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白雪姫の反照...『白雪姫』に見るオトナの教訓②

ここは処刑場。目の前にいるのは、あの継母。
両手は縛られ 、これから熱い鉄板の上に素足で立たされる。
そんな状況でも継母は美しい。しかし、その顔が燃える鉄板に足を焼かれて苦痛に歪むのだ。

継母は叫ぶ「私は悪くない!全部白雪姫が悪いのよ!!!」

はい、ここで問題です。白雪姫はどんな顔をしてこの光景を眺めているでしょうか?

白雪姫に見るオトナの教訓。第二回は白雪姫本人について考察する。

継母と比べて白雪姫のキャラクターは薄い。なんせ「世界一美しい姫」それだけだから。他にさしたる個性がない。掴みどころがないのだ。
どちらかといえば、継母の方がキャラクター的に持ち物は多い。美人、魔法、行動力。現代で主人公になるのは継母だろう。

前回で解説したように、美しさの概念は曖昧だ。
白雪姫が唯一持つ「世界一の美」とは何をもってしての世界一だったのか。
ここで、白雪姫が個性の無い娘である事を思い出してほしい。個性がないというのは、色で表すならば透明。何色にも染まれる。

つまり、白雪姫は見た人の見たい姿が投影できる娘。鏡の個性を持つキャラクターなのだ。

白雪姫が自分の王国にいる時、求められた役割は何だろうか。

両親は自分の子供に将来の願いを込めて名前をつけるものだ。彼女の名前は「白雪姫」。雪のように白い肌から、白雪姫。新雪のように心が綺麗で、誰からも愛されるお姫様になって欲しい。

私はここで白雪姫に真っ白い子猫のキャラクターを想定する事にした。その先が想像しやすいからだ。

子猫の可愛らしさときたら、天下一品だ。
父親はメロメロになって甘やかすだろうし、王国の従者達だってそうだ。国民にとっての子猫はアイドル。子猫万歳!!子猫がいる王国最高!!!

継母だけが、白雪姫を違う目で見ていた。彼女は魔法の鏡の使い手である。そして、他所から来た女。

鏡に「世界で一番美しいのは白雪姫です。」と言われたその日から、継母は白雪姫がどのように見えていたのだろう?同じ女として認識していたのではないだろうか。

ここで、周囲が見ている白雪姫と継母が見ている白雪姫の食い違いが生じる。もし、継母が表立って白雪姫と競り合おうとしても、周囲には「王妃と子猫が喧嘩している」ように見える。継母がアホを晒して負ける。
美しさの質が根本から違うからだ。それでも、継母は白雪姫に勝ちたい。鏡の言う「世界一美しい女」という土俵で、チャンピオンになりたい。

継母にとっての白雪姫。それは自分の立場を脅かす恐ろしい敵である。継母が戦うと決めてしまった以上、白雪姫には死んでもらうしかない。

では、継母が最初に暗殺を命じた猟師と七人の小人にとって白雪姫はどんな存在だったのか。

ここでは彼女は幼い子供(自分の娘)だったのではないか。幼子は守ってやらないと生きてはいけない。自分で生活する方法を知らない。そして、見放してしまえば後味が悪い。毎夜、寝る前に姫の悲しげな顔が浮かぶのだ。助けない訳にはいかない!!!

もし、七人の小人が皆女性だったとしよう。それでも白雪姫は匿ってもらえたはずだ。何故なら、白雪姫の存在が小人達を攻撃しないからだ。

現実でも、パートで新しく入ってきた若く可愛い女の子を大した理由もなしに攻撃する古株の女性、というシチュエーションがある。よく聞く話だ。
これは、古株が若い娘に対し、自分の立場を脅かす存在と認識しているから起こる。
もし、古株のプライベートが満たされており、心に余裕があったなら。パートに若い娘が入って来たごときで騒ぎ立てないだろう。

白雪姫の話に戻る。7人の小人は白雪姫に仕事を与えた。小人が仕事に出ている間の家事雑用だ。姫はそれに対して文句も言わず働いている。
助けてもらったとはいえ、彼女はお姫様だ。本来やらなくても良い、やったこともない家事雑用を自分の事を含め8人分も。さぞや辛かろう。

しかし、白雪姫は拒まない。むしろ、小人達に感謝しながら楽しげに働くだろう。何故なら、彼女は鏡の個性を持っているから。求められれば、その姿を映すのだ。

7人の小人は白雪姫に自立する力を養ってもらいたかったのではないか。姫は自分の王国から追い出され、世間一般には死んだ事になっている。継母がいる国には帰れない。姫は今やただの幼子だ。
生きていく術を身につけてほしい。根本に親切心、親ごころがある。

白雪姫は小人の気持ちを知っている。鏡はそのまま相手の姿を映し反すだけではない。鏡自身も相手の本来の姿が見えているのだ。

白雪姫自身のターニングポイントといえば、継母が老婆に変装し、毒リンゴを持ってくる場面だ。

ここで、白雪姫は老婆に言われるがまま毒リンゴを食べている。彼女が自ら選択した(やらかした)、最初で最後の行動だ。

んー、頭がピュア!!!頭の中までピュアホワイト!!!

小人だって7人もいるんだから、一人くらいは「誰か訪ねて来ても、ドアを開けちゃいけないよ。」と忠告しているはずなのに。聞いちゃいねぇのな、この娘。おバカさんめ!!

しかし、これも鏡の個性だから仕方ないのだ。

変装した継母がやって来た時、白雪姫も小人の忠告や老婆の怪しさくらいは頭を過っただろう。
しかし、目の前にいる相手の要求は逆らえない性質を持つが故に、ここで求められるままリンゴを食べるしかないのである。
継母は姫に「毒リンゴを美味しいといって食べる、世間知らずの娘」を要求したのだ。

継母が白雪姫に会う際、醜い老婆に変装している。それは姫の目を欺く為である。
しかし、老婆こそ継母そのものの姿ではないか。

彼女は自身の基準が曖昧なまま、美に拘っている。自分の中に確固とした自信と美の基準があるなら、鏡に何を言われても、そこまで取り乱す事はないのだ。

拘りすぎると、点しか見えない。全体のバランスを考えない。継母は容姿の美しさのみを見ていた。心の美しさ、客観的思考、王妃の責任。そこらへんが頭からすっぽり抜けている。
美しい箱の中身はゴミ袋。人はそれを、ゴミ箱と呼ぶ。ゴミが目一杯に詰まっていれば、いくら外側が綺麗でもゴミ箱でしかない。

殺害方法に毒リンゴを選ぶところなんか、継母の性格がよく現れている。自分の手は汚さない。毒リンゴを喜んで食べる白雪姫の間抜け顔が見たい。苦しんで死ね。...うん、良い性格してるね。(白目)

赤いリンゴは継母の悪意だ。知っていても知らなくても、姫はリンゴを食べる運命にある。嬉しそうに、毒を味わう。

それを見て継母は安心しただろう。若くて綺麗だけが取り柄のバカな娘は死んだ。これで世界一美しい女に返り咲ける。

希望どおり白雪姫は倒れた。継母の望みは叶ったのだ。

ここで終われば、継母的にはハッピーエンド。

しかし、ここから運命が動き出す。

7人の小人によって棺に埋葬された白雪姫。そこに偶然居合わせた、王子さま。

王子にとって白雪姫とは何だったのか。もちろん、「運命の相手」である。彼は白雪姫を自分のパートナーとして、特別な異性として扱う。

王子が眠る姫と七人の小人に出会うのは全くの偶然だ。

あの日あの時あの場所で君に会えなかったら、僕らはいつまでも見知らぬ二人のまま。王子は立ち去り、白雪姫は土に還る。
姫にとって王子は切羽詰まった状況に現れた救世主だ。

しかし、王子はどうだろう?ここで白雪姫に出会う事がなくても、そのまま他の誰かと結婚し、いずれは王国を継ぐ運命にある。姫と違い、緊急性が無い。

では何故、白雪姫に口付けしたのか。ただの戯れで死体にキスするものだろうか?

王子は自分が選んだ相手との結婚を望んでいたのではないか。

王族は政略結婚が世の常である。そうやって国を守ってきたのだ。そこら辺にいる村娘と好きだから結婚します、にはならない。
王妃はやんごとなき身分の女性でなくては。どうしても村娘を選びたいなら、愛人にするしかない。王の寵愛を受けた身分の低い村娘には、嫉妬と羨望でいっぱいの多難な将来が待っている。簡単に幸せにはなれない。シンデレラは希なケースだ。

王子は周囲に決められた結婚ではなく、恋愛結婚を望んでいた。未来の妃を探していたのだ。

そんな時に現れたのが、棺に眠る白雪姫。

白雪姫は相手の見たい姿を映す。しかし、姫は眠るように死んだ状態だ。こんな時、どのように映るものだろうか。
湖の水面を思い浮かべてほしい。水面が揺れていたら、波紋で映る物は歪んで見える。しかし、波が止まったらどうだろう。それは完全な鏡だ。

白雪姫は王子の求める運命の女性、そのものを映したのである。

王子は嘆いただろう。

「ここに探していた運命の人がいた!もう死んでるけど!!」

出会った瞬間に失恋である。小人達は言うだろう。今日白雪姫は毒リンゴを食べて亡くなったんだよ、と。昨日ここを散策していれば、生きて会えたかもしれない。痛恨のニアミス。神は死んだ。

彼女が生きていれば、僕はどんな事をしても結婚しただろう。でも、死んでしまった姫との結婚は出来ない。このまま王国に帰って知らない女性と結婚するしかない。
せめて、最後にキスさせてはくれないだろうか?

死体にキス。初対面の死体にキス?これってアリなのか、ナシなのか。七人の小人的にはアリだったらしい。

小人達は考える。白雪姫は子供のまま、恋を知らずに死んだ。世界一の美貌も、死んでしまえば朽ちて骨になる。ここに姫を運命の人だと訴える王子がいる。容姿も身分も申し分のない男だ。
まぁ、いいか。可哀相な白雪姫に最後のキスをしてあげてくだせぇ。

白雪姫のファーストキス。彼女の気持ちは無視される。仕方ない。姫は今、死んでるんだから。

そこで、奇跡は起きた。王子がキスした拍子に、白雪姫の唇から毒リンゴの欠片がこぼれ、姫が目を覚ましたのだ。

生きてた!白雪姫、生きてた!!

白雪姫を抱き締める王子。涙を流して喜びあう七人の小人。

そして、状況が飲み込めずポカーンな白雪姫。
何故七人の小人達は泣いているのか。何故私は棺の中にいるのか。それよりなにより、私を抱き締めているこの男は誰なんだ。

白雪姫の困惑を残したまま、話はどんどん進む。

王子は姫に求婚する。七人の小人も結婚には大賛成だ。幼子があるべき身分に戻る。いや、それ以上だ。隣国の王妃。将来の幸せを約束されたようなもの。
白雪姫は拒まない。その求婚を受ける。

私は、リンゴを食べる前の白雪姫と王子のキスで生き返った白雪姫では内面に決定的な違いがあると考えている。

逃れられない定めならば、足掻くかor受け入れるか

白雪姫は鏡の個性を持つ娘だ。今まで、他人が望む姿を映し続けてきた。その個性は殺そうとする継母の願いさえも映した。もう、個性というより呪いだ。呪いと一緒に生きてきた。

姫だって、他人に望まれた役を嫌々演じる時もあったろう。ただ、自分の意思に関係なく個性は発動する。常に受身だった。

そして、白雪姫は毒リンゴを食べる事を選ぶ。小人の忠告を無視し誘惑に負けた結果だと以前の私は思っていた。でも、本当にそうだろうか?

リンゴを食べる事で、姫は鏡の個性を本当の意味で受け入れた。それが鏡と心中する事になっても、運命を丸ごと受け入れる方を選んだ。とは考えられないか。

では、毒リンゴを拒否した場合、白雪姫はどうなるか。簡単だ。鏡の個性から解放され、普通の女の子になる。
しかし、白雪姫から鏡を取り上げたらどうなる。唯一の個性である「世界一の美」を無くしてしまう。アイデンティティーが崩壊する。

姫は与えられた役を演じきる忍耐力と責任感を持っている。鏡の定めに生まれたのなら、全うして死にたい。覚悟の上で行動したのだ。

王子とのキスで白雪姫は生き返った。童話でキスとは呪いを解く行為だ。眠り姫も蛙になった王子も、みんなキスして本来の姿に戻っている。

では、白雪姫はどうか。
毒リンゴを食べた事で鏡の個性と心中した白雪姫。姫は呪いが解けるのを望んでいない。

ならば、王子のキスはどんな効果があったのか。新たな命を吹き込む、変身だ。

ここに、鏡である自分を全肯定する白雪姫が誕生した。責任を自ら背負った人間は強い。目覚めたのは、最強のお姫様だ。

王子の求婚を承諾したのも、断れないからじゃない。生まれ変わった姫は、自分から選んでいる。来る波に乗ったのだ。

あなたは私のファムファタール

継母が白雪姫生存の一報を聞いた時、死ぬほど驚いたに違いない。

この手で殺したはずの白雪姫が生きてる。しかも、隣国の王子のお妃となって。

完全に寝耳に水だ。晴天の霹靂パート2。セカンドインパクト...うそやん、こんなことある?

継母は白雪姫殺害未遂の罪で捕らえられる。白雪姫の国よりも、王子の国の方が大国だったらしい。

思うに、継母は白雪姫の運命を変えた人物だ。

継母が白雪姫を殺そうとしなければ、姫は七人の小人と一緒に暮らしていなかったし、継母がリンゴを食べさせに来なければ、王子と出会う事はなかった。
そして、捕らえた継母と王妃の白雪姫。完全に立場が逆転している。

継母は毒リンゴと一緒に、自身の運を白雪姫へ食べさせてしまったのではないか。

今や燐国の王妃となった白雪姫は、継母にとって何者だろう。
ファムファタール。仏語で「運命の女」。男性にとって身を破滅させる悪女という意味を持つ。

継母は美に執着するあまり、白雪姫を執拗に追い詰め命を狙った。端から見れば継母は悪女である。

しかし、継母視点だとどうだ。誰からも愛される白雪姫。何度殺そうとしても助けられる白雪姫。鏡から聞こえてくる名前は白雪姫。
女にとってのファムファタールは、どうしても比べてしまう、嫉妬させる、執着させる女。愛と憎しみは紙一重。
継母には白雪姫こそ悪女だった。

処刑される際、継母は「全て白雪姫が悪い!」と叫ぶ。彼女の中で白雪姫はファムファタール。自分の全てを破滅させた女だ。

さあ、ここで答え合わせをしよう。

ここまでお付き合い頂き大変ありがとうございます。最初に出したクイズの正解を発表しましょう。

継母の処刑を見守る白雪姫。
彼女は鏡の個性を持っています。

隣に座る王子には、愛しい姫の顔。
七人の小人達には、自分の娘の顔。
見守る国民には、美しい王妃の顔。
そして、継母には、ファムファタール。彼女を破滅させる女の顔。

鏡の個性は見た人の見たい姿を映す事が出来ます。

白雪姫はどんな顔をしてこの光景を見ていたでしょうか?

...答えは「能面」。能面の顔でそれを眺めていました。笑わないで聞いてください。根拠はあるんです。

能面は無表情ではありません。見る人によって、見る角度によって表情が変わるように造られています。見たい人に見せたい姿を映す。鏡である白雪姫にぴったりの顔なのです。

ここで白雪姫が教えてくれた教訓をひとつ。

どうしても受身にならざるを得ない時、何かを押し付けられた時、貴方が強くなれる方法があります。
それは、責任を自ら背負う事。
投げやりな態度、保身は肝心な場面で弱点となります。
目的を達成したいなら、それが毒リンゴでも食べるのです。
白雪姫はミラクルを起こしました。そして継母の運命を奪い、自分の物にしました。

白雪姫は静かな姫。現代で白雪姫の物語は流行らない。
でも、誰しも継母から毒リンゴを押し付けられる時はあるのです。逃げられないなら、白雪姫を思い出してほしい。静かな戦い方は相手に悟られません。貴方の気持ちひとつ。それが大事なのです。

白雪姫はそのあと、どうなったのでしょうか?
王子さまといつまでも、幸せに暮らしたのです。彼女なら出来るはず。演じきる事を選んだ彼女なら。

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