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短編小説:「今どきの若いヤツ」

西暦2122年 日本国

 今日は、うちのひいおばあちゃんが、ニュース番組に出る。
 出ると言っても、前もって撮影した映像を流すだけだから、ひいおばあちゃんも一緒に家族みんなで集まって、これからそれを見る。
 ひいおばあちゃんは、俺のお父さんのお父さんのお母さん。
 俺のお父さんのお父さん、つまり俺のおじいちゃん。つまり、ひいおばあちゃんの息子は、ひいおばあちゃんよりも先に死んで。だけど、ひいおばあちゃんは、おじいちゃん、つまり息子の配偶者であるオバアチャマと仲良しだから、親戚で集まると、賑やかで楽しい雰囲気になる。

 うちのひいおばあちゃんは、今年で105歳になる。
だけど現役で仕事をしてる。
 ずっと昔に児童養護施設と呼ばれていたことがある『マミーズホーム』で、入所している子供たちのお世話をするマミーと呼ばれる職員をしてる。
 皺くちゃで小太りで小さい体をしているのに、俺なんかよりも元気で、会うといつも圧倒される。

 一か月くらい前に、ひいおばあちゃんの『生前葬』ってのをやったんだけど、その時に1000人近くの人が参列して、それが皆、ひいおばあちゃんが育てた人っていうから、びっくりした。色んな人が居た。
 ひいおばあちゃんは、一人ひとりと話をしていて。高齢のオジサンなのに、ひいおばあちゃんと一緒に話をしている時の顔が無邪気な子供みたいな表情になる人もいて、本当に、ひいおばあちゃんが育てたんだなって思った。それに、ひいおばあちゃんが、その人達全員を愛してるんだなと思ったし、逆に、ひいおばあちゃんも、その人達に愛されてるんだなって、見てて思った。
 なんか、ライブ会場のコール&レスポンスの時の、熱い感じみたいだった。

 本当に、ひいおばあちゃんは、熱い人でさ。
 此間(こないだ)、ひいおばあちゃんとオバアチャマとお母さんとお父さんと俺で、ショッピングモールに出かけた時に、俺と同い年くらいの奴が走ってきて、お父さんにぶつかって派手にコケて転がってさ。
 お父さんが、「君。大丈夫か?」って言ったら、ソイツ、自分からぶつかって来たくせに、謝りもしないで、お父さんを睨みつけて。
 そしたら、普段そんなことは言わないのに、お父さんが「まったく、今どきの若いヤツは、酷いもんだな」って少し怒って言って。
 思わず俺が、カチンときちゃって、お父さんに、「俺も今どきの若いやつなんだけど」
って言っちゃって。
 そしたら、ひいおばあちゃんが「そうよ。今どきの若い人は、私が若い頃よりも、ずっとマシよ。みんな、いい子なんだから!」って、お父さんを怒って。
 なんか、お父さんが悪い奴みたいになってて。
 それで、ひいおばあちゃんが、ソイツをナンパし始めちゃって、なぜかソイツも一緒に、レストランで昼ご飯を食べる事になって。

 なんか、最初はカオスだったよね。
 お父さんは機嫌が悪いし、一緒に連れてこられたソイツもムスッとしてるし。
 だけど、ひいおばあちゃんが、一人でずっと喋ってて。昔の話とか、マミーズホームで働いてて、マミーズホームにも変化があった話とか、日本社会全体が大きく変わった話とか。
 俺は、ひいおばあちゃんの話が面白かったから、最初から前のめりで聴いてたけど。そのうちに、お父さんも、前のめりになって、オバアチャマもお母さんも、話に加わって、盛り上がって。そしたら、ソイツも、気が付いたら前のめりで、ひいおばあちゃんの話を聴いててさ。

 例えば、名前の表記とかの話で。
 書類とかに名前を書く時に、カタカタで名前を書くけど、昔は、漢字で名前を書いてたんだって。
 なんでも、キラキラネームとかって昔は言ってて、漢字の読み方が特殊な名前が多くなって、漢字だけだと読めなくて。逆にそれをセキュリティーに活用する事になって、学校の書類とか身分証明書とかの名前の表記をカタカタにして。それで、大事な手続きの本人確認の手段として、漢字で書いたサインと照合するってやり方になったんだって。まあ、日本独自のセキュリティー方法なんだけど。
 ひいおばあちゃんなら、『イシダ・ソレイユ』なんだけど、漢字だと『石田 太陽』だから。

 食事が終わって、ソイツと別れる時に。
 ソイツ、ちょっと泣きそうな顔で、ひいおばあちゃんに、「ありがとうございました。お話、すごく為になりました。実は、僕もマミーズホームで育てて頂きました。ありがとうございました」って言って頭を下げて、それで、お父さんにも、「すみませんでした」って謝って。
 ひいおばあちゃんが、「ほら、やっぱり。今どきの若い人って、素敵よね」って言って。
 俺に言ったんじゃないんだけど、俺も嬉しかった。
 ソイツも、嬉しそうにニコッと笑って、別れてさ。

 ソイツの後ろ姿を見ながら、ひいおばあちゃんが言ったんだ。
「人には色々あるからね。自分じゃ、どうしようもない時もあるもんだよ」って。

 名前とか連絡先とか、訊かなかったけど。
 どこかで、あの『今どきの若いヤツ』も、ひいおばあちゃんのニュースを見てくれたらいいんだけど。

 ひいおばあちゃんが出たニュース番組が始まると、不思議な気分でさ。
 ひいおばあちゃんなんだけど、なんか別の人みたいで。それに、俺がニュースに出てるわけじゃないのに、恥ずかしくなっちゃって。それに、なんか、画面の中のひいおばあちゃんが自慢げな感じが面白くってさ。

 ひいおばあちゃんは、105歳になるまでの間に、沢山の人と知り合って、助け合って、思いやって生きてきたんだなって、今まで考えた事なかったけど、急に思った。

 俺は、人付き合いが苦手で、家族以外とはあまり関わらないように生きてきたんだけど、あの『今どきの若いヤツ』が、ひいおばあちゃんに声をかけられたように、俺もきっと知らない誰かに助けてもらう日が来るんだろうなって思った。出来たら俺が誰かを助けたいけど。
 ベタベタした付き合いじゃなくていいし。その一瞬の関りだけでもいいんだって思った。寧ろ、一瞬の関りの方が俺はいい。
 だって、他人(ひと)の事を全て理解する事は不可能だから。
 長い時間一緒に居るってだけで、全てを知ったような気になるのは嫌だ。
 血の繋がった家族でもそうだ。

 他人(ひと)の事なんて、分からなくっていい。
 認めればいい。
 求めもせず、そして、ただ助ければいいんだ。
 助け合えばいいんだ。

 なんか、ひいおばあちゃんの行動から、そんなことを教えて貰った気がした。

 きっとそれが、社会的動物の『愛』であり、人間の『愛』なんだって思った。


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