一緒になってやっていく。

ビールと共にいい時間が過ごせるように。


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